99話 消えたロミア
サクヤが突入する10分前。
砦の前庭では、クード・ガジェルとゲィリーがロミアの消失に途方にくれていた。
「よかったなゲィリー。もし昨夜試験に出ていやがらなかったら、一番の容疑者はお前だ」
「そいつはツイてたぜ。で、二番目は?」
「………いねぇ。そもそもロミアを入れていた檻は、万一の裏切りがあったとしても、どうにもならねぇよう造られている。誰が裏切ろうと、ここまで完璧に消えるワケねぇンだよ!」
「そいつがポイントかもな。あり得るはずのねぇ消失。考えられるのは…………おっと、考えるのは後だ。ギルドの連中、妙な動きをしてやがるぜ」
人身売買ギルドはギルドマスターを囲み、そしてギルドマスターは魔導通信機を片手に何やら話している。
「おいモレンスク、クードとゲィリーを殺れ。とにかくここで任務の一つを片づける。…………なに、参道から突入しようとしている奴がいる? 数は? ………二人だと⁉ バカめ、さっさと片づけてクードを殺れ! なに、手練れ? 魔弾をはじく? このままコイツを入れたら危険だと? 【猿の手】と呼ばれたキサマがなにを言って………!」
ふいに「ヒョイッ」とギルドマスターの手から魔導通信機が取られた。
いつの間にやらゲィリーがギルド連中の中に入っていて、さっきまでギルドマスターが持っていた魔導通信機を片手に持っている。
「おっとォ聞こえたぜマスターさんよ。俺たちを殺せ? いくら予定外があったからってさァ、それはないんじゃないのォ?」
「キサマ!」
「まわりを見なよ。ギルドのみなさんよォ」
ゲィリーの言う通りアタリを見れば、いつの間にか取り巻きの戦闘員が手に得物を持って輪になって取り囲んでいる。さらには砦からも次々に戦闘員は出てきて輪に加わる。
その中心人物クード・ガジェルは、スルドイ眼光で重々しくギルド連中を睨みつけている。
「『この取引は荒れる』……ゲィリーの勘が当たったな。ここで俺らを始末するつもりか。成り上がったゴーメッツが考えそうなことだ」
ザワザワッ…………
ゲィリーは得意そうに取り上げた魔導通信機にがなり立てる。
「おい、聞こえてるかドブネズミ野郎! テメェの親玉およびお仲間は、俺らが丁重にご招待だ。おとなしく出てきて面ァ見せやがれ!」
だが、通信機からは弱弱しく今にも死にそうな声が返ってきた。
『…………グッ……ゲボッ………外から…………ヤバイ奴がきた………無敵の……超長距離魔法銃が…………どう………やって…………ガハアッ!』
それっきりまったく何の音もしなくなった魔導通信機。それを、これ見よがしに放り投げて捨てるゲィリー。
「どうやらアンタの隠し玉はおっ死んだようだぜ。外からヤバイ奴が来たそうだ」
「バカな!? いかな攻撃も届かぬ超長距離からの殺し屋【猿の手】! それをどんな手を使って倒したというのだ?」
「猿の手…………最近、王国要人を殺しまくっているというウワサのアレか。嬉しいねぇ、そんな大物がわざわざ俺らを狩りに来るなんてな。だが、そんなヤツを正面から倒したとなると………まさか?」
―――ドッゴオオオオ
突然、門の大扉が破られた。
そして、そこには大剣をかまえた女剣士が一人。
「やはりサクヤかよ! ったく荒れるにも程があンぜ。なにもギルドが俺らを消しに来た日に、帰ってこなくてもいいだろうがよ! 気ィ使いやがれ!」
「くっ、戦闘員ども。侵入者を殺せ!」
クードは大急ぎで戦闘員をサクヤに向かわせる。されど、それらは文字通り大剣で次々に薙ぎ払われていく。サクヤの咆哮が響きわたる。
「これが、リーレットを踏み荒らされた私の叫びだああっ!!」
戦闘員が次々に数を減らし混乱の極みにあるクード・ガジェル山賊団。
それを見のがすような人身売買ギルドの殺し屋どもではなかった。
「クード、死ねぇ!!」
「テ、テメェらああっ!!」
◇◇◇
「―――ってなことがあったんや。サクヤはんが来る少し前にな」
モミジはすでに檻から脱出して、クードとギルドどもの会話を盗み聞きしていたそうだ。
その場にいた戦闘員は多かったものの、それらを蹴散らすと、あっという間に逃げていった。戦闘員がいなくなり安全になったので、馬車に閉じ込められている人達をみんなで全員解放する。
今はラムス、モミジ。そしてマーセイアさん、クライブさんリッツくんと、ロミアちゃん奪還任務についてる全員が集合して善後策を検討中だ。
「私が入ってきたのに両者で殺し合いをはじめちゃったワケか。これが大山賊団首領クード・ガジェルの最期とはね」
そこには大柄な初老の男クード・ガジェルはじめ何十人もの戦闘員の死体が散らばっていた。それと戦った痕のある三人の黒衣の死体も。
この人数と戦って損耗三人となれば、かなりの手練れ集団だ。
「悪党同士の潰し合いか。オレ様は剣を振る間もなかったな。で、ゲィリーやら人身売買ギルドやらはどうした」
「どちらも砦ン中入ってったで。あとギルドマスターが興味深いことを言っとったわ。『ここはもう終わりだ! 地下にある施設を破棄する。核だけは回収するんだ!』ってな。なんや、地下には面白そうなモンありそうやないかい」
「おおっ! たしかにそれは面白そうだ。行ってみるぞ、その施設とやらに!」
盛り上がるラムスとモミジ。されどマーセイアさんはキビしい声をあげる。
「皆さま! ロミア様をお忘れではないですか。このクエストで何より大事なのは、ロミア様の身柄を保護し安全を確保すること。悪党どもの残党になどかまっている場合ではありません!」
たしかにその通りだ。でも、そのロミアちゃんの居場所は?
「………たぶん大丈夫。ロミアちゃんは、きっとどこかで無事に居ますよ」
考えに考えた末、その結論にたどり着いた。
「なぜそう言い切れるのですサクヤさま! その根拠は!?」
「『絶対脱出不可能な場所からロミアちゃんが消えた』ってのがキモです。そんなことが起こる可能性は一つしかありません」
「…………なるほど。ノエルか」
「そや! ノエルはんの【転移ゲート】なら、その厳重な檻からでもロミアはんを出せる! きっとどこかで無事におるんや!」
されどマーセイアさんは、その答えに否定的だった。
「残念ですがノエル様は現在行方不明です。遠征以来、館にも帰っておりません」
「そうっす! サクヤさん達消失のあと、館に戻るよう使いを出したっすが、帰ってこなかったっす」
ノエルはこっちに帰ってきていないのか………それでも。
私は踵を返して砦へと向かう。
私の行動を察したラムスとモミジも続く。
「それでも、ロミアちゃんが消えたのはノエルの仕業としか思えません。安全になったら、きっと出てきますよ。だから今は、リーレットを食い物にする悪党どもにトドメを刺しておきます」
ロミアちゃんの行方は考えても答えの出ない謎。
ゆえに皆、思いついた可能性に当たってみるしかない。
「わかりました。ではサクヤ様たちは砦地下の捜索をお願いします。私とクライブ、リッツは一階から順に階上を探してゆきます。行きますよ二人とも」
「はい! ご領主様を必ず見つけます」
「それじゃ、後で。みなさんもお気をつけてっす」
私たちの向かう先には必ずロミアちゃんが、ノエルが待っている。
だからそれを信じて歩み進むだけだ。いま行くよ!
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