58話 空城のアルザベール
「グレーターデーモンが……全滅? なのに、カオスアイはこの城を守っていたの?」
二階の大広間にて見たもの。それは何体もの魔族の死骸だった。
魔族の中でも上位種に位置するおそるべき魔界の騎士たちが広間一面に倒れ伏していたのだ。それから発する瘴気で、あたり一面が薄暗くなっている。
カオスアイはこの瘴気を吸って活動していたんだね。
「うむむ、こんなにも早く全滅するほど弱っていたのか? 魔界の騎士もこうなっては、かたなしだな」
「いや、死骸ちゃうわ。見てみぃ顔の部分を」
その一体を検分しているモミジが言った。言葉通りに見てみると、顔の部分だけが抉られて体内臓器がむき出しになっていた。グロッ。
「うぇっ、気持ち悪い。見たくありません」
真琴ちゃんにはこの程度のグロさもダメか。冒険者稼業をやっていると、解体とかでグロさには慣れるんだけどね。
「顔がなくなっているね。……そうか、この部分があのマスクか」
「そや。自ら肉体を切り捨て、顔だけの存在になったんや。肉体と魔力の大半を捨てたコイツらはアイテムとなってまんまと城から逃げ出しとる」
しかしイチバチの強襲突破を選択せず、肉体も魔力も捨てる事を選択するなんて。こんな策士めいた事を、この魔族どもが考えたとは思えない。
メッセージで城に注意を向けさせ続けようとした事といい、すべての絵図を描いたのはやはりあの道化。ルルアーバめ!
「ま、それはともかく上級魔族の肉体なんてスゴイお宝や。コイツらを解体して素材にしたら、凄いアイテムが作れるで」
「それは城の安全がとれるまでお預けだよ。こうなると一番に確認しなきゃなんない事があるし」
こいつらの親玉であり魔界最上位の魔物。それはどうなったのか。
「ああ、そうだな。最上階の皇帝謁見の間。そこに居るはずの魔界貴族だな。ヨシッ、謁見の間に行くぞ! じつに撮りばえのしそうな絵が来そうな予感だ」
本当にどこまでヴイ・チューバー監督してんだか。
そうして一直線に来た皇帝謁見の【樹冠榮譽の間】の前。この壮麗なる扉の中はどうなっているのやら。
「さて、中はどうなっているのか。ラムス、いつでもいい。扉を開けてくれ」
私と真琴ちゃんは中から何がしかの襲撃があった場合に備えエモノをかまえて待機。ゆえに扉を開ける役割はラムスに頼まねばならない。
「うーむ、オレさまがこれをやるとカメラを使えんではないか。しかたない。モミジ、この視聴者数稼げそうな瞬間を撮る役目は譲ってやる。やや仰角ぎみにアオって映すのだぞ」
「ほんに注文うるさくなったなぁ。とにかくやったるき、さっさと開けいや」
「いくぞ……そいやっ!」
ラムスが一気に扉を押しこみ「ギギィ……」ときしみながら扉が開かれる。すると、そこから……
「うおっ!?」
中から真っ黒な濃厚な瘴気があふれてくる。これは致死レベル!
「ヤバイ! ラムス、はなれて。真琴ちゃん、浄化だ! 最大威力!」
「はいいいっ、浄化! フルパワー!!」
杖を大きく掲げて真っ黒な瘴気を全力で浄化。
私も瘴気がこっちに流れてこないよう、メガデスで気流を作って拡散させた。そして……
「ふいいっ、真琴はんがいなかったらヤバかったわ。ここら一帯が長く瘴気汚染するくらいのシロモノやったで」
「くそっ、ルルアーバめ。とんでもない置き土産を残していったな」
「でも、これだけの瘴気があっても、魔物の気配がしない。やはり魔界貴族は……」
中に入って見たものは、やはり巨大な魔界貴族の骸。
上半身の巨大な三つの頭は力なく躰にめり込み、体の蜘蛛の肉体は崩れかかって潰れている。
「……かつて感じた巨大な圧のようなものを感じない。死んでるの?」
「いや、下のグレーターデーモンと同じや。骸やのうて”抜け殻”と言った方が正しいわな。おそらくアイテム化したのは、頭の王冠部分やな」
たしかに、かつてあった中央の頭の王冠が無くなっていた。
「魔界貴族までも闇のアイテムになって人間社会にもぐりこんでいるのか。そんなものが使われたら、どんな事態になるのやら」
「ま、それを心配してもしゃーない。今はこの極上のお宝を解体して、本物のお宝にしようやないか」
「お宝? 巨大な生ゴミにしか見えないけど。瘴気とか発するし核廃棄物みたいなものじゃない?」
「カクなんとかは知らんけどな。こういった魔力の塊みたいな魔物の解体は反転術式をかけるんや。するとこの世界を腐らせ呪うシロモノは、逆転して世を祝福し癒す聖遺物に変わるというわけや」
「それはスゴイ。たしかにそんなことが出来るなら、これはお宝だね」
「それが錬金術師の本来のお仕事のひとつや。他には聖職者関係とかのお仕事でもあるな。やからマコトはん、手伝ってくれな」
「え、ええ。でも死骸かぁ。カラスとか猫のとかでも苦手なのに」
チャチャーン チャララ
と、私のスマホから電話コールが来た。
「む? なんだこの音は」
「スマホの電話コールだよ。はい、もしもし。……ああ竜崎さん、どうしました。今日は上の方への説明で忙しいんじゃなかったんですか」
『ええ。政府関係者の方と放送を見ていますよ。無事、新宿は奪還できたようですね』
「はい。ですが瘴気汚染がひどく、現在モミジが除染をしています。ゾンビになるおそれがあるので、入るのはもうしばらく待っていてください」
『瘴気の出るところも見ましたよ。その除染までしていただけるとは本当にありがとうございます。こちらは新宿解放のニュースで国中がお祭り騒ぎですよ。転移しないで、そのまま歩いて帰ってごらんなさい。ファンがもみくちゃにしてくれますよ』
「お祭り騒ぎって……ただこの城がもぬけの空だってことを確かめただけですよ。ヤバイ奴らはすでに街の中に潜んでしまいましたし」
『ですが多くの国民と自衛隊隊員に犠牲を出し、首都の一角を占拠して圧迫し続けたアルザベール城が陥落した意義は大きいです。つきましては首相が感謝の意として、みなさんを晩餐に招待したいとおっしゃっています』
「ええっ!? 首相って、あの岸部総理ですか! 増税メガネと言われてるあの?」
『……それ、本人の前で言わないでください。その異名で支持率下がっているの気にしてるんですから』
現在の首相はやたら増税するので国民から人気がないそうだ。私が異世界に行っている間だけでも三回も税金を上げ、実質普通家庭の収入の五割が取られているそうだ。お兄ちゃんにいたっては七割だ。
「うーんカリギュラとしては、あまり政治家に会ったりするのは」
名誉かもしれないけど『歴代やめてほしい首相ナンバーワン』のその人に招待されても微妙なんだよね。支持率アップのネタにされそうだし。
『咲夜さんには是非にと言われています。首相のお孫さんを救っていただいたお礼もしたいと』
「はい? 私、首相のお孫さんなんて救いましたっけ?」
『明戸とやり合った時に救った女の子ですよ。大見河愛魅果さん。彼女が首相のお孫さんです』
ええーーっ! あの子が首相のお孫さん!? たしかに、どっかのお嬢様って感じの子だったけど。
しかしこのご招待、どうしたらいいんだろうね?




