54話 仮面の正体
目をまわして意識が無くなったのは、ほんの数分だと思う。
スキル【超回復】があるので、精神やら体力が限界になっても瞬時に回復できるのだ。
最初に感じたのは、頭の下がやけに柔らかかったこと。そして瞼を開け、最初に見たのはノーブルな顔の女の子。ああ、ひざ枕されていたんだ。
「……ロミアちゃん?}
「いいえ。私は大見河 愛魅果と申します。あれだけ死力を尽くして戦ってくださった方を野に寝かせたままというのはあまりに無体と思い、こうして膝を貸させていただきました」
「そっか……雰囲気がちょっとその子に似ていたから、間違っちゃったよ」
そろそろ向こうが恋しくなってきた。いったい何時になったら戻れるのやら。
本当に一月後にケリをつけられるのかも、あやしくなってきたし。
「お強いんですね。いえ、人と思えないような技も使っていたような。もしかしてギュラブラックさんですか?」
「……うん」
ま、もう自衛隊とかの政府機関にはバレているから、正体隠すのも意味なくなっちゃったけど。
「やはりそうですか。ウチの学校にも、あなたともう一人のギュラホワイトさんのファンはたくさんいるんですよ。みんなにやっかまれますね」
ノーブルな顔で「フフ」と無邪気に笑う彼女は、やっぱりロミアちゃんを思わせる。ああ、この子の顔は毒だな。ロミアちゃんが恋しくてしょうがないや。
「ごめんなさい。邪魔してしまいましたね」
「いいさ。君の筆箱が役にたった。君があそこに居なくても、どっかで警棒は折られていたろうし。筆箱でどうにか戦えて、誰も死ななかったんだから上出来さ」
「ふふっ。思った通り、かっこいい女性ですね」
パトカーや救急車のサイレンがひっきりなしに鳴り続ける街角の惨劇の現場。
そんな修羅場の中での女の子のひざ枕は夢見心地で奇妙な天国気分。だけどいつまでも天国には居られない。
「サクヤはん。なんかあっちの人がキューキューシャってのに乗せようかって話になってるんやけど。やっぱダメージはでかいんか?」
モミジがそう言ってきたのなら、天国のひざ枕もここまでだ。
「いや、それには及ばない。直接のダメージは少しかすった程度だし、もう回復したよ」
愛魅果ちゃんのひざ枕から起き上がると、彼女は待っていた付き人っぽい人に連れられて行ってしまった。やっぱりどこかのお嬢様なんだろうね。
「さてと、長舩さんはどこかな。元凶の二人はどうなったのかとか、聞きたいんだけど」
「ナガフネはんはあっちや。どっかのお揃いの服着とる奴らに指示とばしとる。街ゴロっぽい二人も、そいつらに任せとるで」
本当だ。その制服を着ている人達はやけに若くて体格がいいけど、どこかの学生さんかね。現役自衛官が、勝手にどこかの学生さんを現場規制や救助活動に使っていいものかね。
「どうも長舩さん、復活しました。ところで、そこの人達はどこかの学生さんですか」
「ああ、こいつらは横須賀の防衛大学の学生だ。いわば私の後輩。新宿事変の現場見学に来ていたそうだが、ちょうどいいので働いてもらった」
「え? え? それって、いいんですか。いくら遠い後輩だからって、学生さんにこんな大変な現場の仕事させる権利なんてないでしょうに」
「防衛大の学生は普通の学生とは違う。こいつらの将来は理不尽な修羅場に派遣され、命懸けの任務をこなさなければならん。とくに今の日本の状況では、いつ命を落とすか知れん。だからこの機会に少しでも現場を知らせ鍛えてようと考えたまでだ」
「いや、それにしたって……」
しかしさすがは防大生。この程度の理不尽さなど、まったくこたえてない。
「ありがとうございます。ですが良いのです。自分らは新宿事変で生き残った長舩三佐に、鍛えていただいたことに感謝していますから。あとで新宿事変当時のお話も聞かせていただけることになっておりますし」
そういうものか。まぁ自衛隊の世界は、私なんかが理解出来ない慣習やらしきたりやらがあるんだろう。口を出すのはやめておこうか。
「それと、あなたには是非お礼を言いたくありました。新島と阿形の仇をとっていただき、ありがとうございます」
「え? 誰?」
「わが大隊同期であります。あのバケモノを皆でとりおさえようと奮闘したのですが、まるで歯がたちませんでした。しかも新島は脳挫傷、阿形は粉砕骨折の大重傷を負い、命をつないでも防大を続けることできなくなりました」
―――!!
