43話 魔の夜
長舩1尉率いる第三偵察隊は、日没後の夜の中付近の警戒任務についていた。
あの異世界人たちが日没後をひどく恐れていた事から、任務以上に部下を班別に各方面へ送り、偵察を厳にして見回っていた。
「各員、状況報告。異常はないか」
『a班異常なし。どうも野犬が怯えたように吠えていますが』
『b班異状なし。避難キャンプ地の住民に多少のトラブルはありますが、問題ありません』
『c班異状なし。これより先は第二中隊の管轄ですので引き返し……いえ、異常アリ!』
「c班どうした?」
『ガスです! 城から黒いガスが発生しています! 城近辺を任務中の第二偵察隊に注意喚起をお願いします』
夕時に城内部に発生したガスが外に漏れ出したか。異世界人の恐れていた事態はこれか?
と長船は思いつつ、第二偵察隊に通信を送る。
されど、それはただの始まりにすぎなかった。
「マルサンよりマルニ。こちら第三の長船1尉だ。現在城から黒いガスの発生を確認した。そちらは念のため距離をとって……」
だが連絡の途中で、向こうより聞こえる悲鳴や銃声にただならぬ事態を察した。
やがてあちらの隊長が鬼気迫る声で叫んできた。
『敵襲だ! 連隊長に報告してくれ! 城内部よりアンノウン生物の大量発生を確認。凶暴でたいへん危険な生物だ。我が隊は襲撃を受けている! 連隊本部に避難勧告を……うわぁぁ』
「羽佐田3佐どうした? ……くっ、中隊全員迎撃態勢! 城からアンノウン生物が第二を襲撃していると報告があった!」
部下に指示を送った後、ベースキャンプへ緊急報告を送る。
「連隊長。ただいま第二との連絡において、アンノウン生物の襲撃を受けたと報告がありました。我が第三偵察中隊に彼らの支援許可を願います」
『第二の異常事態はすでに聞いた。だが第三は被災民捜索隊と合流し、被災キャンプを固め、そこの護衛を頼む。民間人に被害は出せん』
「では第二は? 聞いた感じ、あまり余裕がないように感じられましたが」
『心配はいらん。センセイが城内探索を急がせたのが幸いした。自衛隊でも屈指の戦闘集団【陸攻機動団】120名がたった今本部に到着した。これより現場へアンノウン殲滅と治安回復に向かわせる。第二を孤立はさせんよ』
「陸攻が派遣されてきたのですか。了解。第三は被災民キャンプに向かいます」
すぐ近くの味方の危機の支援に行けない事に歯がゆさを感じたが、命令ならば仕方がない。
されどあちらの状況は気になる。
そこで異世界人捜索の支援に連れてきた丹沢通信3曹にそれを調べさせることにする。
「丹沢、城近辺の情報をモニターし続けろ。状況を逐一報告するんだ」
「もうやっています。隊長、これがアンノウンの姿です。これってアレじゃないですか?」
丹沢が見せたパソコンのモニターには、記録映像を拾ったらしく、向こうの戦闘映像が映っていた。味方と対峙しているアンノウン生物の姿は、全身が真っ黒で、コウモリのような羽と、羊か牛のような角があった。
「これがアンノウンか。物語の悪魔のような姿だな。だが、どこかで見た覚えが?」
「城内写真でいっぱい撮ったでしょう。城の中にやたら置かれてあった石像ですよ」
「あれか! どこからアンノウンが出てきたのか不明だったが……まさかあの石像がこのアンノウンだったと? まさか生物が石になっていたなど」
「異世界関係は何が起こっても不思議じゃないですからね。目の前の人間が消えちゃうことだってあったし」
やがてキャンプ地に到達したころ、城の方向から激しい銃声音が鳴り響く。
まさかこれだけの戦闘が日本国内でおこるとは。
「丹沢、どうだ?」
「はい、陸機団が戦闘を開始しました。ただ第二の安否は不明。今だ連絡が途絶えたままのことから、被害は少なくないと思われます」
「バカな……城近辺は危険が予想されているから、全員が小銃携行をしていたはずだぞ。なのに連絡もないほどの被害だと?」
長舩は嫌な予感がつのっていく。
