53話 カエル女と踊る
くっそうモミジめ。やけに鳴りまくるシャッター音が恥ずかしいじゃんかよ。さっさとあの魔物モドキを倒してここから逃げ出そう。
腰を落とし、警棒の先を相手の中心につけ、迎撃の型をとる。
が、ふいに視界に、制服を着た中学生くらいの女の子が「スタスタ」横切るのを見た。妙に上品そうな女の子で、まわりが「ワーワー」騒いでいるのを不思議そうに見ている。
「バカ! あの子、こんな騒ぎになっているのに気づいてないの? おニブにもほどがある!」
魔物モドキは、進路途中にある彼女を跳ね飛ばさんと腕を振り上げる。
「くっ、スキル【疾風襲狼牙】!」
迎撃スタイルをやめ、襲撃スキルを発動。
疾風のごとく駆け、魔物モドキに突き進む。
――「え? きゃあああああっ!?」
ようやく迫るバケモノに気がついた彼女、悲鳴をあげる。
ドガアッ
されど、私も間に合った。
振り下ろされたヤツの手首関節に突きを入れ破壊する。
「君、はやく私の脇を通って逃げて」
「え? あ、ハイ。ありがとうございます……」
彼女は私とバケモノにはさまれた状況に目をシロクロ。何が起こったのかも理解してなさそう。
されど私の言葉に従い、ソロソロと私の脇をくぐって脱出しようとする。
「あうっ!?」
突然、ヤツの腕を抑えている警棒が強い力で押し戻される。
バカな! 関節を破壊してるんだぞ。痛くて動かせるはずがないのに!
ボギ……バギ……ボギ……バキャアアッ
「嘘……」
「あ……ああ」
見たものが信じられなかった。
ヤツは腕が破壊されるのもかまわず腕を振り下ろし、ついには警棒を破壊した!
「うおおおおーッ!」
驚いても体は最善を選び行動する。
警棒を捨て、JCの彼女を抱きかかえゴロゴロ転がって退避。
転がる勢いで彼女が傷つかないよう、きつく抱きしめる。
「ブウウウウッギィィィィィッ! メラ……マット……コロス!!」
ヤバイ! 魔物もどきが、長舩さんが抑えているDQNふたりにふたたび迫る!
されど私の職業は剣士だ。剣もしくは槍に相当する武器が無ければ、まったくの戦闘力皆無。
「い、痛いです。すみませんが、離して……」
と、彼女が転がりながらも手放さなかったカバンに閃く。
「ゴメン! これちょうだい!」
「あっ、何を?」
彼女のカバンを引ったくり、中をあさって見つけた。目当ての可愛い筆箱。
中を見ると、シャープペン二本に鉛筆三本と消しゴム、小さな定規。
そしてカッターナイフ!
こんな物で戦うだなんて、まるで昭和のスケバン刑事。
だけどやるしかない!
「おまんら許さんぜよ! スキル【飛び釘】!」
シャープペンを飛ばし、ヤツの足の関節へと突き刺す。
ヤツは進む勢いのまま、すっ転んだ。
よしっ、いける! 文房具じゃなく小さな剣や槍と思えばスキルが使える。
ズリズリズリ……
「うわああっ!」「く、来るなぁ!」
それでもヤツは這いずってDQNふたりに手を伸ばす。なんという執念!
「くっ、不殺もここまでだね」
アイツの不死性と危険性を目の当たりにしたとあっては、これ以上のためらいは危険と判断する。
「眠れ、手負いの獣!」
あれは獣。人間じゃない。
こみあげる怖気を無理やり騙し、小走りに駆けヤツに馬乗りになる。
「スキル【遼椎破】!」
小剣暗殺スキルを発動。首の頸椎に「ズブリ」鉛筆を突き刺す。
ビクンビクンッ
ヤツは私の下で体を大きく痙攣させると、やがて動かなくなった。
「ふう……」
終わった。楽勝かと思ったのに、まさかの大苦戦。
「大丈夫か、咲夜くん」
「はい、長舩さんも。きわどい所まで接近させてすみませんでした」
「いや、よくやってくれた。……まて! そいつ、まだ動くぞ!」
「バカな! 頸椎を完全に壊しているのに!?」
――「ブウ……ギ……ギ……」
されど、長舩さんの言葉通りに、コイツはうめきながらゆっくり体を起こしてゆく。股下が盛り上がる感触に、限りない戦慄が走る。
マズイ! ここで足でも掴まれたら、確実にやられる!
