56話 攻城前日
時は天正12年(1584年)関ケ原の前に起こったもう一つの天下分け目の決戦。豊臣秀吉対徳川家康・織田信雄の小牧長久手の戦い。
その最大の激戦である三河入りの戦いにおいて、秀吉配下の池田恒興と森長可は家康の本拠地・三河の奇襲を狙った。が、家康はそれを察知。先回りして逆に両武将を討ち取った。
だけど秀吉は本陣を離れた家康を討たんと、自ら三万の軍を率いて出発。そこで家康が籠った城こそが『小幡城』だ。
小幡城は長く一線から外れていた城であり、整備もされずあまり防御の高くない城。夕方に着陣した秀吉はそこを包囲し、翌朝には徹底的に攻めて家康を討ち取らんと手ぐすねを引いて夜を越した。
だが翌朝になって攻めてみると、秀吉は信じられないものを見た。
小幡城には家康はもちろん配下の軍団さえも消え失せており、もぬけの空になっていたのだ。
この奇跡の軍団消失トリックは今も解明されていないという。
「……つまりアルザベール城は、すでにもぬけの空?」
「そうだ。竜崎は道化のメッセージから『奴は”まだ魔族は城に居る”と思わせようとしている』と考えたのだ。見事引っかかったお前と違ってな」
「ううっ」
そりゃあ『小牧長久手の戦い』くらいは知っていたけど、家康の軍団消失ミステリーなんてのはしらなかった。それをマイナーなお城の名前だけで察知するだなんて、お兄ちゃんの歴史マニアぶりはスゴイ。
そういや前に荀彧さんの『二虎競食の計』とかもやらされたっけ。
真琴ちゃんを呼び、モミジとラムスに武装や撮影機材のチェックをさせ、神の如き直観の冴えを見せた竜崎さんにも連絡をとって明日の攻城の予定を伝える。
『岩長くんが私の考えを読んでいただけたのは嬉しいですが……翌朝いきなり城に攻め入るってのはどういう事です!? 私はその視点に立ってアルザベール城を調査してほしいと考えていたのですが?』
リモート通信で見た竜崎さんの顔はヤバイくらい驚きあきれている。
うん、ごめんね。行動力ありすぎで暴君な兄で。
「調査してやる。城に入れば魔族が居るか否かはっきりするだろう。シュレディンガーの猫が生きているか死んでいるかを知るには、箱を開けるのが一番てっとり早い」
『ですが! いくら何でも翌朝に決行とは。咲夜さん達が危険ですよ』
「中に入り危険と見たならすぐ撤退するよう言ってある。貴様も空の城を一ヶ月も監視してリソースを集中する危険性は承知だろう。魔族の拠点がすでに移っているのなら、その分だけ街に魔族が浸透してしまう。危険であろうと一当てして調べねばならんのだ」
お兄ちゃんの行動はムチャクチャだが、やる事は理にかなっている。
やるメリットやらないデメリットを考えれば、頭の良い竜崎さんの答えは決まっていた。
『……わかりました。上には”本番前の強襲偵察を決行する”と報告しておきます。偵察で意外な事実が判明した結果なら何も問題はないでしょう』
「フフン宮使えはつらいな。で、カオスアイ対策のドローンは飛ばしてくれるのか?」
『これから実働部隊を動かして現場に配備します。まったく長舩さんも野花さんも外れている時に大変だ。私自身も上のとりなしで動けませんし。現場には不慣れな者が指揮に出ると思いますので、よろしくお願いします』
「ほほう、オヤジは別件に出ているのか。察するにメラとかいうクソガキの調査だな?」
え?
『……答えられない質問をしないでください。任務中の捜査員の動向は誰にも教えられないんですから』
なぜにあの子の調査を、異世界研究室のお父さんがしなければならないのだろう?
