105話 ゴーメッツ対策
明朝早々。レムサスさんは砦周囲の調査のため馬で出た。私もその護衛としてついていく。二人で砦周囲を駆けまわっていくつかの場所を巡り、とある森林地帯のひと隅でレムサスさんは目的のものを発見した。
「ここらは綺麗に枝が払ってありますね。煮炊きをした跡もあります。そしてここからは砦の様子が丸見え。サクヤさん、これはあなた方の潜んでいた跡ではないのですね?」
「ちがいます。私が夜を明かしたのは別の場所です。ここで他の何者かが砦の様子をうかがっていた……まさかゴーメッツの?」
「でしょうね。人身売買ギルドに扮した暗殺集団が、首尾よくクード・ガジェルの始末に成功したかの見届け人を置いていたのでしょう」
「ってことは、私達が山賊団も暗殺集団も倒したことはすでに知っているワケですか。何か手を打ってきますね」
「その動きは私達がアンブロシアを出立する頃に出ていましたよ。日暮れだというのに、慌ただしく兵の徴募をかけていました。それに傭兵にも声をかけていた。おそらくは、ここに攻め入るために」
兵団が攻めてくる? まずいな。
こちらの兵力は私とラムスに従士騎馬隊25騎のみ。解放領民の人達やロミアちゃんも守りながらだと、圧倒的に兵力が足りない。
やはり短期決戦。奇襲で速攻にゴーメッツを討つしかないか。それが無理なら、指揮官を倒しまくって軍の統制を削いでいくとか……
「サクヤ様。ゴーメッツ兵団とどうやって戦うか考えていますね?」
「え? そりゃ考えますけど」
「ダメですよ。いかにゴーメッツが悪党とはいえ、国王陛下のご指名によって派遣されてきた領主代行。その兵に刃向かうことは陛下への反逆となります。ゼナス王国の臣にあるまじき大罪です」
ガーーン!
「なんですって! 戦うことすら出来ないんですか? 向こうはお構いなしに攻めてくるというのに!」
「もちろん手は打ちますよ。伝令を走らせ、サクヤ様と我々がすでにクード・ガジェル山賊団を壊滅させたこと。ロミア様救出に成功したことを知らせます。こうすれば、兵団をこちらに差し向ける理由はなくなります」
「たしかに正攻法だけど……でも……」
「サクヤ様の懸念はこうでしょう。『伝令は無事に届くのか? 不逞の輩が握りつぶして”届かなかった”などということもあり得るのでは?』ですか」
「それです! 『不逞の輩』なんて濁さないでください。ゴーメッツが噂通りの悪党なら、その程度のことはやりそうです」
「無論、それも考えています。伝令の一人にはサクヤ様が行っていただきます」
なるほど。私が出向くなら簡単には握りつぶせないね。しかし少し甘い策かも。
「しかし大丈夫でしょうか。私をアンブロシアに留めている間にこちらに兵団を差し向ける、といった事もあり得ると思いますが?」
「ええ。ですからゴーメッツ男爵の元へ行く前に、アンブロシア領都民にクード・ガジェル山賊団壊滅とサクヤ様の帰還を大々的に喧伝してください。その報に領都民の皆は歓喜に沸き立つことでしょう」
「おおっ!」
そうか、その手があったか!
ゴーメッツより先に領都民に広く知らせれば、ゴーメッツは兵を差し向ける大義名分を失う。さらにロミアちゃんが戻るので領主代行の名分も失う。
「すごいですレムサスさん! ゴーメッツはリーレットから引き上げざるを得ない!」
「まぁ、そう上手くいけばいいのですがね。さて。戻って対策会議をしなければなりませんね」
大急ぎで砦へと戻ると、リーレット家臣団の主だったものが集まっている会議場へと向かう。その最中にレムサスさんが聞いてきた。
「ところでラムス様は出席いただけるのですか?」
「いえ……『つまらん会議など勝手にやれ』とか言って、私にすべてまかせるそうです。朝は砦探検するそうで」
まったく子供なんだから。でも、そんなラムスも可愛いと思ってしまう私。駄目ンズ好きが進行してるねぇ。
「それは困りましたね。会議の前にラムス様を拾っていきましょう」
「なぜです? 真面目に会議に参加するとは思えませんが」
「現状我々は孤立無援。ゆえに味方を増やすことをはじめます。我々と同じ立場と心境になっている貴族と連携するのです」
「はぁ。それで?」
「ラムス様は貴族連合筆頭のオルバーン侯爵家のご血統。また先の魔人王戦では総督として全軍を指揮し、勝利に導いた武名高きお方でもあります。ぜひオルバーン侯爵家とのつなぎとなって頂きたい所存なのです」
「いや……それはどうでしょう。陛下に諫言して心を入れ替えていただける事を信じる方が、まだマシだと思いますが」
いきなりレムサスさんの株が大暴落したぞ。
