17話 帝国の魔物使い
さて、馬車で長い道のりを経てたどり着いた開拓部。
さっそく開拓民のみなさんの集落へ行き、そこの団長さんから虎ゴーンの話を聞いている最中だ。
――グオオオオオオンッ ウオオオオオン
はるか荒野の向こうから、その問題の虎ゴーンの唸り声が聞こえた。
「ふん、獲物の分際でオレ達の歓迎をしてくれるとは、殊勝な奴らだ」
「ううっ。羊人なわたしには、すごく苦手な声。サクヤ様ぁ、まだ早いけど、ベッドでいっしょに寝てくださぁい」
ノエル。そんな誘うような目、どこで覚えたのよ。
「いや、アレを退治しに来たんだからね。私達のクエストはああいう危険なモンスターを倒すことなんだから、しっかりしなさい」
すぐさま私達は唸り声のする場所へと向かった。
万一、不覚をとって馬をやられたら帰れないから、馬車は使えない。
果てしなく続く岩だらけの荒野を、獲物を求めて歩いていく。
「ええい、相変わらず岩ばかりで面白くもない場所だ! いったいこんな所で虎ゴーンは何を食っているのだ」
そう、この石だらけ岩だらけの開拓部は、食料となる樹木や小動物が極端に少ない。
ましてや虎を二回りほども大きくしたような虎ゴーンが食うような大型草食獣など、居るはずもない。
言うまでもなく、帝国が背後にいる。
「それにしても話を聞く限り、ここの虎ゴーンは、森に出るのとはちょっと違うようだな」
「出現した五匹が息の合った連携をして自衛団の人を襲ったっていうしね。となると、一頭ずつ各個撃破した方がいいね。間違っても、五頭まとめて相手しないようにしないと」
「仲良しな虎ゴーンかぁ。こわいなぁ」
「ノエル、あんまりくっつかないで。歩きにくいよ」
しかし、その虎ゴーンは、たぶん戦闘訓練をうけている。
近くに帝国の魔物使いがいて操っているんだろうから、こちらの理想通りには絶対いかないだろうね。
ピタリ
ふいに、私は気配を感じて立ち止まった。
「どうしました、サクヤ様?」
「感じたのか、サクヤ。虎ゴーンが近くにいるのか?」
さすが何度もいっしょにクエストをこなしてきたラムス。
私の【気配察知スキル】が発動したことを察した。
「……これは? ラムス、ノエル、進むのはやめて! どこか身を隠せる場所を探すの!」
「え、ええ? こんな何もない所、身を隠せる場所なんてありませんよ!」
ああ……改めて見回すと、殺風景な荒野が果てしなく続いている。
「運の悪い……いや、向こうにしてみれば、予定通りかな? 地形までも計算にいれてたってことか」
私は歯噛みをして、まだ姿現さぬ前方を見た。
「どうしたのだサクヤ。いったい何の気配を察知したというのだ?」
「虎ゴーンが五頭まとめてこっちに来てるんだよ。それにフレスベルクが三羽、前と左右から来る。あと人間が一人、おそらく帝国の魔物使いだね。罠だったみたいだ」
「な、なにっ!? いったん引き返すぞ!」
「ダメだよ。逃げる私達を追いかけることも計算して、この場所を選んだんだ。こんな何もない場所で、虎ゴーンやフレスベルクから逃れる術はないよ」
追いかけっこになれば人間の足対動物の足、勝てるはずがない。
しかも、向こうには鳥までいる。
「くそうっ。サクヤ、本当にどうしようもないのか!?」
「逃げるのは無理。でも、戦うなら勝ち目はある……かな?」
襲ってくる帝国の魔物使いには、計算外が一つだけある。
白魔法師ノエルのことだ。
これをフルに活用するしか、この危機を脱する方法はない。
「ちょっと前の所に砂地になっている場所があったよね。そこまで戻ろう。迎え撃つのはそこだ」
◇ ◇ ◇
場所を移動して待つこと数分。
フレスベルク三羽が三方から飛んできて、私達の頭上をグルグル旋回している。
