45話 ふたりはカリギュラ
「絶対死守! コウモリを一匹も後ろに通すな!」
ガガガガガガガガ……
小銃の一斉射撃をコウモリの群れに見舞うも、銃弾は貫通もせずその体内に飲み込まれるだけだった。
「やはりダメか。ここまで小銃の斉射が通用しない生物とは……いったい何でできている?」
その生物は―――
無数の銃弾も爆発も、ものともせず。
人を殺し、喰らい、蹂躙する。
「きゃあああっ」
「うわああああああっ」
「だっ、だずげっ……うぎゃああああっ」
何故かヤツラは踏みとどまり戦う我々より先に、おびえ逃げまどう背後の市民を優先して襲い始めたのだ。無念であれ、我々になす術はない。
「完全に抜かれました! 脱出中の市民が次々に襲われています。走行中のトラックすら襲撃されて、犠牲を止めることが出来ません!」
「ヤツラ、人間を一人も逃がさないつもりのようだな。せめて自衛隊の一分として、市民だけでも逃がしたかったが……無念だ」
暗澹たる心の闇に惑ったその時だ。
カアアアアアアッ
―――!?
突如深い闇のようなこの場所に、まばゆい光がほとばしった。
すると、市民をもてあそぶように殺戮にはげんでいたアンノウンどもは、逃げるように空へ逃げていく。
そして、市民達の中心に、先ほどまではたしかに居なかった奇妙な恰好の一団があらわれた。
「なん……だ? あれはいったい何者?」
◇◇◇◇
サクヤ視点
とりあえず真琴ちゃんの術の精度を見るために、転移と同時に攻撃白魔法を放ってもらったのだが。
「ホワイト。大技つかったのに、ほとんど仕留められなかったね。狙いがぜんぜん甘いよ」
「ごめんなさいブラック。術の集中だけで精一杯で」
「まぁ、そうだろうね。経験不足どころか、経験まったくナシだもんね。とりあえず登場したんだし、言われた通り名乗りしようか」
「ううっ。やっぱり、しなきゃなんないんですね」
真琴ちゃんと背中合わせに、モミジのカメラ前でカッコかわいいポーズ。
「光の使者ギュラブラック」
「光の使者ギュラホワイト」
「ふたりはカリギュラ!」
モミジは「ププッ」と吹き出し、ラムスは「アホか」と小さく呟く。
くそう、まるでコスプレなりきりガールズ。恥ずかしくてたまらない。
とにかくノルマの茶番は果たしたし、さっさと本業をはじめよう――
と、メガデスを抜こうとしたところで、プロデューサー様から「待て」がはいってしまった。
『おいブラック、ホワイト。絵ズラ的にイマ一歩足らん。視聴者に何しに来たのかもちっとも伝わらんし。もうひと言カッコいいキメゼリフ頼む。ビシイッとカメラ目線でキメろ』
ダメ出しまであるの? たくさんの人間が死んでいる前で、何やらせてるんだ。
光の使者じゃなくてDQNの使者だよ。
まぁ吟遊詩人が私の活躍を謳ったヤツを適当にパクればいいか。私が戦う前に吐いたとかいう、ありえないセリフなんかあったし。
カメラに向かって「ビシイッ」
「許されざる罪の泥濘と闇の深淵に住まうものたちよ!」
「さ、さっさと、おうちに帰りなさーい!」
ガクンッ
真琴ちゃん、魔族相手に『おうちに帰りなさーい』はないでしょう。小学校のケンカじゃないんだから。
「ごめんなさい、こういうのって、何言ったらいいかわかんなくて」
「……いい。どうせ茶番だ。それより魔族も、どうやら態勢を立て直したみたいだ。来るよ」
空に逃げたヤツラの中から、五匹のデーモンが猛禽のごとく私たちに襲い掛かる。
「きゃあっ」「うわっ」と、みんなは叫ぶも、私は冷静にメガデスを抜く。
「そらっ、つばめ返しはお手のもの!」
ビュッビュンッ
瞬時、五匹すべての翼と腕をメガデスの刃で切りおとす。
バランスをくずしたデーモンが地に落ちる前、胸を切り裂きトドメを刺す。
「なにっ!?」
トドメを刺したはずのデーモンたち。
されどその活動は停止せず、地に伏したまま不気味な唸り声をあげ続けている。
「なんて生命力! 魔断の剣メガデスでも倒しきれないんじゃ、お兄ちゃんの言う通り職業剣士じゃ分が悪いね。ま……じゃなくてホワイト」
「【浄化】!」
真琴ちゃんの浄化の光が、うめく魔族どもに降り注ぐと、それらは枯れたような骸になって果てた。
「やっぱり魔族を倒すにはホワイトの力を当てるのが一番か」
されど真琴ちゃんには術を敵に当てる技量はない。ならば……
「よし、ホワイト。私に浄化をどんどん撃ってきて」
「ブラックに? ……わかりました。【浄化】!!
