51話 頃合い
私たちが自衛隊に入ることはなくなったけど、そことの協力関係は築いた。
具体的にはアルザベール城周辺に二百以上の監視カメラを設置し、その監視を自衛隊が受け持ってくれたのだ。
おかげでそこから魔族やモンスターが這い出して街に侵入しようとしてもいち早く察知し、カリギュラ出動ですぐさま叩く。
こうしてアルザベール城に魔物を封じ込めて一ヶ月ほどたった頃、唐突にミスターXから通達が来た。
真琴ちゃんは家族の元に行って不在だが、私とモミジとラムスはモニターの前で彼の話を聞く。
『諸君、連日の君達の働きに敬意をあらわそう。さて、いよいよアルザベール城を攻略し、魔界貴族を倒す頃合いとなったようだ』
モニターテレビの中のミスターXは奇妙な武装コスプレをしている。わざわざこんなバージョンを作ったのは、決戦の意気込みのあらわれかね。
「『頃合い』って、何か根拠があって決まったの?」
『ある。最近の魔族との戦いで何か思う事はないかね?』
「そうだね……最初の頃に比べて弱くなった気がするかな。グレーターデーモンも出なくなったし、ここ最近はザコキメラばっかりだ」
「そやな。素材もあんま旨味のないモンばっかや。そういやカオスアイの魔力光もあんま来なくなって、動きやすうなったな」
「うーむ。もう少しハッタリのきいたバケモノでも出てこないものか。最近はつまらん画しか撮れんではないか」
「ラムス、私たちは良い特撮作りをしてんじゃないんだよ。敵が弱くなったなら良いことなんだよ」
『そうだ。諸君が感じている通り、魔族どもは弱くなった。これはこの世界は、魔力の源である魔素が非常に薄いからだ。ゆえに本来人間には手の負えないはずの上級魔族すら、このザマだ』
たしかに最初の頃と比べてアルザベール城の魔物は弱くなった。あれではリーレット周辺のちょっと強いモンスターレベルだ。
『ここでヤツラが魔力を得るには、生物の生命力を魔力に変えてとりこむしかない。が、それを諸君らの連日の魔族狩りにより浸透を許さず、新宿に封じ込めた。よってヤツラはエサのない状態が続き、弱体化しつつあるのだ』
そうか。私達は魔族から人々を守っていただけでなく、兵糧攻めで攻めてもいたんだ。
「ミスターX。では、そろそろ頃合いなの? アルザベール城に乗り込んで魔界貴族を倒すという事かな?」
『そうだ。この弱体ぶりなら、あと一ヶ月ほど封じ込めに成功すれば中の魔族どもは動くことすら出来なくなる。そこで掃討作戦に入り、新宿解放だ』
「ってえことは、ウチらはそこで帰してもらえるんやな?」
『うむ。三人はアルザベール城陥落の時点でリーレット郊外にでも転移して送ろう。クエスト達成を楽しみにしているぞ』
「やったぁ!」
みんな口々に帰った後の予定を楽し気に語り合う。今回のクエストも、いよいよゴールが見えてきたね。身バレしたりして大変だったけど、ようやく向こうに戻れそうだ。
思えば、ルルアーバの奴に騙されてから…………ハッ!
―――ルルアーバ? そういえば奴はどうしたんだろう。
思えば、宝物庫で別れてから一度も奴を見てはいない。
今もアルザベール城に居るのか、それとも―――
◇◇◇◇
ルルアーバ視点
アルザベール城最上階。魔界貴族の間のへと闊歩する道化がひとり。
「フッ、さすがはサクヤ殿。見事、魔族どもの侵攻を押しとどめ他の領域に浸透を許さず。おかげで魔界の偉大なる方々も、見るも無残に弱体化し果ててしまいました」
それでこそ、あの時見逃した甲斐があったというもの。
魔界貴族および上位魔族の方々は、突破口を求め焦燥に駆られている状態。
「頃合いでしょうか。この世界の人どもの社会も、闇にまぎれての調査で知ることが出来ました。今なら、この城の魔族の方々を拙者の思惑通りに動かせるでしょうな」
壮麗堅固な冠樹榮譽の間の扉を前に、いざ弁舌のいくさに赴かん。
「貴族の懐をまさぐるが道化の本領。舌鋒の限りを尽くして取り入るとしましょうか」
きしむ扉を開け、拝謁せしは魔界支配者72柱の一柱連なりし貴族閣下。蜘蛛の体躯の雄々しき巨体、三つ首の上は獣の頭。
周りにはべるは騎士身分・上級魔族グレーターデーモンの諸卿。
権能高き御歴々を前に、矮小な道化はかく語る―――
魔界の莊厳なる支配者の一柱にして、偉大なる深淵より闇深き根元の恩寵深き閣下、瘴気と暗黒の忠実なる守護者にして誉れ高き黒魔卿ベール・ヴェ・ゼパール閣下およびその忠誠厚き諸卿に告ぐ!
瘴気かぐわしき故郷を遠く離れ忍耐の日々、お嘆きは重々承知申し上げる!
お嘆きは正当であり、拙者もまた同じく悲劇により悲嘆に沈まずにはおれない事を申し伝えいたす。
また新たな新天地の開拓も、その偉大なる力を奪われ遅々として進まず、枯れゆく閣下および諸卿のお姿に心傷めざる日々は無きことを重ねて申し上げる!
どうか衷心をお受けいただきたい。
この道化、閣下諸卿に忠誠を誠心より誓い、閣下諸卿の噛みしめる屈辱の日々を晴らすご一助となれるなら、それに勝る誉れはありませぬ!
すなわち、これ、義憤の噴出であります!
どうかこの道化めにご信頼を授け、身に過ぎた繁栄を謳歌する人の世に遣わし潜まさば、内より食い破り、閣下諸卿へ献上供物を山と捧げることでしょう!
―――「貧ずれば鈍ず。あの尊大なる魔界の名門の方々が簡単なものだな」
魔族の皆様方は全員が我が策に乗ってくださった。
もっとも魔界貴族ベール・ヴェ・ゼパール閣下おひとりが賛同していただければ、他の者に反対などあろうはずもなし。
魔界では絶対強者に逆らう者などあろうはずもない。やはり魔界はつまらない。
ひとつ前の世界にて、魔人王ザルバドネグザル陛下は人間世界を魔の支配する闇の世界へと変え、そこの絶対権力者へとなられた。
だが陛下と同じ魂、同じ思想を持つ拙者にはわかる。じつは陛下は、そのことをひどく後悔なされていたのだ。
知識が意味を持たず、誰もがただ強者におもねるだけの魔界の世など何も面白くない。やはり闇は多彩な知識を持つ人の世界に宿らせてこそ愉悦がある。
サクヤ殿、魔族の侵攻を阻んでいただき深く感謝いたします。
礼に道化の進撃をお見せいたしましょう。
――ーこの後、日本のみならず世界各地で不可解な怪奇事件が多発した。
【異世界技術】
事件の元凶とも思われるそれに人々は戦慄し、同時にそれを手に入れんと欲する勢力の争いに、世界は混迷へと突き進んでいった。




