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70話 校舎内へ

 「ポーン」と首が空を飛び、「ドッ」と音をたてて落ちた。

 体は私に爪を立てようとしたまま固まって立っていた。 

 するとまわりのみんなから大歓声がわき起こる。


 「ふうっ信じられない。高速迎撃スキル【つばめ返し】すら避けて後ろにまわり込まれたのか。性根はどうしようもなく魔物そのものでも、その技術にだけは敬意を捧げさせてもらうよ。悪愚哩」


 敬意をこめて首を失った体をみじんに破壊した。


 「なっ……バカな。どうして、おれが斬られている? たしかに……お前の背中を……」

 

 なんと、首だけになったのに悪愚哩は生きている。

 まぁ魔族本体の仮面は無傷なんだから、そういう事にもなれるだろう。


 「ああ。たしかにアンタは私の背中をとった。カウンターすらとりかけていたね。それは私も予想した。だから空振りしても横なぎの勢いを止めず、回転してもう一太刀だ。さすがにクラクラするね」


 本来なら高速で回転している獲物に攻撃なんて入れられるわけがない。なのにその状態の私に爪を突こうとしたのだから、やはりコイツは別次元の時間軸の中に生きていた。


 「バカな! それで、どうしておれの位置を正確に知れた? お前には、おれが見えなかったはずだ」


 「……ああ、それか。私は目で見なくても敵の位置は正確にわかるんだよ。気配を読むのは得意でね」


 「ハ……ハハハなんて嬢ちゃんだよ。そういや忘れてた。『カウンターは読まれりゃ命取り』そうだったな」


 しゃべる首を前にメガデスを上段にかまえる。されど悪愚哩は楽しそうなまま。


 「楽しかったぜ、お嬢ちゃん。またな」


 「咲夜だよ。今度会ったら名前で呼んでほしいな。お嬢ちゃんじゃなくてね」


 ザシュッ


 首をつぶしてお終いにした。交差する殺し合いの中で語るべき事は語った。

 奴との戦いは記憶に変えて先へ進もう。


 さて、みんなはというと、ラムスと丹沢さんが撮ったさっきの映像を見て驚いたり感心したりしていた。


 「うわっ咲夜さん! あの一瞬でここまで色々やってたんですか? スローでないとわからないなんて、どんだけ!」


 「見た通りだよ。アイツは私の横薙ぎをかわして私の後ろに。カウンター狙ってきたところを一回転した私が首をおとした。それだけ」


 「こっちからは、ただ、すれ違って首を飛ばしたようにしか見えませんでしたよ! こんなスピードで動けるなんて、あなた本当に人間ですか!」


 「うむむっ、この魔人もとんでもないな。オレ様の世界のモンスターより速いのではないか?」


 一方、長舩さんは部下とともにメラをかこんでいた。しかも長舩さん自身は銃までつきつけている。いいのか? いくら部下を殺されているとはいえ。


 「米良田修。すぐに学内の人質を解放しろ。これはれっきとした凶悪犯罪。未成年の君にも重罪は適用される。だが今すぐ投降しこちらの指示に従えば、後の更生は保証しよう」


 「はっ、ダセェな。そんな自分想像したら死にたくなった。撃ちたきゃ撃て」


 「なにィ、ナメるなこの凶悪犯罪者が」


 ヤバいね。銃ってのは、はずみでも人を殺せるし。

 このメラも、意外と肝が据わっているから、長舩さんが退()けなくなるかも。

 私は手でそっと長舩さんの銃口を下げる。


 「長舩さん、やめましょう。このメラが今ここで『投降します』とか言っても、とても信じられません。それでルルアーバが人質を解放するとも思えないし。ここはつかまえて情報だけもらって、先に進みましょう」


 「……たしかに我々の敵はこんな子供ではないな。奥の狡猾な魔法使いとやらを倒さねば、何も終わらないか。わかった、そうしよう」


 長舩さんは引き下がり、かわりに私がメラと話す。


 「大したものだね。本職の軍人に銃を突きつけられてもその度胸。大きな戦力の悪愚哩も倒されたばっかりだってのに」


 「昔からビビらない性質(タチ)でな。それに悪愚哩さんに関しちゃ『助かった』ってのが本音かな。あのまま仲間になってりゃ、俺らはあの人の手下(てか)にされてたろうしな」


