79話 侵攻イベントの彼方より渡ってくる者
集落を立って、ほどなくしてドルトラル帝国との国境付近の荒野に到着。そこに足を踏み入れた途端、無数の大軍があらわれた。ドルトラル帝国軍侵攻イベントのはじまりだ。
”迎撃部隊参加”といっても、戦うのは相変わらず四人でだけなんだけどね。
ゲームの流れとしては、この戦いでラムスパーティーは勝利するも、別方面から本陣を急襲されリーレット軍は陥落。ロミアちゃんは助け出すも、ザルバドネグザルは城塞都市の人達を一か所に集めて儀式を敢行。ここで魔人王になるというわけだ。
イベント開始地点の崖の上に立って戦闘準備。
ここからあの大軍に切り込んで、中ボスにまでたどり着くのだ。中ボスを倒せばここのイベント戦闘は完了。あとはザルバドネグザルが魔人王になるのを見届ければいい。
さて、それじゃ負け戦をはじめようか。
「こん大軍に四人だけで斬り込むなんて、アホみたいな話やなぁ。ま、向こうも一度に戦うんは四人だけというし。あっちも大軍の利を生かさんアホみたいな軍隊やな」
「わはははドルトラル相手には、昔サクヤと似たようなことをやったな。あの時はサクヤが将軍どもの首を二十以上も斬って、大軍を壊滅させたのだったな」
「へえ……サクヤさん、すごい武勇伝ですね。あとで詳しくお話し願いたいのですが」
詳しく話したくないよね。とても人間業と思えない話だし。
ラムスも、あんまり向こうの私のことは話さないでほしいな。
「よぉしッ、者どもオレ様につづけ! 一気に敵将軍の首をあげるぞ!」
「ああっ! なるべく敵にエンカウントしないでください。レベルで一瞬で勝負がつくといっても、数が重なれば、かなりの時間になりますから!」
さて、このシーンは人間のザルバドネグザルと初顔合わせ。そして中ボスは、なんとアーシェラとゼイアードだ。
本来なら倒したあとアーシェラが仲間になる流れだけど、このゲーム世界ではそんな展開にはならない。だけど捕らえた後の監禁拷問エロエロシーンはバッチリあるらしいんだよね。
ロミアちゃんに続いてアーシェラまでが男子どもの慰みものにィィィィ!(泣)
「くうッ。この悲しみをぶつけるためにも、アーシェラを倒したあとのイベントは燃えるぞぉぉぉ!!」
「ダメや。必要なイベント以外は飛ばす言うたやろ。アーシェラはんとのカラミも当然飛ばしや」
ガーーン!!! メソメソ。
悲しんでてもしょうがない。こうなったら一刻も早く戻って、ロミアちゃんやアーシェラとイチャイチャしよう。しぶしぶながら、ラムスの後を追う。
「気ィつけるのは兵隊とのエンカウントだけやないで。ファントムマスクの連中がここを渡ってきたら通しちゃいかん。けど連中から逃げてきた人なら、通さんとな」
「でも松之内みたいなのだったら、ぜったいヤツラの仲間だと思ってしまうな。どうやって見分けよう」
「アヤしい奴は全部通さんことや。間違いだったとしても、犠牲はそいつらだけで済むやろ」
うわぁ超合理的。そうだ、冒険者の考え方はこうだったよね。悲しいけど危機の中ではより犠牲を少なくする決断をしないといけないんだよね。
よしっ、渡ってくる奴にも注意してイベントを進めるぞ。目指すはアーシェラ!
――「おーい、お前ら。向こうから誰か来るぞ。一人だけだが、妙にアヤしい奴だ」
ラムスの声に、敵陣方向に向かっていた足を止める。
さっそく来たか。アーシェラはあと回し。まずは、そいつを見極めないと。敵か味方か。
ラムスに追いつき、ラムスの指し示す方を見てみる。と、絶句した。
「なんやアレ。アヤしいどころか人間でもないんやないか? 人型はしてるがな」
「それに妙に大きいですよ。見た感じより遠くに居るみたいです」
「いや、待って。アレって……まさか?」
その人型の異形に妙に既視感があった。
記憶の底から、かつての脅威が首をもたげる。
されど、そいつが登場するにはあまりに早い。出てくるはずのない敵キャラが向こうに見える。
奴こそは、向こうの世界の最大脅威をモデルに創られ描かれたラスボス。
「魔人王ザルバドネグザルだ。いったいどうして、ここで出てくるんだ?」
『敵か味方か』の問いは、とりあえず敵で間違いないが。ラスボスだし。
「たしかにそうですけど、まだドルトラル帝国軍侵攻中ですよ。ザルバドネグザルもまだ魔人王になってないはずだし」
「モミジ、鑑定眼!」
「やってる。集中させてくれや。…………間違いないわな。レベル92。このゲーム世界領域の構成呪文の心臓があれにある」
もしかしたらルルアーバの策略でニセモノかもと思ったけど否定された。あれは本当に本物のラスボスっぽい。
「つまり、あれを倒せばこのゲーム世界は?」
「終わりやな。捕らえられてる連中は解放され、ウチらの目標の一つが達成されることになる」
あまりに簡単に差し出されるクエストのゴール。だけどこれに飛びつくのは駆け出し冒険者だけ。
いくつもクエストをこなし経験を積んだ冒険者なら、こういった時は警戒する。当然私達も……
「いよっし! だったら決まりだな。目標はあのニセ魔人王に変更! サクッと倒して、さっさと終わらせるぞ! うおおおおおおッ」
リーダーがこれ? よく生き残ってこれたな、私達。
まぁこっち世界の文化で、なまってしまったということにしておこう。
駆けだそうとするラムスの足元に足を延ばす。ラムスは「ズデン」と転んだ。
「ぐうう~~っ! サクヤ、なにをする!」
「あれを倒すことに反対はしないけど、突撃はナシ。いきなりラスボス戦なんて、いくら何でも流れがおかしすぎる」
「そうや、慎重にいくんや。『レベルはこっちが上だから楽勝』とか甘いこと考えんなや。使えるバフはみんな使って完全態勢で挑むで」
「ちっ、しかたない。そうだな、このゲーム世界とやらも最後だし。最強状態で豪快にきめてやるとするか」
そうして完全態勢でその魔人王に近づいた私達。
ゴクリと息を飲み気を落ち着ける。あまりに無防備なハダカ同然の衣装が心細い。
私達が戦闘態勢で近づこうとも、その魔人王は微動だにせず佇んだままだった。
「なんや、魔法のひとつも出さず立ちんぼか? こっちの魔人王さんは、ただのでっかい棒やな」
「先手はこっちにくれる仕様なのかな? なんにせよ、これなら楽に踊りきれるね」
「タタン」とステップを踏み踊りを開始。されど言葉とは裏腹に、私はより警戒を強めている。
ヤツの視線を感じたからだ。
人型巨躯の魔人王は、まるで意思あるかのように静かに私達を見下ろしていた。




