41話 逢魔が時
西新宿 雑居ビル
災害対策ベースキャンプ
偵察隊隊長の長舩は帰還後に連隊長の執務室に呼ばれた。
「長船3尉、参りました。どのような御用でしょう」
「うむ、異世界人の保護ご苦労だった。ついては、この与野田議員から要請があるそうだ」
連隊長の横で鷹揚に立っているセンセイにも敬礼をする。
この惨事が起こって早々、この議員センセイは連隊付きとして派遣されてきた。なんでも内閣の方への連絡役をになう大変なお方とか。
「よろしく長舩1尉。現在内閣官房長官を中心とした城災害対策委員会が作られている。その発足までに早急に城内および発見された異世界人の報告をまとめてほしい」
「はっ、現在彼らの諮問は通信班の丹沢3曹が行っております。丹沢本人の強い希望であり、かつ女性でありますので、問題のお嬢さんとの会話も進むと判断いたしました。明日朝ヒトマルに第一の報告書は提出させていただきます」
「その報告書には地下にあるという異世界テクノロジーの件はあるのかね?」
「いえ、それはもうしばらくお時間をいただきたく。異世界の方のお話では、そこには危険性の高いアンノウンが守護しているそうです」
「隊員への危険をさけるため、万全を期した態勢で挑むべきと判断いたしました。武装を揃え機動団の精鋭をもって地下宝物庫の制圧を行います」
さすが連隊長の判断は慎重だ。なにしろ未曾有の異常事態。急いてはならないはずだが、なぜかこの議員センセイは調査をあせっているように思える。
「うむ……私に作戦にどうこう言う権利はないがね。ひとつ現在の日本の話をさせてくれ。まず株価はドン底にまで失墜した。なにしろ首都機能が麻痺したのだ。それも未知の異常事態でだ。この先の円安は考えるのも恐ろしい」
「でしょうな。あまり聞いてはならない類のお話のようですが」
「だが一方、あの城に期待をよせる声もある。一瞬であれだけの質量を移動させたテクノロジー。その他異世界技術が地下にあるとも聞いた。もしそれに確証が得られれば、大いに投資の呼び水となる」
「ははあ、なるほど。政府の方々の考えていることは理解できました。地下探索チームの編成を急がせましょう」
私は思わず口をはさんだ。
議員センセイが日本を思う気持ちもわかるが、急いではならない理由もあるのだ。
「いやしかし連隊長。彼女の例の忠告は……」
「忠告? 何の話だね」
「はっ、次のような内容です。『日没までに出来る限り城から離れろ。日が沈むとき悪魔は城から這い出て付近の者は皆殺しにあう』以上です」
「なんだ、向こうの世界の伝承というやつじゃないのかね。まさかその話を真にうけて探索を中止にするつもりかね」
「まさか。被災者の救助もこれからですのに、現場を撤収したりできませんよ。ですが今夜は大事をとって城の探索は切り上げるつもりです。全方位の監視を行い、何があっても即応できるよういたします」
「うむ……今夜はそれで良いが、明日朝には探索チームを……」
バタンッ
いきなりドアがけたたましく開けられ、あわてた様子の隊員が入ってきた。
「連隊長! 城上層階の探索を行っていた第一偵察隊に緊急事態です。昏倒者多数。何かしらの危険な有毒ガスの危険性があります!」
やはりあの城は一筋縄ではいかないようだ。
◇◇◇
サクヤ視点
災害対策ベースキャンプ客室
自衛隊対災害本部として使っている雑居ビルからはアルザベール城がよく見える。
まさに逢魔が時。その夕映えに照らされた中世西洋風の建造物は、不気味な伏魔殿としての本性を見せつつあるように見える。
「もうすぐ日が暮れる……」
「ですね。お嬢様はよっぽど日没が気になるようで」
こう答えたのは私たち付きとしてパソコンで調書をとっている女性隊員の【丹沢さん】。
メガネをかけていて、自衛隊員にしてはジャージ姿のラフな格好をしている。
ラムスはというと退屈でソファーに寝転んでいて、モミジは丹沢さんのパソコンを興味深げに覗き込んでいる。
「その時間までがモラトリアムだからね。それより、その”お嬢様”ってどうにかなんない? むず痒いよ丹沢さん」
