106話 アンブロシアに吹く爽風
領都アンブロシア。
そこでは領主代行ゴーメッツ男爵による大々的な兵の徴募が行われていた。連日領内を荒らしまわるクード・ガジェル山賊団討伐のためだが、それを見る領都民の目は暗い。そのために、またしても重税が課されたからだ。
中央広場を遠巻きに見ている領都民の背後に、二人のフードを被った人物が突然拡声魔法の大音量で叫んだ。
「アンブロシア領都民に告げる! クード・ガジェル山賊団はすでに壊滅し、ロミア・リーレット伯爵閣下の解放は成った。間もなく多くの解放された領民とともに、このアンブロシアへと帰還なされます!」
「このアンブロシアは再びロミア伯爵閣下の統治へと戻るっす!」
ざわり……
それを聞いた者達からざわめきが生まれた。それは次第次第に大きな波紋となって広がってゆく。
「ほ、本当なのか、ロミア様が解放されたって!」
「だったらリーレットの統治は………」
「ロミア様に戻る! やっとあの憲兵どもから解放されるんだ!」
「それにクード・ガジェル山賊団が壊滅したって!? いったいどうやって?」
「そんなスゲェことが出来るのはあの方しかいねぇ! きっと最強冒険者のあのお方が帰ってきたんだ!」
◇◇◇◇◇◇
クライブさんとリッツ君は領都のみなさんに囲まれ次々に質問を受けている。
その大半は歓喜と希望に満ち溢れ、ゴーメッツの統治から解放されるのを心から喜んでいるようだ。
歓喜の叫びは波紋となって広がり、大歓声となってアンブロシアを覆い尽くすまでになっていった。どれだけ圧政を敷いていたんだ、その代行。
――「ええい、静まれ静まれ大衆ども! 不逞の輩の扇動に惑わされ騒ぐでないわ! これはゴーメッツ閣下のご出陣を阻む策略!」
やはりというか、予定道理というか、憲兵の一団が騒ぎの中心となっている二人の元へと駆けつけてきた。さて、そろそろ出番かな。
物陰から出て、こっそり二人が見える位置にスタンバる全身マント姿の私。
「そこな二人! いかな謀略でロミア様が解放、クード・ガジェル山賊団が壊滅などと、たわけた妄言をまき散らす? これはゴーメッツ閣下の盗賊団討伐の出陣を潰す策略であろう。こい! 即刻取り調べて、そのたくらみを全て吐かせてくれるわ!」
ビュオオウッ
憲兵団が二人に触れるその時。剣圧が一陣の風となって両者の間に割ってはいった。スルドイ剣圧に気圧されおののく憲兵団。
その前に、ゆらりマント姿の私登場。
「その二人は正真正銘ロミア・リーレット伯爵閣下が遣わしたご使者。その二人を害することは、護衛の役目として私が許さない。退がりなさい、ゴーメッツ配下の者たち」
「そ、その大剣は! まさか本当に……!」
バサリ! とマントを脱ぎ捨てヒーローみたいに名乗りをあげ……なきゃなんないんだよね。
羞恥心は捨てろ、私!
アクションに照れが入ったらシーンが死ぬぞ!
「冒険者サクヤ・ノハナ! このリーレットを荒らしたクード・ガジェル山賊団は滅ぼした! ゴーメッツ男爵に伝えなさい。即刻編成している兵団を解散させ、リーレット伯爵閣下の凱旋を出迎える準備をせよと!」
シーーン
あれほど大騒ぎしていた大衆も憲兵団も、水をうったように静まり返る。
あれ、なんかシラけさせた? ハズしたかな?
この沈黙、何とかしてくれえっ!!
――とか思っていると。
ウオオオオオオンン……
爆発したような大歓声があがった。
「サクヤだ! 本物だ! 本当に魔界から帰ってきたんだ!」
「さすが魔人王殺し! 魔界なんかにとどめられるモンじゃねぇ!」
万歳っ万歳っ―――!
私に万歳なんてしてどうすんだ。しがない冒険者稼業だぞ。
―――「静まれええい、愚民ども! ゴーメッツ領主代行のおなりであるっ」
突如響いたその一喝に、さっきまでの大歓声はピタリとやんだ。
見ると、一方向からの大衆が逃げるように道を開け、そこから重々しく騎馬の一団がやって来る。そしてその先頭のきらびやかに飾り付けられた馬に乗る男。
――あれがゴーメッツ男爵か。
長身で酷薄そうな冷たい眼差しをしており、その面相は一クセも二クセもありそうな尊大なもの。なるほど、悪党の親玉にふさわしい顔だ。
「そなたがアダマンタイト級冒険者サクヤか」
「左様です、ゴーメッツ公」
「魔界はいかがな場所であった。どのようにして戻った?」
「魑魅魍魎がそこらに居るつまらぬ場所でありました。帰還はその場その場に居るバケモノどもを適当に斬り伏せていたらいつの間にか。しかし、公。ただいまは一介の冒険者の私などより、正式なリーレットご領主からのご使者のご用件が優先だと存じます」
私の促しに、リッツ君は精一杯に超えを張り上げて台詞をさけぶ。
「ご領主閣下は、我らより後に救助した領民とともにこのアンブロシアを目指して進発なされます。どうか代行殿においては、ご領主閣下の凱旋を出迎えていただきたく存じあげます。それと、ご領主閣下より代行殿に個人的な報償をお与えなさるとのことです。ええと……」
その役はリッツ君じゃ荷が重い。青い顔してるし。
「ご使者。その役の栄誉は私にゆずっていただきたく」
「そ、そうかサクヤ殿。では、これを」
貴婦人のハンカチにくるまれたそれを捧げ持ち、ゴーメッツの前にいる護衛に渡す。
護衛がそれを開いてゴーメッツに見せた途端、ヤツの表情が変わった。
「ピキッ」と音がするくらいの鬼面の形相だ。
「白鳳金貨三枚。ご領主閣下より、不在の間領地を治めていただいた貴公へのせめてもの御礼だそうです。どうかお納めください」
無論、その白鳳金貨はあのカバンに入っていたもの。すなわちゴーメッツが暗殺集団に見せ金として持たせていたものだ。




