49話 野花家家族食事会
お母さんからメールがきた。
なんでも久しぶりに家族みんなで集まって食事をしたいそうだ。場所は某都内にある高級ホテルの展望レストラン。
場所が場所なだけに、正装で行かないといけないので、私は久しぶりに清楚系白のワンピースを身に着ける。
「うわっ、筋肉つきすぎて微妙に残念お嬢さんだ」
鏡の中のガッチリボディに成長した自分の姿に少し落ち込む。夢のくびれスタイルも限度があるよ。
「うおう、アスリートがどっかのパーティーに出たみたいだな。しかしスーツというのは、どうしてこんなに窮屈なのだ」
お兄ちゃんも正装してサラリーマンみたいなスーツを着て出てきた。
そのあまりにもチグハグな姿に、「うげっ」ともらしてしまう。
「お兄ちゃん。チンピラ臭キツすぎて、悲しいくらいスーツ似合ってないね。上物のスーツが泣いているよ」
「フン、こんなオレのソウルをしばるようなシロモノ似合ってたまるか。しかし今日だけはオレのソウルを曲げて、このスーツの似合う男にならねばならん。ゆえに……スキル【キャラ改変】!」
シュウウウウウッ
「あ、あれ?」
お兄ちゃんが謎スキルを発動させた途端、いきなり背筋が「ピン」と伸びて姿勢が正しくなった。顔の造りは変わってないのにキリリと表情が引き締まっている。
もはや爽やかなイケメン好青年と化していて、スーツもよく似合っている。
誰だ、コレ?
「咲夜。ひさしぶりに父さん母さんに会うんだから、身なりはもっとキチンとしろよ。多少は時間がかかっても、僕はかまわないから」
お兄ちゃんが僕っ子になっちゃっている!
白い歯を「キラリ」輝かせほほえむは、魅惑のさわやかイケメン。
絶賛婚活中のお姉さんから死ぬほどアプローチが来そうだ。
「………その嘘で塗り固められた虚像キャラでお父さんとお母さんに会うのか。まぁ、たしかにお兄ちゃんの普段の仕事と生活なんて話せたもんじゃないもんね。幻でも立派なまっとうに生きる息子の姿を見せた方がいいのかも」
以前親に話しているお兄ちゃんの設定は『高校卒業したらすぐサラリーマンになった』というものだった。で、私が異世界に行った後は『退職して起業した。私はその手伝いのために学校を辞めた』ということにしている。
「咲夜、いいかげん気づけ。この食事会は防衛役人どもの罠だ」
「ええっ? どうして、防衛省が!?」
「カリギュラの正体は、とっくに咲夜の後輩ちゃんの口から防衛役人に知られているよ。そして父さんは警察庁の公安捜査官。立場上、知らされてないわけがないだろう」
「じゃ、じゃあ、今日の家族食事会は?」
「僕たちを防衛省の子飼いにするためのセッティングさ。そのつもりで覚悟して行くとしようか」
「こ、困る! 私はあっちの世界でやらなきゃなんない事があるんだから、防衛省なんかに就職するわけにはいかないよ! どうしよう?」
ヤバイ! お母さんの誘いだから行かないわけにはいかないし、だけどホテルのレストランは罠。
「そうだ! 私、制服で行く。そして援交オヤジと神待ち少女に間違えられて、ポーターに門前払いされよう。ちゃんとホテルに行ったのに追い返されただけだから、しょうがないよね?」
「大丈夫だ。そんな小細工なんかしなくても、お前は僕が守ってやる。さぁ、まずは父さん母さんといっしょに食事を楽しもう」
うわっ。頼もしげな、さわやかスマイルがまぶしい!
ヒイイイイイイッ、なんなの、このお兄ちゃん!!
カッコイイけど、違和感ありまくりで恐い!!!
