96話 領都アンブロシアにて【ラムス視点】
久しぶりに来た領都アンブロシアは、ずいぶん様変わりをしていた。
ホームレスがいたる所に居るし、露天のあちこちでは憲兵が適当な言いがかりをつけて罰金を取っている。貧困がカオスだ。
「ちっ、けったくそ悪いヤツラだ。身を隠す策さえなければ、叩きのめしていたものを」
妙に威張り散らかす憲兵を横目に先を急ぐ。
これも領主代行とやらの施政ゆえか? どう見ても領主失格だろう。
領主代行は【ゴーメッツ男爵】というらしい。知らん貴族姓だ。
おそらくは金で貴族位を買った成り上がりだろうが、そんな奴を代行に派遣するとは、やはりセリアの兄の新王はどうしようもなく無能らしい。
こんなものを見てても仕方ないので、クライブから聞いた店に行き、そこの店主に暗号を言う。するとその店の地下に案内されて、しばらく待たされる。
やがてそこに知った顔があらわれた。リーレット家の紋章官レムサス。
コイツこそリーレット家の復権を画策する中心人物だ。
「お久しぶりですラムス様。あなたが帰ってきたということは、サクヤ様も戻ってきたのですか?」
「そうだ。アイツは今、クライブの策に乗っかる形で山賊団のアジトをつきとめに行っている」
「クライブの? ……ああ、団員になって潜入する策ですか。ですがクード・ガジェル山賊団のアジトは別口からもう判明しております。ゆえにサクヤさんも、こちらの方に来ていただきたかったですね」
「なんだ、大した情報力だな。だがそれならどうして、さっさとロミアを取り返しに行かない?」
「戦力不足だからですよ。我々リーレット家臣団には、かつてのように従士を動かせる力はありません」
「しかし、今ここを支配している領主代行とやらに戦力を借りれば………」
「それが一番いけません。領主代行のゴーメッツ男爵は、山賊団首領のクード・ガジェルと組んでいるんです。ゴーメッツ男爵が山賊団を支援してリーレットを衰退させたのです」
「なんだと……?」
ゴーメッツとかいう奴は、どこかの商人が貴族位を買った貴族だろうという予想は当たっていた。ただし扱う商品は人間。人身売買ギルドで巨万の富を築いたそうで、違法行為の人間狩りなどもしていたらしい。
そしてユリアーナの配下であり、ここリーレット領の支配を目論んで派遣されたそうだ。
なるほど、こんなヤツの手は借りれんな。
「さて、サクヤ様はロミア様を保護する手がほしいとおっしゃっていたのですね。ですが、それはすでに山賊団内部に仕込んであります」
「なに?」
「元ロミア様付き侍女のマーセイア。彼女がヤツラの商品として内部に居ます。彼女は護衛として武術も鍛えてあるため、ロミア様を守り連れ出すこと命じてあります。クライブとリッツはそのサポートのため団員として潜入させました」
「なるほどな。お前らはすでにロミア救出の策を立てていたわけか。しかしロミアは山賊連中にとっては最重要の商品だろう。ゆえに警戒も最厳重。たった三人、中に送りこんだだけで連れ出せるとは思えんが?」
「ええ。本来の作戦は、ゴーメッツ男爵の軍が山賊アジトに襲撃をかけた機を狙い、ロミア様を連れ出すというものです」
「はぁ? さっき山賊とゴーメッツとやらとはグルだと言っていたではないか。忘れたのか?」
「忘れていませんよ。ゴーメッツ男爵にとって、山賊団はリーレットを奪うための道具。それが叶った今、用済みです。あとは潰して自分の功にするつもりです」
なるほど。そのゴーメッツもなかなかの悪だな。
人身売買ギルドと人狩り山賊団。長いつき合いの商売仲間だろうが、しょせんは悪党仲間。風向きが変われば裏切って己が利益にすることにためらいはないか。
「ついでにロミアを救出した功までもいただくか。アイツはいろいろ利用できそうだしな」
「その通りです。ヤツはロミア様を救出した功をもって、ロミア様に結婚を迫るでしょう。そしてロミア様は貴族としてそれを断れない。そうなれば、ゴーメッツはリーレットを支配する正当性を持ってしまいます。それだけは防がねば!」
どうやらこのクエスト。ロミア争奪戦と化してきたようだ。
リーレット領完全支配を目論むゴーメッツはその手段として。
クード・ガジェル山賊団はかつてない高額商品として。
リーレット家臣団は自分の主を取り戻すことで復権を狙い。
そしてサクヤも、自分のレズ友を奪い返さんと燃えている。
面白くなってきたではないか。
「話はわかった。それでオレ様とサクヤはどう動けばいい。そのゴーメッツが軍を動かすまで待つのか?」
「そうですね………いえ、すぐに動きましょう。サクヤ様とラムス様が攻め手に加わるならば、ゴーメッツの軍を待つまでもありません。ヤツラの捜索をかい潜らねばならない問題が無くなることも大きい。すぐに同志を集めます」
「ふん、オレ様もその方がいい。待つのは面倒だからな」
その時だ。ドアからノックする音が聞こえた。
レムサスが開けると、地味な商人服を着た陰気な男がいた。
「紋章官、今入った情報で至急お耳に入れたい事が」
「どうした。ヤツラに何か動きが?」
どうやら子飼いの情報屋らしい。レムサスはそいつと外に出て暫くすると、妙に慌てた様子で部屋に入ってオレ様に詰め寄った。
「ラムス様、馬をご用意します。すぐにあなたは出発してサクヤ様の元へ!」
「どうした。何かあったのか?」
「読み違えました。ゴーメッツが山賊団を始末する方法は軍勢ではなく殺し屋集団を使うようです」
「なんだと? しかしそのクソ山賊団は二百人からの戦闘団がいるのだろう。殺し屋なんぞにどうにかなるのか?」
「【猿の手】と呼ばれる元ドルトラル帝国出身の凄腕集団だそうです。その場におらずとも、対象を抹殺するおそるべき術を使うとか」
フム、少しは面白そうな相手かもしれんな。
「今日ゴーメッツ配下の人身売買ギルドが山賊団から商品を受け取りに動きます。しかし中に、その殺し屋集団を紛れこませているそうです。目標は当然、首領および幹部でしょうね」
「今日だと!? もう動いているのか!!」
「さっき言ったように、ロミア様を向こうに取られたらリーレット領は完全にゴーメッツのものになってしまいます。ですが、サクヤ様がすでに向こうに居ることは僥倖です。我々もすぐに出ますので、ラムス様は先行してサクヤ様に状況をお伝えください!」
まったく、慌ただしいクエストになったものだ。
が、こうもギリギリなのは、かえって面白い。
「待っていろサクヤ! またしてもオレ様とお前で英雄伝説を創ってやろうではないか」
オレ様はクソ山賊団アジトへと馬を爆走させた。
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