62話 ルルアーバと竜崎のサミット対決
「ルルアーバ! 世界の憂いをここで断つ。くらえええいっ、とりゃあああッ」
「ほほう、これがこの世界の貴族料理ですか。見た目も素晴らしく、味もじつに繊細な仕事です。素材をここまで新鮮な状態に保てるとは、この世界の技術には驚かせられることばかりです」
「ううりゃあああっ、ていっ、ていっ、どりゃりゃあああっ! 情け無用のこの一撃! もはや逃げることもできなああいっ!」
「ですが、やはり素材に魔素がまるでありませんね。食事に関しては、やはり故郷の味が恋しくなるのは仕方のないことなのでしょうか」
「とおおりゃああああっ! 祈る時間もあたえん! 悪の魔導師、シティプリンセスホテルにて死すううっ! たあありゃあああっ」―――
「ポンポン」と、いきり立つ私の肩を竜崎さんが叩いた。
「咲夜さん、とりあえず掛け声はやめてください。うるさくてたまりません」
「ぐっ、竜崎さん、そんなのん気な事を言っている場合じゃ! コイツこそ、すべての元凶なんですよ」
「でも、さっきから掛け声ばかりで動けてませんね。なんとなく分かりますよ。『女の子を斬る』というのは心理的抵抗が大きすぎて出来ないんでしょう。でも相手にも見切られていますよ」
「ううっ(泣)」
竜崎さんの言う通り、私は殺気満タンでメガデスを振り上げているのに、ルルアーバは愛魅果ちゃんの姿のまま優雅に目の前の料理を楽しんでいる。
元々こっちの世界で『人を斬る』という行為は、たとえバケモノ化した明戸であっても、かなり心理的抵抗が大きかった。であるのに、偽でも食事をしている愛魅果ちゃんを斬るなんて、とても剣士としての心が定まらない。
「ま、私としても彼をここで斬って終わりにするのは、あまりにもったいないと考えます。首相らの避難もすませた事だし、ここは私にまかせてもらいましょう。咲夜さんは万一にそなえて彼の後ろにまわって、そのまま剣を振り上げていてください」
竜崎さんはキレイにセットされた頭をグチャグチャとかきまわして乱す。
「なんでせっかくセットした頭をぐちゃぐちゃにするんです?」
「私、頭髪を整えると思考力が二十パーセント落ちるんです。相手は咲夜さんすら恐れる異世界の魔導師。ここは私も完全体でいかせてもらいましょう」
そして靴を脱ぎ靴下も脱いで裸足になり、胸元のネクタイをはずす。
「うっとおしいサラリーマンの恰好も捨てて思考力三十パーセントアップ。寝る時のジャージなら五十パーセントはいくのですが」
マジか? この人、よく防衛省なんて日本一堅苦しい職場で働けるな。
竜崎さんはルルアーバの前に座ると、目の前の料理手づかみでとってムシャムシャ食べる。自衛隊の偉い人なのに何でこんな野蛮人なの?
ともかく私もルルアーバの背後にまわって、いつでも斬れるようメガデスを振り上げる。時代劇の首切り役人みたいだ。
「こんにちは、ルルアーバさん。私はあなたが起こしている問題の担当管理官、竜崎と申します」
「拙者にはあなたに用はありませんがね。せっかくサクヤさんの反応を楽しんでいたというのに、台無しです」
な、なにっ!? 私のこのとまどいは、楽しまれていただけだったのか!?
