84話 なぜか大逆転
絶望しながら、ただ見ているしかなかった。
魔人王ザルバドネグザルは、マットに憑いた魔界貴族によって粉砕された。
これによりゲームクリアの条件達成。
マットの体に魔界貴族の魂と力が継承されてしまうことに!
恐るべき魔人が今、誕生してしまったぁぁ!!!
「…………あれ?」
されど、その光景が妙なことに気づいた。
マットの体から白いもやが抜け続けているのだ。
そしてその度に、ヤツから感じる圧のようなものが弱まっていくのを感じる。
「アイツ、逆に弱くなってないか? あの白いのは何だ?」
気配察知でその白いもやを調べてみる。
それには人の意思みたいなのを感じる。まさかあれって、とりこんだ魂?
『ぐおおお……これは……どうしたことだ。肉体から……魂が抜けてゆく……』
やはりか。ヤツも苦しんでいるし、あれは想定外の現象ということか。
いったい何でこんなことに――
「ああ! そうか、状態回復だ。さっき踊ったのは、あらゆる異常を回復させる【回復の踊り】だ。それが効果を発揮しているんだ」
マットの精神崩壊は何百もの取り込んだその魂が原因。
その原因が、遊び人のスキル【回復の踊り】で解消されていってるんだ。
本当に遊び人のスキルはチートだな。こんな難易度の高そうな状態異常すらも治してしまうなんて。
『なぜだ……キサマの踊りは阻止したはず……それがなぜ?』
「敵に状態回復なんかするはずないだろう。私が踊りで回復しようとしたのはラムスとモミジさ。それが失敗しちゃったんで、その恩恵は敵であるアンタに……いや、体の持ち主のマットにまわってしまったんだ」
『ぐくっ……計算か……このような策をあの場で考え付くとは……』
「いやスゴイ偶然。私も驚いている。でもゲーム世界なんかを領域にしたのが運のツキじゃない? 自分で定めたルールでない設定やら裏ワザなんかが幾つもあるんだから、思わぬところで刺されたんだよ」
しかしあの劣勢から、ここまで完璧に大逆転したのは、お兄ちゃんが言っていたラムスの力のおかげかもしれない。
【勇者の力】
あらゆる偶然を己の味方にする力。なるほど、お兄ちゃんがアテにするワケだ。
『ぐおおおおっ! 余までも……肉体から追い出されるぅ!!』
ボシュウウウウッ
マットの体がひと際大きく輝き、大きな力の奔流が流れ切ったように感じると、そこには憑き物の落ちたようなマット本人がへたり込んでいた。
「う……あ? 俺はいったい…………?」
憑依が抜けた奴の定番セリフを吐くマット。
あたりをキョロキョロ見回して、ワケわからんという様子だ。
「おまえ、運がいいよ。魔界貴族なんかに体を奪われて元に戻れたんだからね。……となると、魔界貴族の魂はあそこか」
私はそいつが居るであろう場所に目を向ける。
それは崩れて倒れ伏しているザルバドネグザルの巨体。
さっきまでは抜け殻だったそれは苦しそうに身もだえし、眼はたしかな意思が宿っている。
『グ……グオオオオオッ……なぜこんな』
「自分の極大呪文でボロボロだね。そんな状態でまだ消滅しないってことは、残った魔力で何とか回復したってところかな。でもHPは100もないんじゃない?」
『クク……こうも己が愚かとはな。自分に殺されるとは』
「じゃ、トドメを刺させてもらうよ。今なら遊び人の私でも十分にHPをゼロにできる」
懐から手裏剣を出し、【高速手裏剣】を放とうと構える。
効果は『必ず敵の攻撃前に放つことが出来る』とランダムに『スタン効果』だけど、やっぱり威力のない牽制用攻撃。
レベル99にもなってこんなのが最強威力なんだから、つくづく遊び人はサポート特化だね。
『いいのかな? お仲間はもう限界みたいだぞ』
「うっ、いや敵のトドメが先決……」
もちろん、さっきからもだえ苦しんでいる二人のことは忘れていない。
だけどこの場合、先に脅威の排除が冒険者の鉄則。回復をしている最中に襲われでもしたら、目もあてられない。
それでも――つい、苦しむ二人を見てしまった。
鉄則なんか忘れて一刻も早く回復してあげたい気持ちは、どうしてもあったのだ。
ビュオオオオッ
「うわっ、しまった?」
目を移したその隙に、奴の体から激しい風が吹きつけてきた。
「くっ、殺傷力ゼロのただの強風か。悪あがきを…………あっ、待て!」
この風は、ただ私を牽制するだけのものではなかった。
魔人王はこの風に乗り、文字どおり疾風のように逃げ出したのだ。
高らかな笑い声を残し、魔人王ははるか彼方へと走り去ってゆく。
私はただ茫然とそれを見送るしかなかった。
「……やっちゃった。遊び人の足じゃ、あれに追いつくのは無理だ。千載一遇のチャンスを! ……いや、落ち着け。まだこっちが有利だ」
奴は私たちと同じレベル99になっている上、膨大なHPはほぼ削れている。
ラムスとモミジを復活させて、ヤツが回復する間もなく追い続ければ必ず倒せる!
「あのぉ、サクヤさん。大丈夫ですか」
そう言っておずおずと声をかけてきたのは、丹沢さん。
「丹沢さん。いたんですか」
「忘れないでくださいよ。モミジさんとラムスさんが苦しんでいて、どうにかしようと思ったんですが、どうにもできなくて」
もっと早く出てきてくれれば、ヤツに魔法のひとつも当てて終わりに出来たのに。
まったく。自衛官のくせに一般人と変わらないじゃないか。
「あ、あの。どうしたんです? 私が何か?」
つい、恨みがましい目で丹沢さんを見てしまったらしい。
やめよう。これは私のミス。私が甘かっただけ。
終わったチャンスなんかに心を残すより、次の一手を全力で考えるべし。
生き残る冒険者とは、そういうものだ。
「いいえ、なんでもありません。ラムスとモミジは私が回復させます。そっちの重要容疑者のマットを魔法で拘束しておいてください。アイツも高レベルだけど、どうにかがんばってください」
マットを丹沢さんにまかせ、私はラムスとモミジを回復させるべく【回復の踊り】を舞うのであった。