「そ、そんな目にあったんですか。友人が重傷を負った傷心のあなた達に仕事をさせるなんて。長舩さんも何て人なんだか」
「いえ。長舩三佐も、新宿事変では大くの隊員が亡くなられるのを見て、我々にこのように厳しくされているのです。未来の日本の士官の我々は、傷心などと甘えたことを言ってられません」
うおおおおおっ立派だ!! 異世界帰りの私をもってして、この人達の方が真面目世界から来た異世界人に見える!
「ところであなたは、そのバケモノ相手にカッターで戦っていたように見えたのですが。どうやったら、あんな怪物じみたパワーをカッターなどで凌ぐ事が出来たのです?」
「秘伝の武術なんです。詳しいことは掟で教えられないので、聞かないでください」
防大生のみなさんと話しているうち、人が集まってきた。どうにも、さっきの戦いぶりから私がギュラブラックだと知られてしまったようだ。
ともかく、そろそろ本来の調査に戻ろう。
人間をあんなとんでもないパワーの怪物に変えるあの仮面は何なのか。ともかく元凶らしい二人組がどうなったのか、長舩さんに聞いてみよう。
「咲夜くん。倒れたときは心配したが、どうやら大丈夫そうだな。例の二人組だが、身柄は警察が預かることになりそうだ。私もそちらに出向いて話をきくが、君とモミジくんにもぜひ来てほしい」
「ええ。私もいったい何があったのか知りたいです。場合によってはアルザベール城の対策を考え直さねばなりません」
あれは確実にアルザベール城から漏れ出たものだ。
水漏れの部分を早急に特定しないと、また同じことが起きるかもしれない。
「ま、ええけど、その前に仮面の正体を先に言っとくわ。こっちの偉い人に説明する自信ないんで、長舩はんに上手く説明してほしいんやけど」
「え? モミジはもう分かったの? そういえば、あの仮面が本体だってことはモミジから聞いたっけ」
「モミジくんは、向こうの世界では学術研究の名家の生まれと聞いたが……さすがだな。わかった。上には私が説明を引きうけよう」
「サクヤはんが苦戦しとったんで戦闘中ずっと鑑定眼でアイツを分析してたんよ。で、驚くべき事がわかったわ」
ゴクリ。
「あの仮面は上級魔族の変化したもんや。それが人間に力を貸して、あないなバケモンになったんや」
「あの仮面がグレーターデーモン!? いったいどうしてあんな姿に?」
「まぁ、これは魔族研究の新しい学説なんで、サクヤはんが知らんのも無理はないがな。魔族っちゅうのは魔力を失うと、無機物に姿を変える場合があるんや。そして持ち主の願いを叶えるかわりに生命エネルギーを少しずつ奪い力を蓄えるんや」
「なんだって! それじゃ本当にアルザベール城から魔族が街に漏れてしまっていたのか!」
「上級魔族もこの世界じゃ、魔力不足で姿も保てん。だからこうやって闇のアイテムになって、人間に寄生するモンも出てきたんやろうなぁ」
「お、おい、冗談じゃないぞ! ってことは、人間の中から魔族の力を持つものが現れるということじゃないか!」
「そやな。早めに、どっから入ってきたのか調べんとな」
くそっ、ザコ魔族がこっそり舞い出てきたのかと思いきや、上級魔族が来ているじゃないか! 早く漏れ出ている部分を探さないと大変なことになる!




