42話 ミスターXからの依頼
目の前が光に包まれたような感触が過ぎると、目の前の光景が一瞬で変わった。
どこかの雑居ビルの一室のような場所。
窓の外を見ると倒壊したビル群が見えるところから、新宿近辺らしい。
そして部屋をぐるり見回すと、壁には大型スクリーン。
机やらソファーやら本棚やらが設置されて、機材や雑誌が乱雑に置かれてある。
それらをよく見ると、アリサソフトの商品や宣材だ。ってことは、ここはアリサソフト関係の事務所? お兄ちゃんの新宿の拠点とかだろうか。
「いったい何が起こったのだ。一瞬で別の場所に来たぞ」
「召喚術で呼ばれたんや。この世界にも魔法を使うモンがおるんやな。しっかし契約もしとらんウチらを強制的に呼ぶやなんて、ドえらい高位の召喚術者やな」
ラムスとモミジは雑誌や機材を適当に見てまわる。
「おっ、この絵のヤツ、オレ様に似てないか? モミジ、きさまに似たガキも描いてあるぞ」
ああっ、それはラムクエの宣材! モデルの人間が見ちゃっていいものかなぁ。
しかし、こんな風に遊んでいる場合じゃないんだけど。
お兄ちゃんはどうしたんだ、と思っていると、唐突にそれは始まった。
いきなりスクリーンから映像が映し出されたのだ。
『ようこそ、サクヤくん、ラムスくん、モミジくん。強引な手段で君達を招待したことは詫びよう。オレの名は【ミスターX】』
それは3Dアニメでインチキおじさんっぽいキャラクター。
何やってんの、お兄ちゃん。”ミスターX”って虎の穴のマネージャー?
まぁお兄ちゃんは二人と直接会えないから、アニメキャラを代理に会話しようってのはわかるんだけどさ。
「なんやこの人。魔法人形? ……いや、こいつは魔法を使ってない作りモンやな。これもこの世界の技術っちゅうわけかい」
「それでいったい貴様はなんだ」
『ミスターXだ。君たちの友人であると思ってくれ』
「ええい、ふざけたことを! きさまなぞと友人になった覚えはないわ!!」
「いや待てやラムスはん。この人、ウチらの世界の言葉しゃべっとるで。それにさっきの召喚術はえらく高度や。もしかして、あれで元の世界に帰還できるかもしれへん」
『フッフッフするどいなモミジ・ルルペイア。いかにもオレは君たちを元の世界に帰すことができる』
「なんだと? だったら、さっさと帰せ」
『ラムスよ。出来るからといって、タダで帰すほどこのオレは優しくはないな。よってひとつ仕事をしてもらおう。その報酬として君たちを帰還させてやる』
「む……しゃくだが、しかたあるまい。なんだ、その仕事というのは」
「お友達なだけに、優しゅうお仕事にしてくれな。ミスターエックスはん」
『じつに、たやすい仕事だ。アルザベール城の魔界貴族および上級魔族どもを倒してこい』
「きっさまあ! ふざけんな!!」
『ヤバイ』と思って、剣にかけたラムスの手にしがみつく。
こんなバカデカなスクリーン、いくらすると思ってんだ。
「なに寝言言ってるんや、このドアホウが! そんなん出来るわけないやろ! 魔界貴族から見たら人間なんてゴミも同然。ウチらにはなんも出来へんわ!」
『落ち着くがいい。たしかに魔界貴族は、お前たちの世界では、絶対の存在にして討伐不可能。しかしこの世界は魔力の源である魔素が非常に薄い。ほぼ無い。魔法が困難になっていることは感じているだろう』
「……たしかにな。鑑定眼使うときの魔力の集中なんか難しゅう感じてる」
『そうだ。すなわち絶大な魔力をほこる魔界貴族も、この世界では大いに弱体化しているということだ。無論、上級魔族どももな』
二人は少しだけ落ち着きを取り戻す。ミスターXの話を考えるくらいには冷静になったみたいだ。
「だがな。それでもオレ様たちにはヤツラと戦う武器なり力なりがなさすぎる。主力のサクヤもこの有り様だしな」
『心配はいらん。そのための力は用意してある。出でよ真琴!』
ええっ、真琴ちゃん!?
