60話 会食前日
竜崎視点
防衛研究所 異世界事件対策本部
竜崎は現在、彼の上司であり責任者である防衛事務次官への報告を終えた。
「竜崎管理官、まずは新宿奪還の成果をねぎらおう。よくやってくれた」
「はぁ、ありがとうございます。ですがその様子だと、ただ褒めていただけるだけではないようですね?」
「その通りだ。なぜ今だったのだ? 今回は一か月後の本格進攻に向けての強襲偵察ではなかったのか?」
「それについては報告書でご説明申し上げていますが。カリギュラは内部の戦力をはかるために侵入。されど抵抗はまったくなく、さらには無数の魔族の死骸を発見。一部魔族残党は逃げたと思われ、その警戒に注力を切り替えるべし」
「私が許可したのはあくまで偵察であって征圧ではない。編成しつつある部隊や予算の取り組みが、みな無駄になってしまった」
「戦時にはよくある事です。変わりゆく状況に臨機応変に対処していかないと。現場のカリギュラは協力関係であって命令する権限はこちらにありませんから、こういった事もあるでしょう」
「……いつまで向こうに主導権を握らせねばならんのだ?」
「我々が魔族に対抗する方法を確立するまでですよ。ご不満ですか? 新宿奪還するための予算は当初考えられていたコストの百八十分の一にまでおさえられましたよ。人的被害もナシ」
「日本の防衛機関であるわれわれを差し置いて、そのカリギュラに手柄を取られまくりではないか。このままではわれわれの存在意義が疑問視されかねん」
「早くも贅沢な悩みですか。あの城が出現してきた時は、都民の疎開やら特殊作戦群に変わる戦力問題やらで、日本の行く末さえ危ぶまれていましたでしょう。コストが大幅に削減された代償と思えば何ほどのこともありませんよ」
「ぐっ……前は前、今は今だ」
「ですが、今、手柄なんかにはやって魔族に手を出そうものなら、どんな被害が出るかわかりません。我々はまだ異世界のことを習いはじめたばかりなんですから。向こうからは魔族だけでなく良い先生も来てくれたのですから焦らず学んでいきましょう」
「竜崎、君は軍務につく者としてのプライドは薄いようだな」
「ええ。自分を語るなら、学ぶことが好きなだけでプライドなんてものにこだわりません。自衛官になったのも武器や兵器、戦略に興味のあった頃でしたのでね。今は異世界技術を学べる機会がいただけたことを感謝していますよ。亡くなった方には不謹慎ですが」
「もういい。ともかく明日の首相閣下とカリギュラの会食はとどこおりなくな」
「部下にまかせちゃダメですかね。モミジさんの方の解体作業に立ち会いたいんですが」
「ダメだ。ちゃんと君自身が立ち会って、滞りなく進めたまえ」
「はっ、了解しました」
◇◇◇◇
結局、首相様のお呼ばれには私と真琴ちゃんが出席することに決まった。
その前日、息抜きに変装して真琴ちゃんと出かけたのだが、そこで以外な人物に出会ってしまった。
「へへっ、真琴だよね。こーんな恰好しちゃって。それにこっちは野花センパイ」
それは一コ下の友達の唯ちゃん。変装しているにも関わらず、スゴイ眼力で見抜いて話しかけてきた。
「唯! よくまぁこんな男みたいな恰好なのにわたしって分かったよね」
「いや-『好みのカッコいいおに-さんがいる』ってよく見たら、真琴だもん。彼女さんの方もやけにガタイ良い人と思って見たら、野花センパイだし。ガッコいた時と本当体かわったね。あれからどれだけ鍛えたやら」
「別に鍛えてなんてないよ。猛獣と戦うお仕事してたら、こうなっただけ」
「いったい何がどうしたら女子高生が猛獣と戦うお仕事なんてするハメになっちゃったんです? 昔のセンパイを知っている身からすればナゼの連続ですよ」
「それはヒミツ。唯ちゃんも私たちの正体は友達に言わないでね」
「そりゃ私は言いませんけど。でもカンの良い人は気がついちゃっていますよ。ホラ、この配信とか」
「ゲッ」
唯ちゃんが見せてくれたスマホには、前に童貞集めで見たことのある役者志望の子の作った配信の番組があった。
『どもー、クルマチャンネルです。今日は、今年春にあったアヤしい童貞審査の話をします。その募集をかけたのが、なんと今話題のカリギュラのブラックと思われる女性で……』
あーたしかに、あのアヤしい募集。記憶に残っていたら、カリギュラと関連づけちゃうよね。
「しかし私が条件童貞で男の子を募集してたとか、まるで変態だ」
「わたしはその変態募集で選ばれたんですが。女なのに」
「あははっ、どうなっちゃうのかね、ふたりとも……あれっ、アイツ?」
ふと唯ちゃんが気がついたのは、金髪の不良っぽい男の子。そいつは私たちに近づいてきた。
「よう、また会ったな。野花さん。それに松崎に南沢」
「え? キミは……メラ?」
「米良田! アンタ、なにしてんのよ。停学って聞いたけど」
メラは唯ちゃんと同じクラスの子だったらしい。ウチの学校、ここまでの不良はいないと思っていたけどな。
「なぁに、謹慎もヒマになったんで、少し歩いていただけさ。すぐ帰る。そういや、アンタに助けてもらった礼は言ってなかったな。ありがとよ」
「助けた相手を騙そうとするのが君の流儀かな? あのメッセージには騙されかけたよ」
「あのピエロのメッセージは、頼まれたから伝えただけさ。それにどんな思惑がのっているかなんて知ったこっちゃない」
「本当かな? それはともかく、よく警察に拘留されてないもんだね。けっこうな数の人をバイクでひいたはずなのに」
「緊急避難が認められてな。保護観察ですんだ。バケモノに命狙われてた最中だったんでな」
そういう名目で泳がされているんだけどね。ざっと彼の後ろを見てみれば、尾行らしき人物が居たりする。
「それじゃ俺は帰るとするぜ。松崎、またガッコでな」
「さすがに今度こそ退学じゃない? クビの宣告が出るってウワサよ」
「はん、クビになる前には世話になったガッコに挨拶するさ。ああ、それとあのピエロだけどな」
「なにかな? 居場所でも教えてくれる?」
「奴は『いつも俺の近くに居る』って言っていたぜ。もっとも俺には見えねぇけどな」
「なにっ!?」
思わず気配察知スキルでメラの周囲を探った。が、もちろんルルアーバが隠れているはずもない。
「……いる訳ない、か。まぁいいさ。いずれアイツは見つけだす」
「がんばれよ。じゃあな」
メラは軽く手をふって去っていった。
と、真琴ちゃんが驚いたように言った。
「あれ? サクヤさん、ポッケに花が。いつそんなものを?」
「え? そんなもの入ってるはずが……ええ! いつの間にこんなものが?」
ジーンズのポッケには何時の間にか小さな花束が。それを出してみるとメッセージカードがついていて、こんな文章が書かれていた。
『サクヤどの。近く会いにまいります』
思わずあたりを見回してヤツを探した。
バカな……まさか本当にメラの近くにいたのか? だけど何の気配もしなかった。
ルルアーバ。やはりおそろしいヤツだ。




