76話 ヒロインの力
普通なら、ゲーム世界において物理攻撃にしろ魔法攻撃にしろレベル差は絶対。ある程度のレベル差なら覆すことは可能でも、80以上も離れているとなれば相手の高い物理耐性、魔法耐性でこちらの攻撃はまったく通らない。
しかし例外に遊び人の踊りスキルは、決まればレベル差に関係なく相手に特殊効果をかけることが可能なのだ。モミジが私に遊び人の職業を頼んだのはそのためだ。
というわけで私のステップをスタートに、松之内とのバトル開始。
私が【眠りの踊り】を終了するまで約二分三十秒。その間に私の踊りをやめさせる事が出来れば松之内の勝ち。出来なければ私の勝ちだ。
松之内は私の倍以上のスピード突進で私にビュンビュン迫るも、私は余裕でかわし踊り続ける。理由は松之内のフォームが前かがみに崩れまくっていて、動きが雑すぎるためだ。
「なんや、あの兄ちゃん。あんな前かがみになって。腰もまるで入ってないやないか。あれでは実力の半分も出せんわ。いったいサクヤはんは何したんや?」
「まぁ、あの状態は女には分からんだろうが……あのガキ、下半身ビンビンになっているのか? いくらサクヤが半裸とはいえ、仮にもバトルの最中だぞ?」
「それでもあの突進を避けて踊り続けるのってスゴイですよ。まわりの人達もすごく驚いていますよ」
タタン タタン タタタンッ
松之内は突進して私を捕まえようとするも、私はスルリと抜け、すれ違いざまにエロテクスキルの指を這わせてやる。
おかげで松之内の下半身はビンビンバキューン。前かがみ状態。
いかにレベル80超えのパワーやスピードがあろうとも、フォームがこうも崩れては私に触れることすら出来ない。フォームって大事だね。
「ふふん、ほーら、もうすぐ踊りは完了しちゃうぞ。あせってあせって」
「クッ、舐めやがって。ならもう容赦しねぇ!」
松之内は「ダッ」と飛びすさった。さっきまでとは逆に私から大きく距離をとったのだ。
やれやれ気づかれたか。これに気づかれないよう煽ったのに。
接近戦での攻防なら、私のスキル【気配察知】【見切り】【エロテク】を駆使すれば相手から逃げきれる。
されど遠距離からの攻撃では、レベル差を覆すだけのスキルは数少ない。つまり正解にたどり着いてしまったのだ。
松之内、頭は良くなくとも戦闘の嗅覚は優れているみたいだね。
「うッらああああッ。【波動拳】!!」
格闘家固有の遠距離攻撃スキルか。ヤツの掌に気が凝縮されてゆく。あれに当たったら、私のHPはふっ飛んで終わりだな。
「クルンクルン」と最後のターンをまわりながら、私は手首のリストバンドから手裏剣を取り出す。
これを投げて急所に当てようとも、この世界のルールでHPが多少下がるだけ。いやレベル差から見て、それすらないだろう。ならば、これの使い方は……
「オゥヨ! 吹き飛べ、これがオレの最強爆走気弾ヨ!!!」
「君が吹き飛べ!」
ターンの遠心力で「ヒュンッ」と手裏剣を解き放つ。
「ピシッ」と、見事松之内の股間に命中。
「あっ……イク」
ドピュッ
顔を地面にぶっつけ倒れる松之内。最強爆走気弾は股間から発射された。
「それを私に届かせるには、まだ遠いよ。おやすみ松之内」
そしてスキル完了。松之内は眠りにおちた。
圧倒的レベルを誇る松之内の敗北に、その場はシーンと静まりかえる。
どこからか漂うみやびな栗の花の香りは、誰かのイキなはからいか。
美しいフィニッシュを決めている私に似合いすぎて恐いね。
「いったい今の咲夜さんをどう報告したら良いんでしょう。こんな変態ヒーローみたいになっちゃって。ある意味カッコいいですけど、自衛隊としては困ります」
「かってに困っていろ。で、サクヤよ。この気持ちよさそうに寝ているガキはどうする。またレベル1にして捨てるか?」
「レベル86のHPを削るんは難儀やなぁ。そろそろウチらのレベルも上げておかんといかんのに」
「いいよ。戦ってみれば本質は分かる。松之内は悪い奴じゃない」
松之内は私と戦っている間、一度も拳を握らず、ただ掴もうとしただけだった。本質的に女は殴れないのだろう。
それに、ここに集まっている生徒達や教師の大人達からも人望を得ているように思える。それだけに、人殺しをしてまでもレベル上げをしようとする動機が気になるところだ。
「ま、それはともかく仕上げをしようか。ラムス、こっちに来て」
「む? やつらの手下どもをオレ様らの下につけるのか。しかし、上手くいくものか?」
「そのためのラムスだよ。君の名前はこの世界では最強なんだ。MMA格闘技ジムプロなんかよりね」
意外な結果に静まりかえる教師生徒らの前にラムスと立ち、深呼吸。
さぁ、一番の大見切りだ。私は鬼畜勇者ラムス様のヒロイン。
それになりきって、みんなをまとめ上げよう。前に読んだプロ声優のエッセイにあった役没入法。あれをためす時!
「見ましたか、これが主人公補正の力! 新ヒロインでレベル2の私ですら、このように敵を圧倒するのです。私達は、この力でみなさんを助けに来ました!」
ザワザワ……ドヨドヨ……
とまどったような、それでいて喜ぶようなざわめきが目の前の人達から沸きはじめる。
「野花、それじゃあ本当に私たちを助けに来てくれたのか?」
在学中に担任だった鹿島先生だ。冬山にもいた……おっと、今私はラムクエヒロイン。それになり切らないと。
「もちろんです。そのかわり、村の若い娘たちはラムス様のセックス奴隷になってください。そうすれば必ずやみなさんを助けて……」
すると丹沢さん、私に「ガバツ」とつめよる。
「ち、ちょっと! 咲夜さん、なに言ってるんですか? さすがにそれは見逃せませんよ!」
ハッ! ラムクエヒロインになりすぎた。意外に私は役者の才能があったようだ。
「い、今のはみなさんを安心させるためのジョークです。家に帰れず不安がっているみなさんに、ほっこりしたジョークで気を休ませようと思いまして」
「気を休ませるどころか、思いり警戒してますけど。この冷えた空気で、どうやって民間の協力を得ようというんです?」
「サクヤ、いくらオレ様は女が好きでも、こんなケツの青い娘どもはいらん。お前の欲望をオレ様の名前で果たそうとするな」
ああああっ、そんな目で見ないで! 誤解なのにぃ!!!