私に浄化の光が当たる瞬間、それをメガデスにとりこみ、刃にしてデーモンに放つ!
「そりゃあっ! 【聖光雷鳥剣】!!」
光の刃に当たったデーモンは切り裂かれ、地に落ち、活動を停止する。
「一発でこれか。いける!」
私と真琴ちゃんの合わせ技なら、上級魔族といえども簡単に倒せる。
ビュンッ ビュンッ ビュンッ
人間を襲おうとするグレーターデーモンを優先に堕としていく。
『いいぞ、いいぞ、視聴者数が一億突破したぞ。リソースもガンガン入ってきている。このリソースがあれば、また世界をひとつ創っちまえるかもな。ブイ・チューバーはいい仕事だ』
腐れチューバーめ。人の不幸を金と力に変えるんだから、救いようがないね。
されど冒険者とはこういうお仕事。
おのれの罪を嘆こうとも、戦うことをやめたりは出来ない。
「ホワイト、早く次を……」
だんだん浄化の間隔が長くなってきた。
見ると、真琴ちゃんの顔色が悪く息も乱れている。
「ホワイト、疲れてきた?」
「い、いえ……がんばります。ここで疲れてなんていられません」
「気力だけで最後までいけないよ。いったん止めて」
モミジがカメラをラムスに渡して真琴ちゃんを診てみる。
「魔力切れ……やないな。術を使った集中とフィードバックで精神が消耗したみたいやわ。経験不足がたたっとるな」
真琴ちゃんを小休止させてざっと空を見回してみるも、まだまだグレーターデーモンは舞っている。
「魔力切れなら回復薬あるんやけど、これはなぁ。残念やけどシマイや」
「冗談じゃない。この状態でシマイにしたら、ここに居る人達みんな殺されちゃうよ」
「真琴はんに無理させんのか? 精神崩壊してまうで」
ギリッ……
空を見ると、早くもこちらの不調を見とったデーモンは再び人々を襲い始めている。
私達に助けを求める声が痛々しい。
「……モミジ。ホワイトに回復薬を飲ませたら、カメラかまえて」
「やるんか? いいんやな」
「今の私達はヒーローだ。殺される人達を見捨てたりはしない。ホワイト、あと一発だけがんばって」
「は……はいっ、やります」
ヒュルンヒュルンヒュルン……
真琴ちゃんを回復させると、私はメガデスを頭上にかかげ大きく回転させる。
私の決断は、ただ一発の大技ですべてのグレーターデーモンを殲滅させること。
一方、真琴ちゃんは杖をかかげ、術の構えをとるも不安げな顔。
「いいんですね? 【セイクリッド・フレア】は最高位の白魔法攻撃術。魔の者に絶大な効果を発揮しますが、直撃すれば人間も生きていられません。本当にそれをブラックに当てるんですね?」
「『円、極むれば能う技無し』スキル【竜円制極覇】を覚えた時頭に浮かんだ言葉だ。大丈夫、私は死なないよ。剣王だもん」
「心配いらんぞホワイト。こういう時のブラックは無敵だ。貴様の半端な術など軽くいなすわ」
「そや! ブラックはんホワイトはんのカッコいい所、この世界の者に知らしめたるわ。バッチリ撮ってやるで」
ラムス、モミジ、ありがとう。こういう時、やっぱり仲間っていいな。
「……いきます! 『祈りは大地に満ち、祝福は天より降り注ぎ、闇照らす灯火求む汝に、光芒廻り白き主は降臨したもう。【セイクリッド・フレア】!!!」
圧倒的な極大の浄化が天より私に降りそそぐ。
このまま白い光と一体になって、そのまま昇天してしまいそうだ。
されど私は剣王。
森羅万象、風火水地光闇の元素も、神も仏も、遍くすべてを刃に変えわが身わが剣となす!
ギュルンギュルンギュルン……
浄化の光をメガデスの回転に乗せ、それを渦とする。
やがてそれは巨大な白光の渦となり、私の周囲を奔流となって回る。
「スキル【白光竜円制極覇】ぁぁぁ!!!」
光の渦を魔の気配のあるが場所に流し、置き、叩きつける。
『ここでデーモンすべてを倒しきらなければ、後はない』
ただその思いひとつで、巨大な力の奔流を制御し続けた。