やがて前方からは、五頭の虎ゴーンが仲良く並んでやって来た。
そして先頭のに虎には、ヘンな帽子にヘンな口髭、片手にムチを持ったオジサンが「イヒヒ」と笑いながら乗っていた。
ああ、いたなぁ。
ラムクエの雑魚に、こんなインチキおじさんみたいな奴。
「うむ? お前たちが【栄光の剣王】とかいうパーティーですか? まさかとは思いますが」
「そぉうだ! そして、このオレ様がぁ…オレ様こそがぁ……その名も高き医大なるリーダー、英雄ラァムス様だあああ!!!」
自己紹介では一番に切り込みをかって出る頼れるリーダー【ラムス】。
偉そうな態度では、他の追随を許さない。
「で、では、その大剣を背負った小娘が”剣豪サクヤ”? そうなのですか?」
「剣豪はやめてほしいけど、私がサクヤ。間違いないよ」
「ええい、この【魔物使いムツゴローム】の手掛けた、可愛い魔物たちを幾多も葬り去ったことから、どれほどの者かと思いきや! 本当にただの小娘ではないですか‼」
「はぁ、ただの小娘です」
「う、うう~~」
え? インチキおじさんが、いきなり「ポロポロ」泣き出した?
「あなたは何とも思わないのですか……罪のない可愛い獣たちをこんなに虐殺して! みんな、こんな小さい頃から、私が育てて大きくしたのですよ。もうあの子たちの、元気に走り回る姿や飛び回る姿は二度と見れない……うおおおんっわおおおんっ(号泣)」
「はい? 虎ゴーンやフレスベルクのことでしょ? 人を襲って食べてたじゃん。罪有りまくりだよ」
「黙らっしゃい! 育ち盛りの可愛い子たちのために、こんなド田舎の村人くらいエサにしたからって、どうだというのです! 可愛い子供達のために、その肉を捧げるくらい何でもないでしょう!」
「だったら自分の肉でも捧げなさいよ。まったく、こんな他国にまでエサを求めに来て、迷惑なことだね」
「ええい、オレ様を無視してサクヤとばかり話をするな! サクヤが主役みたいではないか!」
アイツの狙いは、アイツの育てたらしいモンスターを狩りまくった私でしょ?
主役、私じゃん。
「サクヤ様ぁ。なんか虎ゴーンが、わたしをすごく見ている気がします。美味しそうなお肉を見るみたいに」
「間違いないよ。なんかヨダレ垂らして寄ってきてるもん」
「いやああんっ」
ピシリッ
魔物使いは、フラフラこっちへ来そうになった虎ゴーンをムチで叩いた。
「ええい、合図するまでエサには手を出すなと言ってあるでしょう! まったく行儀のなってない! お前たちの最初のエサは、あの剣豪サクヤ! あれを殺す前に他のエサに手を出したら、おしおきですよ!」
ハハ、私達はすでにエサ認定か。
けど失言だったね。
つまり私を殺すまでは、他の二人には手を出せないってことだ。
「じゃ、そろそろ始めようか。可愛い子供達の仇、とってごらんよ」
私は二歩進んで契約剣メガデスを背中から抜く。
「ふむ、この数の子供達を見ても怯まず向かってくるその豪胆さ。そこだけは、さすが剣豪と言っておきましょう。お前たち、陸上班はフォーメーション3-2。訓練通りタイミング揃えて。空上班は空で警戒。指示あるまで待機してなさい」
虎ゴーンは前3後ろ2のWの形で私に狙いをつけゆっくり這いよる。
前3が合図で三方から同時攻撃。
それをどうにかいなしても、後ろ2が間髪入れずに攻撃って所かな。
手ごわいね。
フレスベルクは空中を私達のまわりを旋回して飛んでいる。
本当に言う通りにモンスターが動いているよ。
これが【魔物使い】か。大したものだね。
ほぼ七、八メートルほどの距離まで虎ゴーンが近づく。
ムチが「ピシリ」鳴った。
「行きなさいっ!」
「ノエル! やりなさい‼」
私と魔物使いの声は、ほぼ同時に交差した。