「丹沢、そのままモニターを頼む」
ともかく命令を実行するために丹沢を残して指揮車両を降り、キャンプ地防衛の指揮を執る。
銃撃音に不安がる住民をなだめつつ、周辺に部下の配置を完了したころ事態は急変した。
ベースキャンプの連隊長から緊急連絡がきたのだ。
『長舩、すぐ民間人を後方へ移送しろ! 今から移送車両を手配できる限り送る』
「どうなされたのです連隊長。陸機団の戦況が思わしくないのですか?」
『そうだ。アンノウンには銃弾が効かず、隊員犠牲者はかなりの数だそうだ。このままでは突破を許し、そちらへアンノウンが漏れ出てしまう。急げ!』
長舩は車両の丹沢の元へ行き向こうの状況を聞く。
「丹沢、向こうの戦況はどうなっている。かなり逼迫しているようだが」
「はい、援軍要請、避難勧告、緊急事態宣言がひっきりなし。撃破報告は一件もありません。このままだと被災地一帯は今夜完全な危険地帯になります。民間人を後方に送りましょう」
「……そうか。こんな事なら、あの異世界人達からあのアンノウンの事を聞いておくべきだったな。あれを無害化させるまでに、どれほどの犠牲が出ることか」
「ですね。あのお嬢様も人が悪い。また出てきてくれませんかね」
彼女から話を聞きたいのは山々だが、捜索する余裕は完全になくなった。
もはや戦時態勢だ。
長舩は部下を叱咤し、民間人移送を急がせる。
「女性、子供、老人から順に車両に乗せろ。小銃装備の者は城方向に防衛態勢。黒い巨大コウモリのようなアンノウンを一匹も後ろに通すな!」
だが、さらに不可解な事が起こった。
部下からの報告で、生死不明だった第二偵察中隊がこちらに向かっているとのことだ。
本部への連絡なしに任務を離れるのは重大な命令違反だというのに?
ともかく長船は彼らに会ってみることにした。
彼らが来たという現場に来ると、第二偵察中隊の面々はユラリユラリとまるで幽鬼のように黙してこちらに歩いてくるだけだった。
「長舩隊長、彼らはどうやら全員がひどいケガをしています。見てくださいよ、あの血」
そう。歩いてくる第二のほぼ全員が、体から少なくない血液を流しながら歩いているのだ。
「たしかにな。あれは緊急搬送が必要なレベルだ。しかしどうして応急処置もせず、救助要請も出さずに歩いて戻ってきた?」
「ともかく、あの出血はマズイです。止血をして担架でキャンプに運びましょう」
隊員数人は衛生班らと共に彼らの救助に向かう。
だが長船は、その光景を見てひどく悪い予感を覚えた。
長舩の背後に付いている丹沢はポツリつぶやいた。
「しっかし大丈夫ですかねぇ。あの人たち、まるで映画のゾンビみたいですよ。応答連絡には答えたんですか?」
「ゾンビ………まさか!? 全員待て! 第二偵察、誰でもいい。官姓名を名乗り戦況経過を報告をしろ!」
それに答える者は誰もなく、救助に向かった隊員たちの悲鳴だけが答えだった。
「うわああああっ、何をする? やめろ、離れてくれ!!」
救助に向かった彼らはみな第二の連中に組み付かれ、噛みつかれもがいている。
「くっ、やめろ!」
長舩はナイフで凶行する第二隊員ひとりの肩を「ザクリ」と貫くも、彼はかまわず噛み続ける。
その男の青白すぎる顔と浮き出ている死班を見て理解した。
”彼らは全員死んでいる”と。
「南無三。これで成仏しろよ」
拳銃を抜き、「パーーン」と銃声を響かせてその頭を吹き飛ばす。
「た、隊長。何てことを……」
「落ち着け! 彼らはもう人間じゃない! ……くっ、手遅れか」
助けた隊員は何も言わずユラリと第二の連中のように立ち上がる。
その目に意思はなく、虚無をたたえて。
さらに、同じように第二に齧られていた他の部下も彼らと共に立ち上がる。
さっき頭を吹き飛ばした男でさえも。
「本物のゾンビ……か。異世界の連中はとんでもない物まで持ってきたな。これの拡大は何としても防がねば」
魔の夜はますます濃く昏くなっていく。




