100話 地下施設の舞台女優【ゲィリー視点】
わがアジトながら、砦の地下施設はあまり来たことがねぇ。ここはゴーメッツが、山賊団を支援する見返りに謎の装置を建設するのに借り受けた場所だからだ。建設時は山賊団からも人手を貸してしたこともあったが、完成してからは山賊団は立ち入り禁止。たまに来る技術者だけが通うのみだ。
が、ゴーメッツとの関係が決裂した以上遠慮はねぇ。山賊団最後の戦闘員全員を引き連れ、自然の鍾乳洞を改造した地下通路を降りて設備の間へと向かっていく。
「おいゲィリー。こんな場所に来ている場合か? ここはさっさとトンズラかまさなきゃならねぇ場面じゃねぇのかい」
「無一文で追い立てられる憐れな野良犬になりテェ奴はさっさと行きな。クードが糞もらした以上、ヤツラの持っている金をお恵みいただかなけりゃあ、明日のメシはそこらの石だぜ?」
「けどよ、ヤツラはとんでもねぇ手練れの暗殺集団だ。この人数でも、ヤりゃあ何人かは明日のメシなんざ必要なくなっちまうゼ?」
「そいつはヤツラも同じだ。しかも俺らより忙しい。それがタネになるってなもんヨ。ま、コワイ顔で得物チラつかせて見てな。一戦もやらずヤツラから大金転がして見せるゼ?」
やがて広大な設備の部屋に到着する。魔石ランプは激しく煌々と輝き、大きな円を描くように配置されている設備の一つにギルドの連中はいた。
何がしかの作業をしていたヤツラは、俺らが近づくと「ギョッ」としたように身構える。その連中を制し、ギルドマスターが面倒くさそうに語りかける。
「キサマら。何をしに来た? 魔人王殺しのサクヤが来たのに、地下なぞに潜ってる場合か? さっさと貯めこんだお宝でも持って逃げたらどうだ。まさか盗賊が命をかけてお頭の敵討ちか?」
「テメェらがクード・ガジェルを殺らなけりゃ事は簡単だったんだよ。貯めたお宝の在処はクードしか知らねぇ。このままじゃ俺ら文無しの盗賊に逆戻り。今までせっせと人売りに励んだ苦労も報われず、いずれサクヤに狩られる運命だ」
「泣き言を語るのなら酒場の女でも頼るんだな。我々は忙しい。さっさと消えてもらおうか」
「ああ、消えてやる。そいつが持っている取引代金といっしょにな」
ピタリと大きめのカバンを抱えている男を指さす。
その中身は砦内で取引が始まる際に確認させてもらっていた。俺達を殺すつもりだったのなら見せ金だろうが、たしかに本物の金貨だった。
「ふざけるな! 取り引きは御破算だ。商品が納入されない以上、代金は渡せん」
「そっちこそ忘れてねぇか? クードと仲間を殺したことをよォ。ここでそのケジメを貰わねェと、俺らも引けねェのよ」
俺は広大な地下に円を描いて立ち並ぶ設備群をざっと仰ぎ見た。大したモン造ったもんだ。
「ゴーメッツが俺らに投資するかわりに、この設備を建てるって契約だったな。いったいコレが何なのか知らねぇが、大事なモンなんだろう? 一刻も早くトンズラこかにゃならんこの時に、わざわざ寄るってことはヨ?」
「興味を持つな! いいから出ていけ。オマエらなぞに構っている暇はないのだ!」
「ハッハッハ。ここで俺らと楽しいパーティーはじめて愉快な時間を過ごす暇はねェってか? コイツの始末をつける時間は、そこの金よりよっぽど貴重じゃねェかなあ? ご主人様のためにもヨ?」
「キサマ…………」
「おおっとォ、それ以上腕を上げたらはじめるゼ? 瞬時にクードの息の根を止めたアンタらの腕は見せてもらった。この人数でも俺らを皆殺しに出来るかもしれんなぁ?」
「そうだ。以前の我らはさる高貴なお方に仕える暗殺者集団。前の名は出せぬ理由から、今は【猿の手】を名乗っているがな。お前らごときゴロツキを皆殺しにするなど雑作もない。が、今なら見逃してやる。さっさと消えろ!」
「そいつは闇に潜んでの話だろ? 暗がりにコソコソ動く暗殺者様がこの人数相手に正面から戦えるのかヨ? いちおう言っとくが、そっちの灯りを狙っているヤツ。最初に殺るゼ?」
さっきから周囲の灯りに気を配っている男を指さして言った。
いざ戦闘になれば、灯りを潰し暗殺者の有利になる状況を作り出す。その狙いを知ることをあえて明かしてやる。
ギルド暗殺者連中に動揺の気配がただよう。
成功だ。あえてこちらの手の内を一枚さらして、交渉を継続し有利に進める――その狙いは当たった。もう一押し。
「しっかし、お前さんたち。灯りを潰して俺らを始末して、そのあと暗闇の中で作業するってか? こりゃ、生きて帰る時間はねぇなぁ。死んでもご主人様に忠誠尽くすなんざ見上げたモンだ。生きて金を使いてェだけの俺らとはモノが違うね」
ヤツラの天秤に金より貴重な”時間”という重りは乗せ終わった。
ギルドマスターの沈黙が『効果アリ』を示している。
さて、釣れるか?
