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59話 勇者の力

 ともかくアルザベール城の魔族退治は一段落ついたかな。 

 魔族はアイテム化して街中に潜んでしまったとはいえ、肉体と魔力の大半を切りはなしてしまったせいでひどく弱体化していて、聖別されたナイフなら簡単に倒せる。


 これなら魔族を倒せる武器さえ置いておけば、日本が脅かされるような事態にはならないよね。

 私はルルアーバを追ってもう少しこっちに居るつもりだけど、モミジとラムスは帰還させてもいい頃合いだ。


 そんなわけでアリサソフト新宿営業所の一室で、ラムス、モミジとともにモニターのミスターxにアルザベール城の報告だ。


 『諸君。アルザベール城強襲偵察からの新宿奪還、ご苦労だった』


 モニターのミスターXは妙に偉そうに言ったな。


 「中の魔族には全員逃げられたんやけど、これでもクエスト達成でええんか?」


 「『クエスト達成した』と言え。さすがに街中にひそんでいるアイテム魔族をすべて探し出すのは何年かかるかわからん」


 まぁ、さすがにお兄ちゃんもここで二人を帰すだろうね。アイテム化した魔族は厄介だけど、日本滅亡につながるほどの脅威でもないし。お兄ちゃんだけでも対処可能だしね。


 『ダメだ』


 ――え?


 『まんまと倒すべき敵には逃げられているではないか。さすがにこれでクエスト達成を認めるわけにはいかん』


 「では、どうするのだ! まさか街中にひそむ魔族をすべて殲滅せよと言うつもりか?」


 『クエストの内容を変更する。標的はすべてを引き起こした魔人ルルアーバただ一人。奴を倒してクエスト達成を認めよう』


 魔人ただ一体なら、まだ現実的なライン。その捜索もミスターXが請け負うというので、とりあえず二人は納得した。


 「ま、しゃーないわな。捜索を向こうでやってくれんなら、ラムスはんはヒマやな。アルザベール城の魔族死骸処理、手伝ってくれや」


 「ええい、いまいましいミスターXめ。あんな意地が悪くて性格の歪んだヤツ見たことがない!」


 ラムス、君は鏡を見たことないのかな?

 それはともかく、お兄ちゃんはどういうつもりだろう? 二人が去ったあと、お兄ちゃんに直接問いただすべくお兄ちゃんの部屋へと行った。


 「お兄ちゃん、どういう事? どうして二人を帰してあげないの?」


 「……あのルルアーバという魔人。これだけの事を引き起こしたのみならず、オレの裏をかき魔族どもを厄介な形で街中にひそませた。さらにはお前を完全な形で詰ませ敗北させたこともある。これだけの奴、オレやお前だけでは勝てないかもしれん」


 「だからモミジの力がいるって? たしかに錬金鑑定眼や彼女の知識はあった方がいいけど」


 「いや、モミジよりむしろラムスを残したかった。ルルアーバ討伐には奴の力が必要かもしれん」


 「はい? ラムス? たしかに最近いい撮影技術とか身につけたけど、とくに必要な力なんてないよ?」


 「メガデスはじめラムスが手にするはずの力はほとんどお前に渡ってしまったがな。それでも時代に選ばれた勇者の力は失っていない。オレ自身ラムスだった頃は持っていたが、創造神になったときに失われた」