◇◇◇◇
というわけで、やって来ました【シティプリンセスホテル】。
イケメンお兄ちゃんにエスコートされ、『ハイソ専用庶民お断り』なロビーで受付に名前を言うと、すぐさま展望レストランに案内される。
コンシェルジュさんのに連れられた席には、懐かしのお父さんお母さん。涙が出そう。
フンパツしたのか今までの外食でもお目にかかれてない豪華な食事で、お父さんお母さんとの会話ははずむ。
「お父さんお母さん、勝手に学校辞めちゃってゴメンなさい。どうしてもお兄ちゃんの仕事を手伝いたくて」
異世界で魔人王倒す大切なお仕事だったんです。
「僕が無理をさせた。仕事も順調だし、咲夜には一生苦労させないから安心してくれ」
たしかにスキルでメチャクチャ強くしてくれた。過酷な異世界でも無敵だね。
「そう。咲夜は早く大人になったのね。手紙は来ても、ずいぶん会えなかったから心配だったのよ」
「うむ……手のつけられんヤンチャだった岩長も、立派な社会人になったようだしな。だが仕事が忙しいのかもしれんが、母さんにはもう少し会いに来い」
お父さんお母さんの優しい言葉に涙が出そう。
だけど、気配察知スキルでわかってしまう。
その言葉が本当なのはお母さんだけ。
お父さんは、隠せない後ろめたさの気配がにじみ出ている。
そして周りに居る人達は、誰一人食事を楽しんでなんていない。
彼らの意識は全員が私とお兄ちゃんに向いている。
「ところで、お前たちはどこに住んで働いているのだ? 一度お前たちの暮らしぶりを母さんと見に行きたいのだが」
ドッキーーン! そ、それは無理!!
「決まった場所とかはなくて海外を転々としててね。もう少し安定しないと招待は難しいかなぁ」
「そうそう! 長いクエスト……じゃなくて案件だと野宿なんかもあってね」
――「そういう設定にするなら、妹さんにパスポートくらい取らせておいてください。もうちょっと家族団らんを楽しませてあげたいのですが、ここに居る方々も暇ではないので失礼します」
突然、妙にヌボッとした人が頭をワシャワシャ掻いて出てきた。
そして周りで食事をしている人達も、私たちを囲むように立ち上がった。いよいよ来たね。
「お、お前は、もしかして竜崎?」
「はい、お久しぶりです野花くん。いえ、ここに居るみなさん全員が野花さんでしたね。では岩長くんと呼ばせてもらいましょう」
「な、何の用だ! それに周りのヤツラもだ! いったい僕らを囲んで何のつもりだ!」
お兄ちゃんは『何も知らずに罠にかかった』という風に事を進めるつもりみたいだね。でも、どう始末をつけるつもりなんだろう?
「その方は竜崎世流管理官。今の私の上司だ。……百合子、すまんが食事会はここまでだ。お前は先に一人で帰ってなさい」
お父さんは気まずそうに言う。
「は……はい。岩長、咲夜。お父さんの言う事をよく聞きなさいね」
「う……それは内容次第かなぁ。お母さん、また後で」
”また”があるか分からない。
それでも。もう一度会えることを願って、その言葉でお母さんを見送った。
「さてと。岩長くんとの賭けは昨日のことのように思い出せます。あの時は君がいかにして私の学力を超え全国一位の座を得ることが出来たか分からず仕舞いでした。が、やっと答えを貰った気分ですよ」
「な、なに? まだあの時の事を根にもっていたのか。いったい答えとは何だ!」
「君はあの時から異世界技術。魔法の類いと思われる能力を有していましたね?」
「は……ははっ。何のことだい? 何のことだか僕にはさっぱりだよ。竜崎、しばらく会わないうちに妄想癖でも発症したのかい」
それ! 探偵に「あなたが犯人です」と言われた人が最初に言っちゃうヤツ!。
お兄ちゃん、罠と知って来たはずだし本当に大丈夫だよね?
「まぁ遠回りなやり取りをお望みなら、付き合いますがね。まずは妹さんの野花咲夜さん」
ビックーーン!
「あなたは高校中退後、岩長くんの元で働いているそうですね。ですが警察捜査員が調べても、どこで何の仕事をしていたのかまるで分かりませんでした。今年春、新たに雇われた南原真琴さんも同様です。さて、あなた方はどこで何のお仕事をされているのですか?」
「い、いろいろです! とにかく、いろいろ!!」
ドキドキ、ドキドキ。
お兄ちゃん、いったいこれをどうする……
「こ、これは罠だーーッ! 竜崎が僕を陥れるために仕組んだ罠だ。警察の無能な調査力をごまかさんがために、僕が『異世界に通じている』なんて、でっち上げているんだーッ!!」
追い詰められて『これは罠だー』をわめく粉バナナ系小悪党?
お父さんが警察庁に勤めているのに何て暴言を。




