93話 盗賊とあそぶ
ユリアーナの深い策略に、みんなは怒りとともに戦慄を覚える。とくに老獪で鳴らしたギルド長ギーヴさんは感心すらしている。
「しっかし、おそろしく頭がまわる女だな。しかも魔界から魔物を呼び寄せる術まであるときやがる。さすが大国の后だな」
「うむ。誰だ『偉そうなだけで大したことのない女』などと評した奴は」
アルザベール城へ行く前はみんなそう思っていたよね。なんて愚かだったんだ!
「こうなるとお前さん方が帰ったことを広めるのは得策じゃねぇな。この俺でさえ、お前さん方が帰ってくる可能性に賭けてここに残ったんだ。ユリアーナが何の対策もしてねぇはずがねぇ」
ああ、そういう相手と戦わなきゃなんないんだな。
向こうがこちらの動きを予測して罠をしかけてくるのを、さらに読んで回避する。それが、これからの戦いだ。
「よし、しばらくは身元を隠して行動しな。まずはロミア様の行方を追うこと。これに関しちゃ、リーレット家臣団が先行して調査している。アンブロシアに潜伏している奴らに会いに行け」
リーレット家臣団は王家から派遣された代行領主に追い出されたそうな。だけどロミアちゃん救出を画策して領都アンブロシアに潜伏しているらしい。まずは、その人らと会うことからだ。
そして日暮れ時。私達は冒険者の装備をまとめて荷物にし、カタギ領民の服を着て領都アンブロシアを目指すことにした。夜ともなれば、盗賊が襲ってくるので避けるのが普通だけど、私達にとっては望むところ。ロミアちゃんをさらった賊の情報を得るのに役立つかもしれない。
「それじゃギーヴさん。服をありがとうございました。必ずロミアちゃんを助けてみせます」
「ああ。お前さんらはリーレットを取り戻す切り札だ。くれぐれも目立ってお前さんらの帰還をそこらに知られないようにしろよ」
ギーヴさんに見送られ領都へ向かって歩んでゆく。
道中はだんだん暗くなっていき、ついには深夜になって真っ暗闇。ランプの心細い光のみを頼りに歩んでゆく。やがて深夜の中に潜んでいる人の気配が増えてゆく。
「やれやれ。出ることは予想してたけど、思ったより多いな。三十人くらい居る」
もっとも脅威になりそうなものはない。ザコのゴロツキみたいな気配ばかりだ。
「ふん。ならば、みんな片づけるか。ゴミそうじでリーレットを清めてくれる」
「やめとき。悪政で食えんようになって、道ばた暮らしになったモンがほとんどやろ。マジで襲う覚悟決めてんのも、そう多くないと思うで」
しかし、こちらがただのカタギ領民の集団と思われたらザコも襲ってくるな。
そんな成りたて盗賊なんかがロミアちゃんの情報を持っているとは思えないし、相手にしても損しかない。どうにかしよう。
「よし。ラムス、剣を出して抜いて」
「あん? いいのか。ただの領民に化けるって策だろう?」
「考えてみれば、ただの領民三人がそれだけで夜道を歩くってのは不自然極まりないよ。ラムスは女性ふたりを守る護衛ってことにしよう。剣を持った体格のいい男を襲うヤツラなら、それなりのハズだからね」
「なるほど、ザコ除けというわけか。よし、まかせろ!」
ラムスは布袋に入れてある剣を取り出し、鞘を抜いて軽く「ビュンッビュンッ」と振り回す。それだけで大半の気配が遠ざかってゆくのを感じた。
しかし全員ではなく残った者もいる。そいつらの何人かが動くのを感じた。
「お、来るよ。人数は八人。あんまり強そうじゃないけど、数に頼って私達を襲う気だね」
そいつらは姿を現すと、ぐるり私達を囲んで武器を構える。
しかし武器の代わりに鍬とか鋤とかわらフォークとか農具を持っているのもいる。農民くずれがプロの剣士相手に盗賊仕事とか無謀すぎ。
