66話 竜崎ただいまお仕事中
竜崎管理官視点
防衛研究所 異世界調査室
「竜崎秀樹異世界研究室長、貴官の復帰を認める。と同時、異世界対処管理部を復活。その管理官へ復帰してもらいたい。そして諸菱高校異変の解決と調査のための現場指揮官も任命する。カリギュラに対処を依頼し、協力して事にあたれ」
防衛省より来たる雲の上の人、江崎事務次官殿は苦々しく私に告げた。
事件は自衛隊独自で解決したかったのに、大失敗して、またカリギュラに頼らざるを得なくなった胸中はいかがなものか。
「はっ、拝命承りました。この研究室もふたたび異世界対処本部に戻りますか」
「そうだ。解散したスタッフも戻す。幸いたった一日前のことなので、辞令は誰にも出ていない」
もともと異世界対処本部は、未知の異世界からの脅威を調査するべき部署。その対処の方法が分かれば預かっていた部隊指揮権は返還し、管理官という私の臨時の立場も消える流れではあった。
だが、それが早まってしまった。理由は例のアルザベール城陥落の件だ。
上層部は魔族弱体化の報告を受け、自衛隊主導での奪還を図り、その勝利を大々的に政治利用する目的で準備を進めていたらしい。
だが、カリギュラはいきなりアルザベール城を半日で陥落させてしまった。まぁこの件は私が原因ではあるのだが、その一件で上層部はかなり混乱したらしい。
そしてふたたび異世界の魔物の起こしたこの諸菱高校事件で、アルザベール城で取り逃がした手柄を今度こそ取ろうと焦ったあげく、この無謀な突入となったそうな。
「しかし早いですね。指揮権が移譲してからわずか一日でしょう」
「多くの少年少女、学校教諭、それに総理の孫娘の命がかかっている。もはや面子などにこだわってはいられん。認めよう、我々だけで異世界問題に対処するのは早すぎた」
「と言うより、想定していた相手が違いすぎたのでしょう。想定してたのはアルザベール城に出てきた不死身の怪物群。ですが今回諸菱を占拠したのは狡猾な魔法使い。相手の情報が無いまま対処するのは危険すぎる相手であるのに、それをしてしまった」
「ぐぐっ……皮肉はいい」
「皮肉ではなく事実の指摘なのですが。任命された指揮官殿も可哀そうに。精鋭部隊を全滅させられた汚名を受け、わずか一日で指揮官を解任されたのですから」
「まったくだ。こんなことなら今、竜崎を降ろすんじゃなかった。これも早すぎた」
「はっきりおっしゃいますね、事務次官殿。自分の調査にご不満が?」
「いいや、よくやっている。アルザベール城内で魔族の死骸を利用した魔法研究。モミジ殿からの技術提供。その他研究としては申し分ない。が、現場指揮官としては配慮が足りないと感じてはいる」
「はっ、今回はちゃんと自衛隊の存在意義を示せる見せ場も作ってみせます」
まぁ、わざわざ作らなきゃならない時点で、いまだ異世界の脅威と戦うことは出来ていないのだが。
「よかろう。で、本当に明日、解決できるのだな?」
「ええ。失敗したり総理のお嬢様が喪われたりした場合は、私ひとりの責任にして結構です。そのかわり作戦においてはカリギュラおよび野花岩長くんの主導で行うことを認めていただきます。無論、彼らの要望には何でも従うという事で」
「……民間人に主導されるというのは、どうかと思うがね。形だけでも防衛機関に所属、主導もこちらという事には出来んかね」
「あと二日時間があれば、そういった交渉や調整も出来ますがね。ですが明後日以降は学内の要救助者の生存確率は加速度的に減っていきます。そういった話は後回しにして、とにかく明日カリギュラに出動願いましょう」
「よかろう、今回だけだ。作戦の裁可も貴官に一任しよう」
やった! これで『岩長君に無反動砲を撃たせる』なんて無茶も通るぞ。
「だが強襲部隊の随伴だけは必ずやりたまえ。アルザベール城のような置いてけぼりは御免だ」
「私もあの時には、一小隊だけでも付けて隊の面子を保つべきだったと反省してますよ。多くの日本人の命を奪った城を、ほぼ異世界の者達だけで陥落させてしまった。政府にも従事する隊員にも諸外国に対しても面目が丸潰れでしたね」
「貴官はそういった事にはひどく疎いようだからな。反省したのなら改善につとめたまえ」
「はっ、改善につとめさせていただきます」
でも面子なんかより、面白そうな研究対象に仕事やらせたいんだよなぁ。カリギュラの超人能力とか、もっと調べたいし。
「ともかく貴官の責任は重大だ。これ以上隊員の損耗は出さずにこの件を解決してもらいたい。海外情勢が最悪のタイミングで、この事件が起こってしまったのだからな」
「ロシアがウクライナへ侵攻した件ですか? たしかに世界的には事件ですが、日本にとって”最悪”はどうでしょう。ロシアが日本にまで攻めて来る可能性は低いですし」
「いや、それではない。それにタイミングを合わせたか知らんが、中国が尖閣諸島および台湾領海を侵犯してきている。漁船だが偽装した武装船の可能性が高い」
「なんですって? まさか中国も動くのですか」
「さらに北朝鮮船舶もこれまでにない数が浮かんでいるのが確認された。ミサイル発射施設の動きも慌ただしい。そして韓国はイランから一兆円分の石油代金を踏み倒そうとしている」
「最後のは関係ない気もしますが……しかし、なるほど。来ますか第三次」
「それを許すわけにはいかん。現在アメリカとの協議でこの動きを阻止する案を検討中だ。今は海自のみに第二種警戒態勢を発令しているが、陸自の備えも重要となる。そのためにもこの件は早期解決をのぞむ」
「はっ、お任せください」
しかしロシアはともかく、中国も北朝鮮もやけに強気だな。あの二国に、現在の国際ルールを破って他国の利権を奪う力などないだろうに。
それに中国では新型ウィルスによる発症が広まっており、とても他国へちょっかいをかける余裕などないはずだが?
どうもこの世界の流れ、上が想定するより厄介な流れになる気がするな。
諸菱高校のこの事件が片付いたなら、調べてみようか。




