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63話 真琴ちゃん怒りの一撃

 「くっ……こうも、ルルアーバにここまでやられるなんて! 竜崎さん、ゴメン……」


 あまりの出来事に、私は何も出来ず竜崎さんの落ちた首を茫然と見ていた。

 と、その時だ。その場に残っていたボディーガードのひとりがふいに出て、竜崎さんの首を拾って胴体に合わせた。なにしてんの、この人?


 「おい真琴、さっさと来い。竜崎に【超高位快癒(ハイライト・ヒール)】をかけてやれ」


 こ、この声は!?


 「ええっ、岩長さん!? どうしてここに?」


 そう。竜崎さんの首を持っているその人こそ、お兄ちゃんだったのだ!


 「そんなことを聞くのは後だ。今なら竜崎はまだ助かる。急げ!」


 そうだ、真琴ちゃんの職業(クラス)は白魔法士最高位の女教皇! 

 こんな状態でも蘇生できるかもしれない。


 「真琴ちゃん、お願い! 急いで竜崎さんに快癒(ヒール)を!」


 「は、はい!」


 真琴ちゃんはハッとしたように進み出て、竜崎さんに最高位の快癒(ヒール)をかけた。

 その後、竜崎さんは目覚め病院に搬送された。

 お兄ちゃんはというと、竜崎さんの回復を見届けると、ホテルの最上階へと行った。なんでも、ルルアーバの逃げる方向を調べるのだそうだ。

 私と真琴ちゃんも、お兄ちゃんを追って最上階の部屋へと上がった。



 「そうか、竜崎の状態は問題なしか。ま、奴が綺麗に首だけ落としてくれたおかげで助かったな。脳や重要な器官を切り裂かれていたら、さすがに蘇生は無理だったろう」


 ホテルの最上階のバルコニーで、何やら遠くを見ていたお兄ちゃん。

 まずは竜崎さんの様態を報告。どこか安堵したような表情に彼への友情を感じた。


 「で、どうしてお兄ちゃんがあそこに居たの? メガデスを送ってくれたのはいったい誰?」


 「ボディーガードにまぎれるなんて大変だったでしょう。何かあると思わなきゃ、そんなことはしないですよね?」


 お兄ちゃんは遠くを見るのをやめ、私達に向き直った。


 「スキル【未来視】だ。メガデスは、あらかじめあの時間あの場所に送られるよう術式を調整した。ルルアーバの野郎が竜崎を殺っちまう未来を視ちまったんでな。奴にはもうしばらく政府の連中をおさえてもらわにゃならんし、苦労して紛れたというわけだ」


 「未来視? お兄ちゃんには、さっきの事がわかっていたってこと?」


 「そうだ。知った以上、動かにゃならん。スキル【キャラ改変】で、どうにかバレずにもぐりこめた」


 「ち、ちょっと待ってください! 岩長さんにはルルアーバが愛魅果さんに化けていたり、竜崎さんが殺されるのを知っていたんですか? だったら、なぜ!」


 「本来はお前らが増税にまるめこまれてアホな事を引き受けやしないか、知るために使ったんだがな。まさかルルアーバの奴が愛魅果ってガキになっているとは思わなかった」


 『増税』って……せめて”メガネ”くらいはつけてあげて。

 あの首相、すっかり災害あつかい。『増税メガネ』はまだ人間扱いしてる分、優しかったんだな。


 「いや、だから! 愛魅果ちゃんがルルアーバだって知っていたなら、どうして教えてくれなかったか聞いてるの! あの場でルルアーバを倒せたし、竜崎さんだって首を落とされるのを防ぐことが出来たし!」


 お兄ちゃんはめんどくさそうに頭をボリボリ掻いた。   


 「それは出来ねぇんだよ。スキル【未来視】には大きな制約と代償があってな」


 「制約と代償? なにそれ。聞いたことないけど」


 「ちょっとヤバイから、あえて教えなかった。未来視で視た光景と違った未来になった場合、オレやまわりの者に大きな災いが降りかかるってのがそれだ」


 「ええっ!!」


 「そんなわけで、このスキルは戦闘や作戦には使えない。使えば制約がかかる分、行動が制限されちまう」


 そうか。未来がわかるなんて、とんだチート能力だと思ってたけど、便利なだけじゃないんだね。


 「ま、スキルの話はここまでだ。それよりルルアーバだ。ヤツには監視の使い魔をつけて行先を追った。行先はやはり諸菱高校だ。どうやらあの高校はルルアーバとメラってガキの根城にされちまっているようだな」


 「そ、そうだ、早く諸菱高校に行ってつかまっているみんなを助けないと! 愛魅果ちゃんもそこに居るみたいだし」


 「そうですね。岩長さん、何か作戦はありますか?」


 しかしお兄ちゃんはバツが悪そうに私達から目を伏せた。

 

 「咲夜、真琴。お前らはもうこの件に関わるな。今すぐ向こうの世界に帰れ。真琴もしばらくあっちに行っていろ」


 ―――!!? 


