69話 ガンリュウジマ
魔人となった元格闘家・悪愚哩と殺気をみなぎらせて対峙する。
さて、始める前に少し情報をいただいておこうかな。街中に広まったデーモン仮面の行方も気になるところだし。
「悪愚哩さん、元格闘家だってね。どういった経緯でルルアーバから仮面を?」
「いーや。誰それからこの仮面をもらって使っていたのは、おれの元雇い主さ。ケチな金貸しで、一文無しの取り立てにこのマスクを使っていたな。おれは、その用心棒って立ち位置だった」
「ふうん? 多分その人達の写真を見たことがあるよ。皮膚が変色して死亡していたそれだね」
「ああ、寿命を限界まで搾り取ったらそうなるらしいな。そのザマを見て、人間だったおれは可哀想に思ったね」
意外だ。このふざけた男にも良心ってものがあったのか。それがどうして仮面を被って魔人に?
「コイツはな……そんなケチな狩りなんてしたくなかったんだよ。ゲスでチンケな人間に使われながらエサをもらっている身に、いつも泣いていた」
……って、可哀想に思ったのは仮面の方? どういう神経してんだ!?
「いつごろか、おれはその声を聞けるようになっていた。そして共感したね。おれも人を、いや人間をブッ殺しまくりたいといつも願っていたからな」
まさか、魔族に共感する人間がいるとは。こうもヤバイ嗜好の人間が格闘家とか、恐い話だ。
悪愚哩視点
ギュラブラックの姉ちゃんがおれの昔を聞くもんで、どうでもいい過去を思い出した。
――『ヒャハハハハ、見ろ悪愚哩。このカス七千万当てたぜ。カスの命にしちゃ上等じゃねぇか』
おれの元雇い主はこういうやつだった。名前は忘れた。とにかく金に狂ったチンピラだ。
チンピラにしちゃ羽振りがメチャ良く、車はフェラーリ、服はアルマーニ、時計は金オメガ。とにかく持ち物は金満の金ピカばかりだった。
このカスがどうしていきなり金ピカになったかというと、どこからか手にいれた悪魔の顔を模した仮面がその理由だ。
尻に火のついた債務者に仮面を被せた後に馬券なり宝クジなり買わせりゃ必ず当てた。もっとも三、四日後には債務者は必ず死んだが。
雇い主はうるおい、ガードのおれもけっこうな暮らしをさせてもらってはいた。
だが、いつも思っていた。
『そんなに楽しいかよ』と。
奴の笑い声を不快に感じ、キラキラしたナリに虫唾が走る。
そして何より死体だ。それを見るたびに思った。
『もっと汚くブッ殺せ』と。
そんなある日のことだ。高い酒かっ喰らって寝ているカスの側のそいつが語りかけてきた。
――『友達にならないか』と。
声でなく、おれの心に直接そう語ってきたんだ。
なんでも、おれとマスクは極めて近い精神をしていて、共感し合えるんだと。
その言葉のままにおれは雇い主をブッ殺し、仮面を被った。
その瞬間が、おれの本当の誕生日!
おれ感動!
本当に何でも出来る。心のままに何人も殺せる!
おれ感謝!
ありがとうございます神様。おれに友達をくれて!
おれ爆誕!
毎日ワクワク。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す!
で、数日は狩りを楽しんでたんだが、魔族を狩る女ふたり組のウワサを聞くと胸がザワめいた。
おれの親友、どうにもヤツラに深い恨みがあるらしい。ま、華々しく魔族狩りやってんだから、そうなるわな。
おれもたまには歯ごたえのある獲物を狩りたい。おれがどのくらい強くなったのか試してみたい。
ってなワケで、世間相手に立てこもりをしている勇敢な少年たちの元に合流だ。
やはり抵抗する獲物はいい。できれば自衛隊突入前にここに来たかった。
が、目の前にはそいつらより上等の姉ちゃんがいる。
巨大な剣を軽々振り回し。なのに、たまにおれのスピードを超え。
元の筋力は圧倒的におれが上なのに、こうも上回るなんざとんでもねぇな。
いったいどんな強化してんだか。
とはいえ稼業目線で見りゃ、まだまだ甘ぇところは多い。
強ぇにゃ強ぇが、シロウト臭いところが多々あるんだよな。
まずあの大剣。アレを軽々振り回せるのは大したもんだが、得物がデカいだけにその軌道を見切るのは難しくねぇ。人間相手にゃ向かねぇな。
それに何より、攻撃してきた後の隙がデカすぎる。
斬撃の後の脇があまりにガラ空きで驚いたぜ。さっきは即興だったんで半歩せまれなかったが、今度はキッチリ決めてやる。
おれと踊れる奴をここで消しちまうのはもったいねぇ気もするが、この仮面様の姉ちゃんへの憎しみはとんでもねぇ。とても逆らえるもんじゃねぇんだよな。
ま、おれが楽しく生きるためだ。この生涯の親友の願いをキッチリ叶えて先へ行こう。おれにはまだブッ殺したい人間が腐るほどいる!
――「悪愚哩、そろそろ始めよう。次のしのぎ合い。それで決着をつける」
昔話に一区切りついた頃、ブラックちゃんはそう言った。
「律儀だねぇ。黙って斬りかかっても卑怯じゃねぇぜ」
「そんなもので、わずかにでも有利をとれるアンタじゃないだろう。むしろ覚悟を決めるために、こうした方がいい」
「やっぱアンタはいいよ。好きになりそうだ。素顔を見せて戦ってくれないのが惜しいねぇ」
するとギュラブラックは自分の仮面をとり、その素顔をさらした。
「サービスいいねぇ。しかし本当に若ぇんだな。まだ二十にもなってねぇだろ?」
「まっとうに生きてたら、まだここの生徒だったしね。これはアンタの強さへの敬意さ。その存在は許されるものじゃないとしても、今まで会ってきた中で二番目の強敵だ」
「まいったね。二番目かよ。おれより強ぇ奴が他にもいるとはね」
「一番はその仮面の元凶のルルアーバだよ。でも国中を凍てつかせるほどの大精霊獣や、その仮面の元となったグレーターデーモンよりも上だよ。誇っていいよ。ま、世界を支配した魔人王なんてのも居たけど、それはお兄ちゃんの敵だったし」
「おいおい、その年でどんな修羅場くぐってきたんだよ。しかしそんなアンタを殺せば、おれは最強を名乗れるだろうな。悪かねぇ」
「格闘家らしいね、最強なんて名乗るために戦おうなんてね。冒険者なら、そんなものを求めて無駄に強い相手と戦おうなんて奴は、バカなんだけどね」
「バカで上等! 来い。そのキレイな顔を死に顔にしてやるぜ!」
「ああ、行くよ! 今度こそしとめる!」
速ぇ。駆けだした瞬間、もうおれを惨殺できる位置に来やがった。
横薙ぎ一閃。巨大なギロチンが飛んでくる。
せまる大剣に当然おれは回避。が、大剣もおれを追って軌道修正。
だが得物が大剣なだけに、どうしても懐近くには大きな空間が出来ちまうぜ。
おれはそこをくぐり抜けると奴の背後に。絶好のブッ殺しポイントに到着だ。
無防備にさらした奴の背中の心臓めがけて爪を伸ばす。
あばよ!
―――ザンッ