前にラムスが兄弟と会った時なんてヒドイものだった。
当主の長男さんにはメッチャ嫌われていたし、補佐の次男さんにはあの偉そうな態度で煽りまくってメチャクチャ言ってたな。あの二人がラムスのために何かしてくれるとは思えない。
「会談の切っ掛けにさえ、なっていただければ良いのです。あとはサクヤ様の武名をお借りして、どうにか進めましょう」
「わかりました。ラムスは私が呼んできます。レムサスさんは先に会議場の方へ行っててください」
「いえ、私も行きましょう。というのも、ロミア様にはまだ聞かせるのが早い話をラムス様としたいと思いましてね。ラムス様にはロミア様とご結婚していただきたく思います」
「――正気ですか?」
「はい」
グラリ眩暈がしたような感覚。それを何とか持ち直す。
「女性領主の伴侶は、太守ってのになって執務を代行するんでしたっけ。でも、ぜったい執務なんてしないですよ」
「承知です。私も平時なら候補から外すのですがね。貴族間の不文律として縁戚関係になった家には陛下の承認無しに援軍を送ることが出来るのです。すなわち軍事同盟が結ばれます。貴族連合筆頭のオルバーン侯爵家と」
なるほど。となれば、国王陛下でも迂闊に手が出せなくなるわけか。
でも………ラムスとロミアちゃんが、か。
いくら政略結婚とはいえ―――
「ともかくラムスを探しましょう。………こっちか」
気配察知スキルで砦を一人でウロウロしている者を探すと、一階のとある場所にそれらしい気配があった。行ってみると、やはりラムスだった。
そこは砦内の大きな通廊からも外れたつき当り。壁に妙な怪物の彫刻が彫られたさびしい場所だった。おおよそラムスが好むような場所ではないのに、なぜかラムスはその彫刻をジッと見ていた。
「ラムス。どうしたの、こんな所で」
「サクヤか。それに紋章官までとは珍しいな。まぁ、なぜかこの怪物が気になってな。なぜこんなバケモノが気になるのか考えていた所だ」
「そうですか。ですが、こちらは重要な話があります。どうか切り上げて……」
「いえ、待ってください。私もちょっと調べます」
ラムスの勘は軽視しべきじゃない。ラムスは【勇者の力】という最上級の強運持ち。
そのラムスが気になるというなら何かあるのだろう。
目を瞑り気配察知スキルでその壁を集中的に調べる。
「…………なるほど。気がつきにくいけど魔法がかけてあるね。たぶん人避け、認識阻害って定番かな」
「ほほう、やっぱりか。きっとお宝があるに違いない。ヨシッ、その魔法を解く方法を考えるのだ!」
「い、いやラムス様。こちらは重要な話があるので、それは後に………」
「レムサスさん、あきらめてください。ラムスがそれで後回しにするはずありません。私が軽く片づけますから」
背中のメガデスを抜き、彫られている怪物の彫刻を一息に断ち切る。
ガキィィンッ
「おおっ!?」
すると、たちまち壁自体が消え、そこに地下へ続く通路があらわれた。
あの壁は魔法によって作られたもの。それをメガデスの魔断の力によって消滅させたのだ。
「わははっ、面白そうなものが出てきたではないか。ヨシッ、探検に出るぞ」
「ちょっ! 危ないですよ、こういう場所には罠が定番ですから」
実際、落とし穴と釣り天井があった。しかし持前の強運で難なく回避し、一直線に最奥の部屋へと到達した。そこには――
「わははっ! すごい金銀財宝だ! 山賊どもめ。よくもまぁ、これだけ荒稼ぎしたものだ。ガハハハッ!!」
そこには部屋いっぱいの財宝。金銀硬貨の他に、高価そうな調度品や宝飾品なども無造作に置いてあった。おそらくは首領クード・ガジェルの、人売り代金や略奪品を部下から隠していたものだろう。
ラムスは喜び財宝の中を駆け回り、私とレムサスさんはあっけに取られて感動の棒立ち。
「クード・ガジェルの財宝………となればアレがある可能性が! この中でアレをしまっておけそうな物は……それか!」
レムサスさんはいきなり調度品が置かれている場所の装飾過多な箪笥に飛びつき、引き出しを片っ端から開けて調べまわった。
やがて引き出しの一つから何かの書類のような紙束が出てくると、食い入るようにそれを読みだした。
「やはり………どうやら我々は、とんだお宝を手にしたようです」
「ガハハッ。そうだ、この金があれば何でも出来るからな! けったくそ悪い王家なぞ潰すか」
「ラムス様、冗談でもその発言はお控えください。いえ、資金もそうなのですがね。我々はゴーメッツを潰す有力な力を手にしたのです。ラムス様の強運には感服です」
またまたラムスの【勇者の力】が仕事をしたようだ。本当にすごい力だね。