「名前教えてくれないんじゃあ、こうでも呼ぶしかないですよ。どうして名前を教えてくれないんです?」
「……お嬢様でいい。どうせこの場だけの間柄だし」
「やれやれ塩対応。もう少し協力的になっていただけないものですかね。こっちも有益な報告を急かされてるんですから」
「やる気がない。そっちの報告なんかどうでもいい」
「いやー言葉が通じても異世界の方とのコミュニケーションは難しいですねぇ。こっちの子が言葉を理解できてればよかったのですが。ええと、この子のお名前は?」
「モミジ。機械類や道具類には無類の好奇心をもっている子だから、そのパソコンにも興味深々なんだ」
ついでに錬金鑑定眼というチートもち。機械類なんかは視ただけで操作がわかるという能力だけど、パソコンはどう視えているのだろう。
「……へえ。この子の名前は教えていただけるんですね。自分の名前だけ教えられないのは何か理由が?」
私の名前から、お兄ちゃんのことまで調べられるのは非常にマズイからだよ。
と、丹沢さんがちょっと驚くようなことを言った。
「モミジちゃんがそんなにこれに興味お有りなら、さわらせてみます?」
「いいんですか? それって、自衛隊の通信とかにも使っているやつじゃ?」
「ヤバイ所さわりそうなら、当然止めますけどね。そちらの世界の方が、こういった機器にどう触れるのか見てみたいんですよ」
でも【錬金鑑定眼】というチート解析能力持ちのモミジだぞ。いいのかなぁ。
しかし私の名前のことを蒸し返されるのも嫌なので、モミジにパソコンをさわる許可が出たことを言う。するとモミジは嬉しそうにキーボードをデタラメに叩き始めた。
「あ、あれ? この子、アプリを順番に立ち上げている? いきなりの操作でここまで出来るなんて?」
「すっごいわーこの魔導具。こんなちっこい箱にどんだけの蔵書がいれてあるんや。千冊は超えてるやないか。うん? なんか複雑な手順な操作があんな。これをこうして……」
カタカタカタ……
「あわわパスワードが突破された!? それは開いちゃダメー! それは隊員幹部以外は閲覧禁止なのーー!」
丹沢さんはあわててモミジからパソコンを取り上げる。
「ハァハァ言葉もわからないのに、ここまでパソコンを使いこなすなんて。しかもパスワードなんてどうやって解除したの? これが異世界人の実力?」
「異世界人じゃなくてモミジの実力だからね。私でもネットゲームぐらいしかまともに動かせないし」
「ネットゲーム? どこでそれをおやりに?」
ギャーーッ!! 私って脳ミソ糞になってんの? なに自分から正体バラしてんだよ!!
とにかくマズイ。話題をそらさないと。
と、窓の外を見ると、もう日が地平線にまで来ている。
こっちもヤバイ。お兄ちゃん何やってんの?
「もう日没です。自衛隊もその他もできる限り城から離れてください。救助も探索も中止にして」
「そりゃあ無理でしょ。こっちは国民の皆さまへ奉仕が義務の公僕ですから。救助も原因究明も放り出して避難? ナイナイ。隊が社会的に死にますよ」
「社会的死は物理的死より重い……人間だからしょうがないね。まぁ自衛隊の皆さんが、私の言葉だけで撤退は無理があるね。じゃあこれだけ言っておきます。『今夜は死なないでください』」
「んじゃ今夜がヤバいとして、お嬢様とお仲間お二人はどういたしましょう。念のため後方輸送を申請しておきますか」
「私たちのことは考えなくていいです。お迎えが来ますから」
「お迎え? やっぱりお嬢様はこっちに知り合いがいるんですか。どこのどなたがお迎えにいらっしゃる?」
「…………」
「また、だんまりですか。本当に何の秘密があるのやら……うおっ!?」
と、いきなり地面に魔方陣があらわれた。
そして私の体が光につつまれる。
見るとラムスとモミジも同様で、二人ともひどくあわててる。
やっとお兄ちゃんの準備が出来たか。
「なっ? なななななんですこれはぁ!」
「これがお迎えですよ。それじゃ隊長さんによろしく。また夜に会いましょう」
丹沢さんのあわてふためく声を最後に聞いて、私たちはこの場から召喚された。