「…………いいだろう。金は渡してやる。失せろ」
やった! 逃亡資金ゲットだぜ!!
歓喜にわく戦闘員たち。口々に祝福の言葉は飛び交う。
「やったぜ戦友ども!」「明日はうめぇ酒をたらふく飲んでやる!」「こうなりゃ死んでも逃げきってやろうぜ!」
――「おめでとうパチパチパチ」
野郎どもの歓声の中、ふいに混じる涼やかな女の声。
「ハッ」としてそちらを向くと、拍手する銀髪の麗人がいた。
「なッ、バカな!!?」
肩先までの短い銀髪を優雅になびかせ、麗しくたたずみ現れた女。
荒くれ人殺しどもの中に、まるで旅行にでも来たかのように悠然と微笑み、恐怖のカケラすら見せぬ貴族淑女。
この女こそロミア・リーレット伯爵!!!
その優雅な仕草に目を奪われたのは、俺たちのみならずギルド連中も同じ。
されど先に我に返ったのはヤツラが先だった。
「…………フッ、運が良かったなゲィリー・アーヴィンソン。慌ただしい取引になったが、これで互いに収支は合う。リーレット伯爵は我々が引き取る。文句は無いな?」
「ああ………金さえ、いただけりゃあな」
「そうら、持っていけ。そしてさっさと失せろ」
ギルドマスターの放り投げたカバンの中身を改めると、たしかに約束の金貨は入っている。細かく金額を数える暇はないが、元よりマトモな取引じゃない。十分だろう。
「それではリーレット伯爵。あなたの身柄は当ギルドが預かります。こちらへ」
「お引越しかな? ずいぶん慌ただしいね」
ロミアは、平然と軽やかな足取りで、散歩するように俺たちの合間を縫ってギルドどもに向かう。
その顔には恐怖のカケラもなく、ただ綺麗に、荒くれどもを魅了しながら歩んでいる。
今まで、こんな顔で身売りされる女は見たことがなかった。
だから――この女の感情を見てみたくなった。
本当は怖いんだろう? その綺麗な顔の下では泣いているんだろう?
女が俺とすれ違う瞬間、【気配察知】スキルを全力で向けた。そしてその笑顔の裏の感情を知った。それは――
「待ちな。ロミア・リーレット」
「なにかな? ゲィリー・アーヴィンソン」
「ピタリ」足を止め、互いに振り向かず背中合わせの受け答え。
この方がいい。この女の表情は危険だ。
「テメェ、どうやって檻から出た? おかげで俺らは災難だ。クードまで死んだんだゼ?」
「答える必要はあるのかな? もう私はそっちの方に買われたんだよ」
「テメェよ。涼しい顔で笑っていながら、腹じゃ怒り狂ってンな? その綺麗な顔の裏に、憎しみが煮えたぎっているのを感じたゼ?」
「当たり前じゃない。リーレットをメチャクチャに荒らしまわった人達を憎まない理由なんてある?」
俺の後ろで足を止め話しこむロミア。さすがにギルドマスターから文句が出る。
「おい、ゲィリー・アーヴィンソン! いつまで話している。そのリーレット伯爵は当方で買った。いいかげん金を持って出ていけ!」
そうだ、これ以上踏み込むんじゃあねぇ。
これ以上質問すれば、俺はこの女を――
されど口は止められない。女の魔力に惹かれ、舞台役者のようにクライマックスへ続く台詞を口にする。
「テメェ、ハメたな? ギルドと俺らをヤり合わせるために」
そうだ。考えてみれば、この女が俺らの元に来た時から、クードとゴーメッツの亀裂は深まった。
ロミアがあの時、あっさり大人しくしく捕まったのは――それが目的か?
そして今、俺らの前にノコノコ姿を現しやがったのも――
「やめろ、考えるな! しょせんは過去! 今、大事なのはこの金だ!!」
最悪の動きをしようとする自分。
それを抑えるように、金の入ったカバンを抱きしめる。
されど舞台女優は、清らかに、歌うような声で、台詞をつむぐ。
『惨劇』という舞台へ連なる台詞を。
「そうだよ。みんな、みんな、私が喰ってあげた。リーレットを食いものにするヤツらを躍らせて、殺し合わせて、喰ってあげた。ペロリとね」
「テメェ!! ロミア・リーレット!!!」
とめられねェ。一瞬にして沸騰した感情は一本のナイフを抜いて放ち、ロミアの胸を貫いた。
まるで飛ぶようにロミアは舞い、崩れて地に倒れ伏す。
「ゲィリー!! キッサマアアア!!!」
激昂するギルドマスター。その配下の殺し屋連中が一斉に攻撃に動く。
それに呼応するように、戦闘員どもも応戦に動く。
魔法、投げ槍、投げ矢、ナイフが飛び交い、剣にこん棒に槍が相手に向かい突撃する。
ああ、始まっちまった。
俺はたった一人の女に踊らされ、地獄のパーティーを開催しちまったようだ。
略奪者と復讐者。背中合わせに台詞は巡る。
女優は役者たちを魅了し舞台を演出する。
惨劇と抗争のクライマックスは、いかなファイナルを呼ぶ?