 「な、なにを言っているの!? 出来ないよ、高校の友達も先生もとらわれているのに!」


 「そうです! 私の友達も居るんですよ。どうして、そんな事を言うんですか!」


 「ついでに言えば、オヤジもそこに居る。用務員に扮した捜査員ってなオヤジのことだ。通っていたお前との縁で、学校長はオヤジの仕事を知っていたからな。捜査の話を通しやすかったんだろう」


 「!! お父さんまで?」


 いよいよ、このヤマは退けない。いったいお兄ちゃんは、どういうつもりだろう?

 

 「お兄ちゃん、『帰れ』なんて冗談言ってないで、すぐ諸菱高校へ行こう! 私達がルルアーバを倒してみんなを助けだす!」


 「あんなザマでか? ルルアーバの野郎に完全に遊ばれていたな」


 「……くっ! 今度はためらわない。アイツが誰の姿であれ、必ず斬ってみせる!」 


 「あの学校にいる大切なやつら全員を見殺しにしてもか? 『必ず』ってな、そういう事を言うんだぜ」


 「な、なに言っているの? そんなこと出来るわけないじゃない!」


 「それが出来なくばルルアーバの野郎は倒せん。お前らが踏み込めば、間違いなく学内の連中を人質にする。手出しの出来ないお前らはヤツの思うがまま。糞つまらん結果は見えている」


 「うぐっ」


 私と真琴ちゃんは黙り込む。

 そうだ、たしかに学校のみんなを人質にされたら何もできない。どうしよう?


 「狙い撃ちにされているんだよ、お前らは。ヤツがお前らの母校諸菱高校に立てこもったってことはな。お前らは魔法のないこの世界で唯一魔族を倒せる存在。だから手段を選ばす抹殺しにかかっている」


 「くううっ、そうだったのか……」


 「みんなを人質にされたら……どうしたら……」


 「ってワケだ。さ、今すぐゼナス王国に戻って、向こうの連中を安心させてこい」


 どうも、おかしい。私や真琴ちゃんはルルアーバと戦うのに欠かせない戦力のはずだ。それをあえて向こうの世界に送ろうとしている。それは、まさか……


 「で、お兄ちゃんは私達を向こうに送ってどうするつもり?」


 「あ?」


 「見捨てる気だね? 学校のみんなも、お父さんさえも!」


 「…………チッ」


 目をそらして舌打ちした! やっぱりそうだったんだ!

 おそらくは非情な作戦をとろうとしている。それを私達が知ったら当然邪魔をする。だから、私達を向こうに帰したいんだ!


 「この、このぉ! なんてこと考えるのよ。学校のみんなを見捨てるだなんて!」


 「()て、()てぇ! 足を蹴るな。いいか、これは遊びじゃねぇ。たとえ学内の生徒と教師、そしてオヤジを犠牲にしようと、ルルアーバのヤツは倒さにゃならんのだ。ヤツはザルバドネグザルのすべてを継承しヤバイ思想も受け継いだ存在。早めに倒さにゃ、この世界は滅びる。かつての向こうの世界のようにな」


 「それは分かる。だけどそのために、みんなを早々と切り捨てるのは、それは違う!」


 「岩長さん……本気で学校のみんなを見捨てるつもりなんですか。そんな事は許しません! 考えてください、みんなを助ける方法を」


 「ねぇんだよ真琴。ヤツのオリジナルのザルバドネグザルって野郎は、向こうの世界のとんでもない魔導師でな。しかも老獪で狡猾。人質を助けようなんざ考えたら、手の内で転がされてどうにもならん」


 「そんな泣き言なんて聞きません! 私にも覚悟があります。もし、みんなを見捨てるつもりなら……こうだ!」


 ゴキンッ


 ああッ、なんてことを!!

 お兄ちゃんと真琴ちゃんは同時に崩れて膝をつく。そしてふたりとも床に転がって痛みに苦しみ悶えた。


 「ウグッ!? アガガ……真琴、お前……正気か?」


 「これが……私の覚悟です。みんなを助けないなら……次は本気で潰しますよ。ぐううッ痛い」


 真琴ちゃんは自分の股間を思いっきり殴ったのだ。

 真琴ちゃんの股間にはお兄ちゃんの象さんの分身がついている。それはお兄ちゃんのと感覚を共有しているので、真琴ちゃんの象さんが痛みを感じれば、お兄ちゃんのも同じように痛みを感じる。


 「くううっ……わかった、学内の連中は助ける。【快癒(ヒール)】をかけてくれ」


 「本当……ですね。【快癒ヒール】」


 真琴ちゃんの快癒(ヒール)でふたりとも復活。

 おにいちゃんは面白くなさそうに頭を掻く。


 「まったく……女にオレのムスコを握られるなんざ、バカなことをしたもんだ。急所を質にとられちまった」


 「で、どうするの?」


 「まずは諸菱高校の監視と調査だな。どんな仕掛けをしているか、外でわかる限り調べる。お前らも早まって突入なんてするなよ」


 お兄ちゃんはようやく私達と共に戦ってくれる気になったみたいだ。

 よかった。真琴ちゃんの捨て身のおかげだね。

 学校のみんな、待っててね。必ず助けに行くから!


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