 「ラムスの勇者の力? いったいそれって何なの? 見たことないけど」


 「その力は神の目をもってでなければ知ることが出来んからな。【運命の天秤をかたむかせる力】とでも言おうか」


 それは歴史の中で、小さな反乱が時の政権を打倒するきっかけとなったり。

 または無謀な突撃に多くの人間が共感して巨大な集団となったり。

 ほんの気まぐれでした事が、後々大きな歴史的意義を持つ出来事に変化したり。


 「その者がただそこに居ただけで、運命が大きく有利な展開へと変化する。そういった力が……いや、存在だと言った方がいいか。それが勇者の力だ」


 「あっ! そう言えばアルザベール城が転移するとき、ラムスのせいで城から逃げることが出来なかった。まさか、あれも?」


 「だろうな。とにかく奴はどんな災害を引き起こすかわからん。万一に備え、それまで二人はこちらに居てもらう」


 「わかったよ。それじゃついでに聞くけど、首相様にご招待を受けた件はどうしよう?」


 これを言ったとたん、露骨にお兄ちゃんの顔は嫌そうなものに変わった。


 「行かんでいいわ! あんな無能の増税メガネのミエミエの懐柔策に乗ってやることはない! 無能のやる事につき合ったら、尻ぬぐいをさせられるではないか」


 「ええ? たしかに増税はキツイけど、アルザベール城の転移とか新宿の壊滅とかあって、それにお金がかかっているじゃない。無能は言い過ぎだと思うけど」


 「フン、あのメガネは事件の前からやたら増税していたから、その理論は成り立たんぞ。ヤツは無能ゆえ増税する。よかろう、なぜ無能が増税するのか丁寧に解説してやろう。こうだ!」


 ・無能だからビッグな金のかかったビッグな政策プロジェクトをやりたがる⇒


 ・増税だ!⇒


 ・無能ゆえに失敗する⇒


 ・無能だから失敗の原因は『かける金が足りなかったせいだ』と狂った分析をする⇒


 ・さらに金をかけて今度こそ成功させるぞ、増税だ!⇒


 ・最初にもどる。以後、無限ループ。


 「ひ、ひどい。まるでギャンブル中毒者」


 「大量にカネがなければ政治が出来ないような奴は無能だ。いや、どれだけカネがあろうと奴には何の成果も出せん。おことわりのメールでも出しておけ」


 うーん。そうは言ってもルルアーバを倒すのに、これからも自衛隊や警察の協力は欲しいし。

 それに愛魅果ちゃんが来るなら、私だけでも行っていいかな? あの子ともう一度会ってみたいし。



 ◇◇◇◇


 ルルアーバ視点


 米良田家自宅 メラの私室


 メラの小型テレビという魔導具から、アルザベール城奪還の喧伝がひっきりなしに続いている。


 「やれやれ。こうも早くアルザベール城が空だと気取られたうえ、電撃的に踏み込まれるとは。メラ、サクヤ殿に悟られましたかな」


 金髪に染めた協力者メラは苦々しくテレビを消した。


 「あの姉ちゃんは完璧に騙されていたぜ。気づいた奴は別の野郎だ」


 「フム、デキる軍師がいるということですか。そいつが何者なのか探らねばなりませんな」


 メラに背を向ける。


 「行くのか。外には警察が張り付いているぜ。俺がクサいこともお見通しのようだ」


 「なに、魔法を知らぬこの世界の巡邏などに拙者を見つけることは出来ません。それに君の同志の願い……アミカという少女の件も拙者が手をかさねばならないでしょう。聞けば彼女は宰相の孫娘。仮面の力で動けば大事になります」


 「ああ、大見河愛魅果か。まったくマットの野郎も厄介な女にホレたもんだぜ。この願いのために、さらに二十年もの寿命を差し出すなんてな。早死にしてまであの女が欲しいのかね」


 「恋とは理屈が通らぬものゆえ。それだけの覚悟があるのなら、拙者も手をかすのはやぶさかではありませぬな」


 「まぁ、それはいいがよ。俺たちはどうなるんだ? 今は尾行だけだが、城が堕ちた以上俺たちを全力でたたきに来るぜ」


 「それの対策に出るのでありますよ。もう少し時間は欲しくはありましたが、こうなっては仕方がない。サクヤ殿はじめその仲間たちと本格的に遊ぶといたしましょう」


 それだけメラに言い残すと、フワリ壁をすり抜け夜の闇の中に躍り出た。


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― 新着の感想 ―
[一言] >【運命の天秤をかたむかせる力】 >その者がただそこに居ただけで、運命が大きく有利な展開へと変化する。  創作において、都合がいい存在ですね。それがサクヤだけでなくラムスも今作に存在する理由…
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