「ガチャッ」と音がして、隣の部屋からきたのはその真琴ちゃん。
こちらの服を着てて、相変わらずの美少年ぶり。そういえば、ずいぶん会ってなかったね。
「なんでマコトはんがここに? ほんまに本物か?」
「そうやって確かめようとしない。この痴女め」
モミジが真琴ちゃんの象さんを触って確かめようとしたので、体をはって止める。
「ええっと、お昼頃こっちの世界に戻されたんです。それで今夜大変なことが起きるから、それに備えろって」
いや、真琴ちゃんをこっちに戻してどうすんの?
とても戦力になるとは思えないんだけど。
『フッ、次にくる質問はわかっているから言わなくていいぞ。【この真琴に魔界の軍勢をどうしろと言うんだ】だろう。真琴よ、咲夜の呪いを解いてやれ』
「え? あ、はい。やってみます」
真琴ちゃんは私に両手をかざして集中する。
と、私から何らかの呪力が抜けた感じがした。
目線がだんだん高くなっていき、ふと体を見ると、私の体は元の年齢に戻っていた。
「すごい。もしかして真琴ちゃんの職業の白魔法師がレベルアップしてるの?」
『そうだ。手持ちのリソースの限りレベルアップをさせた。普段は戦闘にまわることのない白魔法師も、対魔族となれば【浄化】など有効な術を使える。真琴の力をもってすれば、魔族討伐などたやすい」
「すごい! それなら強力な戦力になるね。レベルはどのくらい?」
『聞いて驚け。レベル10の教皇クラスだ。すなわち真琴の職業は【女教皇】だ』
「ええっ? 凄すぎる!」
「前々からサクヤはんがウチらの職業レベルを上げてるフシがあった。けど、じつはそれはアンタがやっていたんやな、ミスターXはん」
「そうなのか? オレ様はそんな恩恵などあったためしはないが」
「いったいアンタは何者や。神様か?」
スルドイね、モミジ。
『さて、何者かな。だがオレのことより、モミジよ。お前に頼みたいことがある。真琴は最高レベルの白魔法師としたが、それでも今夜の魔族襲来を迎えるにはまだ力が足りぬ。それに術のコントロールも未熟……というより、まるでなっちゃいない』
「まぁ、いきなりレベル10の術師になって、その力を使いこなせる奴なんておらんわな。それで?」
『そこで君に真琴の法術杖を作ってもらいたい。力の増幅とコントロールのためのな。隣の部屋に、出来る限り集めた材料を置いてある』
さっき真琴ちゃんが出てきた部屋を見てみると、たしかにいろいろな道具やら素材やらが置いてある。これって、お兄ちゃんの趣味で集めたものなのかな。
そして大型机の上には大きな杖。どうやらこれをモミジの錬金の腕で手を加えてほしいらしい。
「なるほど、大した品揃えやな。そしてコイツはウチらの世界で高位法術師の使うとるモンやな」
モミジはたんねんに杖を鑑定眼で観察する。
「これを最高の杖に仕上げることは出来る。けどな、ルルペイアの錬金鍛冶は安くないで。帰還の件とは別に報酬いただくわ」
『フッ、たしかにルルペイア家の秘術には敬意を払うべきだな。向こうの世界に戻ったら、金貨千枚を進呈しよう』
「大した金持ちやな。けどそんなモンより、今欲しいもんがある。ウチにこっちの世界の言葉や文字を分かるようにしてほしいんや」
『なに? そうか、こっちの技術に興味を抱いたか。錬金の職業らしいな』
「どや、アンタなら出来ると踏んどる。サクヤはんが、ウチらんトコの言葉自由に使っていることから見て」
『いいだろう。君にこれを与えるのは怖い気もするが……スキル【異世界言語翻訳】』
とか言っただけで何か特別なことは見えない。ま、スキルを渡すのなんて、こんなもんなんだけどさ。
「これで、ウチはこっちの言葉理解できるようになったんか? どれ」
モミジはそこらにあった雑誌を手に取りパラパラめくる。
「なんや、しょうもない話書いてんな。こっちの世界じゃ、こんな雑談も本になんのかい。上等な紙が台無しや」
『モミジ、もう魔族どもが動きだす。急いではじめてくれ』
「そやな。もっとも即席やから、本当に今夜乗り切るだけのモンしか出来んで」
「今夜乗り切れば、またその先もある。そうして命をつないでいくのが冒険者だ。くだらんことは気にせんで、さっさとはじめろ」
ラムスもいいこと言うね。
それじゃ私も明日を生きるために、今夜を全力で生き抜こうか。