私は反射的にヤツの背中から飛び退り、長舩さんとDQNどもの前で肉壁となる。そしてカッターナイフの刃をチキチキ伸ばす。
くううっ、メガデスが恋しい。されど、私の今のエモノはこれだけ。
「そうか、これが『カエル女と踊っちまった』って状況か。はじめて経験したよ」
『カエル女と踊る』
冒険者の間で使われるスラングで、『不運にも装備が不十分なまま強モンスターと出会ってしまった』という意味だ。
なんでも昔、お見合いダンスパーティーで、とある貴族男子がめぐり合わせ悪くカエルみたいな令嬢と踊らなければならなくなったという話がある。
それが何故か冒険者の世界に降りてきて、このスラングになったんだって。
ちなみに『カエル女と結婚した』は『不運をどうすることも出来ずお亡くなりになった』という意味だとか。とある貴族男子さん、断りきれなかったんだね。
「スキル【風塵刃】!」
カッターナイフの薄刃じゃとてもヤツの体に通らないし、折れたらスキルを失って最後だ。ゆえに風の刃でヤツに攻撃。
頸動脈、そして四肢の筋をひと呼吸で切断する。
「ブ……ギギ……貧弱……貧弱」
「ぐっ……女の子だもん」
あざ笑う奴の前で歯噛みする。頸椎を破壊しても生きて動いている奴相手に、風の刃なんて意味ないよね。
けど負けられない。
女なのに『カエル女と結婚』なんて狂った運命にハマってたまるか!
私にはすでに四、五人の結婚同然な関係になった彼女達がいる。
みんな壊れたくて、私のエロテクを待っているんだ!
蜜の声で禁断のメロディーを奏でたくて、さみしい夜を超えているんだあぁぁ!!
…………私の人生、とっくに狂っていたな。
ヤツが繰り出す即死級のどう猛なパワーを、風の刃で紙一重で捌き続ける。
されどジリ貧。いつまで持つか。
――「サクヤはん、そいつの本体は仮面や! その仮面、魔界の住人やで!」
横合いから響くモミジの声。
仮面? そうか! ならば人体の急所狙いなんて意味なかったんだ。
「はああっ、スキル【風塵刃】!」
仮面を細かくみじん切りにせんと、風の刃で集中攻撃。
「なっ!?]
されど仮面は切り裂いた後から後から瞬時に修復される。
そうか。魔族と同じ理屈で、聖別された武器や魔法でないとダメージが通らないのか。
くっそう、詰んだ……
「サクヤはん、これ! ウチのナイフを即興で聖別したで!」
モミジが「ブン」と投げてよこすは、モミジ愛用の解体ナイフ。
ありがたい! 本当にメインヒロインになったね、君は。
「ていっ!」
カッターナイフに最後の風をまとわせて投擲。
「グサリ」目を抉り、大きな隙ができる。
その隙で、飛んでくるナイフを空中でキャッチ。
聖別されしナイフから感じるは、聖なる旋律。
”遠き神を敬し” ”天を清め” ”地を祓い” ”人を癒す”
カッ
スキルも何も乗せない、ただひと振りの斬撃。
それだけで、仮面はあっけなく割れて地に落ちた。
目にカッターナイフを刺した無残な抜け殻は、やっと死体となって崩れ落ちた。
ドサリ……
「ハァハァ、や……やった……」
グラリ安堵と疲労で、私も立っていられなくなった。
自分もまた地面が近くなる感覚に抵抗できず、そのまま倒れていく。
「咲夜くん!」「サクヤはん!」
みんなが私を呼ぶ声を耳にしながら、意識は遠くなっていった―――