「ちょっとお兄ちゃん! どうしてお父さんがあの子のことを調べてるの?」
「なんだ、咲夜はわからんのか。奴はルルアーバにメッセージを頼まれるほどの関係なのだぞ。仮面をもらったのも、一か月前という暗躍をはじめたであろう時期。それにルルアーバも不慣れな土地で活動するための案内役が必要なはずだ」
「な、なるほど! あやしい!」
『まったく。岩長くんも真面目に勉学にはげんで、お父さんの後を継いで警察庁に入ればよかったのに。才能は十分にありますよ』
「おまえには、オレに警察官僚がつとまると思えるのか?」
『……思いません。才能だけでは警察官は無理ですか。まぁ組織にいないからこその身軽さのメリットがありますしね。では、明日はよろしく』
なんだか二人は仲良しになっちゃってるなぁ。
ともかく、いきなりの翌朝出撃になって、準備にてんやわんやになっているみんなが心配だ。そっちへ行こう。
というわけで、お兄ちゃんの転移で送ってもらった新宿の雑居ビルアリサソフト営業分室。
そこにはモミジ、ラムス、真琴ちゃんが明日の準備にがんばっていた。
「やっ、サクヤはん。どういうこっちゃ。いきなり翌朝に出撃やなんて」
「今回の事件が元で、アルザベール城にはすでに魔族が居ない可能性が出てきたんだよ。それを調べに出るというわけ」
「ははぁ。たしかに調べた死体には、魔族の痕跡が色濃くあったわ。でも、ええんか? いくらか城に残っているかもしれんで」
「オレさまは賛成だ。こうも弱体化した魔族相手に、安全策を取り続けてもしかたなかろう。さっさとカタをつけてしまえ」
「私、なんでこんな魔法戦士になっちゃったんだろう。ちょっと危ないお仕事をやるつもりだったのに、日本未曾有宇の被害を出した相手にガチの死闘を挑むレベルの危険なお仕事になっただなんて」
「まぁ、やると決まったんならしゃーないけどな。ホンマ、明日とかカンベンしてほしかったわ。今日はやたら質問責めでシンドイ目にあったんに」
「そういや、モミジは帰るまでずっと遺体安置室に行ってたよね。ずいぶん時間かかっていたけど、何やってたの?」
「だから質問責め受けてたんや。あんのリューザキって兄ちゃん、死体検分以外のことも、やたら聞いてきてな。まったく奴ら信用してサクヤはんから離れるんやなかったわ」
おのれ、竜崎さんめ! やけに時間がかかったと思ったら、モミジを私から引き離していろいろ聞き出していたのか! あの人は頭がいいし油断のならない奴だ。
「ま、前々からミスターXはんが準備はしといてくれてたから、ウチがやる事はほとんどない。もう寝かせてもらうで」
と、眠そうにモミジは寝室に行こうとする。
「むっ。モミジが寝てしまうのなら、サクヤに聞くか。サクヤよ。ミスターXから新しくもらった撮影用のコレは本当に撮れるのか? こんな小さな板みたいので」
「ああ、それはスマホといって動画もちゃんと撮れるんだよ。ほら、こうやって撮影したものもすぐに見れるし」
「うおおおっ本当だ! よし、これならオレさまも身軽に動けるし、明日は感動のアルザベール城攻略の感動シーンを存分に撮ってやろう!」
「本当や! こんなちっこいカラクリやのに、なんて機能! ぜひ帰る前にこの技術知りたいわ」
さっきまで眠そうに寝室へ行こうとしたモミジが、面白そうな機械を見て戻ってきてしまった。
「うーん、これでどんくらい鮮明な絵を撮れるか試したいわなぁ。よしっ、マコトはん。ヌードになってくれ! 肌の色具合で鮮明さ調べるわ」
「わははっ、面白い。マコト、脱げ!」
「ええっ! イヤですよ、ハダカを映像に残すなんて。下にはあっちゃイケナイものまで付いてるし」
事態が急変して大変なことになっても、相変わらずのみんなだ。本当にこんなに予定が変わっちゃって、これからどうなるやら。