「私には今あなたが何をしているのか何となく分かりますよ。咲夜さんがいつ斬るのか、はかっているのでしょう。ま、偽でもお嬢様相手には斬れない甘い人ではありますが、だからこそ私どもは信用できるのですがね」
「……ほう。少しあなたに興味がわきました。そうとうキレる人のようですが、アルザベール城が空だと気がついたのはあなたですか?」
「そうです。ま、それを言ったら即座に突入をかけた咲夜さんらには驚きましたがね」
「フッそうですか。あなたが……」
ルルアーバは興味深げに竜崎さんを見る。
大丈夫か? それをルルアーバに言ってしまって。
「今度は私が質問させてもらいます。聞きたい事は三つです。まずお嬢様がルルアーバさんだとすると、本物の愛魅果お嬢様はどうなされたのです?」
「この少女に懸想している方がおりましてね。縁あってそれに協力させていただきました。二つ目は居場所でしょうが、教えられませんね」
「居場所は聞かなくともわかります。諸菱高等学校、ですね?」
「フッ……」
ルルアーバはただ「ニヤリ」と嗤った。愛魅果ちゃんの顔で悪そうな表情はやめてほしい。
「さきほど、そこの生徒が誰一人帰宅してなくて騒ぎになっているという報告がありました。そこには停学中のはずの米良田、学生でない間桐が入ったという報告も。『懸想している方』とはそのどちらかでしょう」
「フフッなかなか良い情報網をお持ちだ。そしてやはり頭脳も素晴らしい。さて、二つ目の質問は?」
「降伏して愛魅果お嬢様を解放してもらえませんか? それを今していただけるなら、今後の交渉の道も開けるのですが」
バカな! ヤツが降伏したとしても、そんなの信用できるはずがない!
「さぁて。まずはメラと話してみない事には何とも言えませんね」
「電話を持ちましょう。彼に連絡をとってください」
「残念ですが、その通信機器の類いは彼の居場所につなぐことは出来ません。諸菱高校にはその電波を遮断する結界がかかってます。当然ためしてはみたのでしょう?」
「くっ……つまり、あなたを諸菱高校へ連れて中に入らねばならないというわけですか。かなりの危険をともなって」
「ですね。やりますか?」
またまたバカなことを。ヤツをこの場から動かせば、絶対の有利が崩れる。それに諸菱高校はすでに連中の巣窟になっているだろう。そんなところにルルアーバを連れていけるわけがない。
「…………時間稼ぎ、そして逃げ出すための策ですね。残念ですが、愛魅果お嬢様を返していただけないのであれば、これ以上の交渉は出来ません」
竜崎さんはチラリと私を見て席を立つ。『ここで斬れ』ということか。
愛魅果ちゃんの姿とはいえ、竜崎さんの交渉のおかげで『こいつはルルアーバだ』という認識が持てた。今ならやれる!
覚悟完了。手にしたメガデスを、その華奢な背中に一気に――
「その前に最後の三つ目の質問をしてみては? ヒントくらいは与えてさしあげられるかもしれませんよ」
されど、ルルアーバはお嬢様然としてグラスを傾けワインを飲む。その優雅な仕草に思わず手がとまる。
竜崎さんも思い直したのか、ふたたび席に座った。
「いいでしょう。三つ目の質問、それは――――ガッ!?」
「なっ!?」
ザワザワッ……ザワザワッ……
突然、竜崎さんの首がポロリと落ちた。
ルルアーバが口にしたワインをカッター状の刃物に変えて、竜崎さんにくらわせたのだ!
「フッ、あなたほどのキレる軍師は少し邪魔です。ここで退場してもらいましょう」
「ルルアーバ! 貴様ぁッ!!!」
すぐさま振り上げたメガデスをルルアーバに振り下ろす。
「覚悟が遅いですよ」
ルルアーバは優し気な愛魅果ちゃんの顔で私に微笑みかける。
その表情に思わず振り下ろす手が緩んだ。
――ドプッ
そしてルルアーバの体が座っている椅子ごと地面に沈み、そこに消えていった。
振り下ろしたメガデスはむなしく床を切り裂くのみ。
くっ、あらかじめ座っている真下の床に魔法でしかけをしていたのか!
なんてことだ。まんまと愛魅果ちゃんをさらわれ、竜崎さんを殺され、ルルアーバに逃げられた!