 なるほど。私は上手く悪愚哩の排除に使われたってワケか。

 そして校舎内にはアイツの戦力すらアテにしない何かがあると。

 されど私達はそれに挑むだけだ。


 「よし、じゃあメラ。約束通り案内してもらおうか」


 「ああ、いいぜ。で、どっちに案内すりゃいいんだ? ピエロの居場所か人質を集めてる場所か」


 「え? それって別々なの?」


 「そういうこった。両方いっぺんには行けねぇし、先にどっちへ行くか決めな」

 

 ちょっと迷う選択なので、みんなで集って相談する。


 「うーむ。ルルアーバに逃げられては、また振り出し。ここはルルアーバを優先するべきだな」


 「いえ、人質をとらわれたままルルアーバと対決したら、人質を使われてしまいます。やはり人質を助けることを優先したいです」


 「二手に分かれたらどうや。ジエータイのみなさんは人質。ウチらはルルアーバ討伐。どちらも本来のお仕事やから文句ないやろ」


 みんなの意見を聞いて、結論は出た。


 「二手に分かれるのは却下だね。人質の方にも番人なり罠なりが待ち構えているだろうし。よし、まず人質の方へ行こう。そこの番人か罠を消せば、自衛隊に救助をまかせられる。ルルアーバと対決するのは、そのあとだ」


 「その間に逃げられなければいいがな」


 ラムスはちょっと不満顔。毎日楽しく遊んでいるように見えても、帰りたがっているのかもしれない。


 「それで逃げるなら、そもそもこんな所で待ち構えてたりしてないさ。私達をどうこうするために、ここを占拠したんだろうし」


 話は決まり、メラに人質の方へ案内するよう指示する。


 「よし、人質の方だな。こっちだ。人質は専門教科棟にまとめて置いてある」


 専門教科棟というのは、理科室や家庭科室なんかの実験や実習をするための教室が集められた場所だ。


 「それで人質の様子はどうなっている。この学校が異常事態にみまわれて三日たっているが、全員無事なのか?」


 「けっこう死んでいる。ま、死んでも元気にやってるから気にするな」


 長舩さんはピリッとしたが、私は首をふっておさえる。今はまだ、強引にいく時じゃない。


 そしてメラの『死んでも元気にやっている』というセリフの意味は、教室や廊下のあちこちに居る立ったり座ったりしている生徒や教師。あるいは自衛隊の隊員のことだ。


 一見無事に生きているように見えて、それらは全員ゾンビ。うかつに助けようとすれば襲ってくるのだ。真琴ちゃんは見つけるたび、それらを浄化で元の死体にもどしてゆく。

 長舩さんはそれらを見て苛立ちをつのらせている。


 「くっ、これだけの人間をゾンビにするとは、お前は人間じゃないな。良心など期待するのは無駄か」


 「あまり褒めるな。人を持ち上げてナニさせようってんだい?」


 「褒めてなどおらん!では、これだけは答えろ。大見河愛魅果お嬢様もここに居るのか? 彼女は現職総理の孫娘。この事件の主犯ルルアーバという者にさらわれたが、彼女は生きてここに居るのか?」


 「ああ、お嬢様もこれから行く場所に居るしゾンビにもされてねぇ。無事だぜ」


 そうか、愛魅果ちゃんは無事か。長舩さんはじめ自衛隊のみなさんも安心顔。

 ……いや、それをそのまま信じるのは危険かもしれない。みんなのホッとした空気を引き締めるためにも、少し擦ってみよう。


 「本当かなぁ? 彼女の血縁は『増税メガネ』と呼ばれて支持率が下がり続けている最低の総理。その嫌われっぷりを考えれば、無事ってのはデキスギな気もするけど」


 「ちょい情報が古いな。今は『増税クソメガネ』だ。財ム省との癒着、財団からのワイロ、ずさんな国費の使い方がバレて、めでたく支持率史上最低を更新だぜ。財団財ム省にカネを流すために増税してきたんだから、ロクなもんじゃねぇな」


 メチャクチャやってるなぁ、あの総理。『クソ』の部分に国民の果てしない憎悪を感じるのは私の気のせいだろうか。


 「あの……この部分、カットしておきましょうか?」と丹沢さんはとまどって長舩さんに言う。


 「やめろ。現場の記録映像は勝手に編集は許されない。たとえどんな不都合な映像でもな」


 私もこの話をこれ以上続けるのはやめよう。

 ”増税賄賂クソメガネ”のことは忘れて、まだ生きている人質を助けよう!


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