「フフン命知らずどもめ、ザコの血祭にしてくれるわ。サクヤ、こいつらのボスはどれだ」
「強いて言えばあの三人組かな。ちょっと獣っぽい気配をしているし」
正面の三人組は見ため的にも体が大きく、牛刀や大ぶりナイフなんかを持って、悪ガキっぽい面をしている。
プロ盗賊じゃなくてヤンチャ不良ってところかな。ま、将来はプロになりそうな感じだけど。
襲撃者たちは自分の滑稽さも知らずイキりはじめる。
「ようアンタ。雇われ冒険者か? イイ女連れてるじゃねぇか」
「ちっとオレ達に貸してくれねぇか? しばらく楽しませてくれりゃ、安全無事に通してやンぜ」
「八人相手に勝ち目なんざねぇ事ぐれぇ分かるだろ? ちっとばかし女にガマンさせてくれや」
ふーん。いちおう女さらいのテクニックは知っているみたいだね。
そんな言葉を信じて女を貸したら、そのまま持ち逃げされるってオチだ。
「ほほう、キサマらはオレ様を安全無事に通さん力があると。面白くていいぞ。そのイキリ、ためしてくれるわ!」
ラムスはズンズン三人組に近づいて、剣を無造作に振り回す。
「うわっ危ねぇ! お前らかかれ!」
「くそっ、ブンブン振り回しやがって! 近づけやしねぇ!」
「おい、一斉にかかるんだよ! 誰かは切られるが、他のヤツラでコイツをヤれる!」
「誰が切られんだよ! 俺は嫌だぞ!」
「糞ッ、アタマおかしい野郎に出会っちまった!」
まぁ護衛対象を無視して、いきなり斬り合いはじめる護衛とか、アタマおかしいよね。
私の護衛なんて無意味すぎて、やる気にならないのは分かるけどさ。
今の私は無力な領民女性。形だけでも守るフリしてよ。
―――「おとなしくしろ!」
いきなり横合いから、残りの賊が飛び掛かってきた。
ま、手強そうな護衛が離れている今のうちに、女達をさらおうってのは間違いじゃない。
「きゃあ! こわい!」「嫌やああっ!」
私とモミジは、襲い来る盗賊どもをキャアキャア悲鳴をあげて避けていく。耳を押さえて逃げ回る。普通の女性って、こんな感じかな?
そんな風に小一時間ほど逃げ回った頃。
「ゼェハァ、ゼェハァ、なんだこの女達。やけに動きがキレやがる」
「ヒーハー、ヒーハー、五人がかりで捕まえられないなんてこと、あンのかよ?」
「も、もう無理っす。ゼハァ」
賊共は息切れしてフラフラ。今にも倒れそうなくらいにバテている。
おっと、私達も疲れたフリくらいしないと。
若い兄ちゃん五人より体力のある普通の女性領民なんて、いるわけないよね。
「フゥフゥ、ハァハァもう限界。一歩も動けなーい」
「ああっ! もうオシマイや。足がブルブルで役にたたーん」
私達の弱音に、兄ちゃんたちはゾンビのようにフラフラ立ち上がる。
「みんな、チャンスッす! 今なら簡単につかまえ…………」
―――「ウム、簡単に血祭にできそうだな。斬られたい奴、しっかり立て」
そこに血を滴らせた剣を携え現れたのがラムス。その登場に盗賊どもは絶望に青くなる。
「お前らの仲間は殺してはいないが、手足に切れ目を入れておいた。お前らともども、当分イモ虫暮らしをするがいい」
「ヒ、ヒィィッお助け! 今、そんな体にされたら生きていけないです!」
「許してっす! すべてはリーレットの本当のご領主様ロミア様のためにやったことっす!」
―――なんだって?
「キサマ、よりにもよってロミアの名を使って盗賊をやるとは……む? お前、クライブじゃないか」
「クライブさん? あ、本当だ」
たしかリーレット家に仕えている従士にして御者だったかな。前に開拓部クエストの時に送ってもらったことがあったね。リーレット家の家職がどうして盗賊に?
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