40話 偵察隊は彼らと遭遇する
日本 西新宿
某日未明、とつじょ都心西新宿のオフィス街に巨大な西洋風建築の城が現れた。
出現地二キロ平方のビル街は圧壊。その周辺十数キロは衝撃で悲惨なありさま。被災者は十万人にもおよぶと思われる大惨事であった。
すぐさま首都防衛の自衛隊は派遣され、被災者の救助を行う。
と同時に原因究明と調査のため偵察隊が編成され、城内部の調査を行うことが決定された。
陸上自衛隊偵察中隊の隊長 長舩宗谷3尉。
彼の部隊も、現場ベースキャンプより彼の部隊を率いて正面門より城内部へ入らんとしていた。
「第三偵察中隊、これより任務に入る。手順は頭にはいっているな。我々の任務はあくまで目標建造物内の偵察。この異常事態の起こった原因を調べあげること。救助探索は行わない」
「「「了解」」」
「事前の超音波検査では壁などは脆くなくしっかりしているようだが、倒壊の兆候が表れた場合、即座に報告するように。行軍開始!」
第3偵察中隊の任務範囲は一階フロア。内部の様子を撮影しながら進むが、内部もまた西洋風の城そのものであった。
「ずいぶん年代物の造りですね。もしかして転移技術は科学的テクノロジーでなくて魔法かもですかね」
「たしかに科学が発達してるようには見えん建造物だな。問題は、これを起こした原因が見つかるかどうか。魔法となれば何を見つければ良いかわからんが」
しばらく歩き、やがて先頭を進む隊員から声があがる。
「中隊長、地下へ続く階段を発見しました。いかがいたしましょう」
見てみるとたしかに地下への階段があり、内部は出現の衝撃でも壊れず残っているようだ。
「ふむ……専門家の話では地下十メートルほどまで建造物の圧迫があるらしい。階段は無事、奥はかなりあるな。地下室も残っている可能性はあるが……」
しかし地下は強度の測定をしてからでなければ危険だ。倒壊し生き埋めになる可能性がある。
「やはりここはマーキングのみ。一階フロアの探索を優先しよう……いやっ!」
「どうしました、中隊長?」
「ここから話声が聞こえた気がした。地下の探索を先に行う。ただし深入りしない範囲にとどめ、敵性対象のみならず壁の強度にも注意し、全方警戒態勢にてすすめ」
「「「了解」」」
偵察隊はソロリソロリと階段を下り、地下の通廊を進むと、ほどなくして”彼ら”と遭遇した。
「バカな……人間だと? それも子供まで」
地下の通廊で見かけたのは三人の男女。
男は一人で、茶髪の隆々たる肉体を持ち西洋風の甲冑に身をつつみバスターソードのような剣をこちらに向けた剣士。
一人は小柄な若い女性。この世界にはいないオレンジ色の髪をしており、やたら大きな背嚢を背負っている。
最後は黒髪の子供。ある意味この子が一番奇妙で、巨大な剣を背中に背負い引きずっている。その服装も体に合っているとはいいがたく、裾も引きずっている。
「異世界人………本当にいるとはな」
「これは大発見ですね。彼らがこれを起こしたんでしょうか?」
「さて。それを聞くのも、こちらのキャンプに招待するのも、難しそうだが」
剣士の男は何やらわめいてはいるが、やはり言葉は分からない。
しかも剣をこちらに向けて戦闘態勢。
異文化との遭遇は意思疎通が出来なければ衝突となるのが悲しいところだな。
「どうします、撃ちますか? あっちの武力は男ひとり。武器も剣のみのようですが」
「いや、原因究明の手がかりの喪失は避けたい。手間でも銃剣で征圧だ」
「ですよね。腕前はそうとうデキそうですが、ここは命をかける場面でしょう。まぁデキるといってもひとり……いやまさか、あの子供もかかって来ないでしょうな。やけに大きな剣を背負っていますが」
チラリと黒髪の子供を見るが、重そうな剣をあんな華奢な子供がいかに持てるのか不思議だ。
「異世界じゃあんな子供でも達人かもだな。ともかくまずは武装解除をこころみる。具体的には武器を取り上げるんだ」
偵察隊と剣士の男。にらみ合い牽制しあい、互いにうって出んとしたその瞬間だ。
「うっ?」
大剣を背負った少女が、私たちの間に割って入っってきた。
彼女が剣士の男に一言二言話すと、彼は剣を鞘におさめた。
その少女の顔をよく見ると、明らかに他の二人とは系統が違う。
後ろの二人は西洋風の面立ちだが、その子は黒髪黒瞳で東洋風の顔。
それも中国や東南系でない、生まれた時から見慣れているモンゴロイド系だ。
まさかこの子は……
「君は日本人なのか?」
「……さぁね。その質問に答える気はないよ」
―――ザワッ
隊員たちもざわめいた。日本語だ。
「なぜだね。日本語を話しているようだが?」
「理由も言う気はない。その義務もない」
……まぁ、答えたくない質問で時を無駄にするのはよそう。
この城がこの世界に来た理由や経緯を聞くか? いや、そういった専門家たちにまかせるべき質問も今はよそう。
それより彼らがここに居た理由。いや、この先にあるものが気になる。
「君たちが来たこの先には何がある。なにか特別なものがあるのか?」
「それは――」
彼女のとまどった顔を見て確信した。ビンゴだ。
「宝物庫だよ。とある狂った魔導王が収集した魔導具が集められている」
魔導王に魔導具ときたか。やはり魔法が存在する世界からの来訪者だ。
「ほほう。では異なった世界へ行くような魔導具などもあったりするのかな?」
「おじさんが考えている通り。それはある。それがこの城がこの世界へ渡ってきた理由」
―――ザワザワッ
後ろから隊員たちの快哉をもらす声が聞こえる。
どうやら私たち第三偵察隊は大きなビンゴを引き当てたようだ。
「でも行かない方がいい。行けばたぶん皆殺しにされる。私たちは何故か見逃されたが、おじさん達は見逃される理由はない」
浮かれ気分に水をかけたように皆は静まり返った。
「誰に殺されるというのだね。宝物庫なだけに、守護するドラゴンでもいるのかね?」
「この事態を引き起こした元凶。手練れな魔人なだけに、おじさん達の武装でも倒すのは無理だと思う」
なるほど。どうやら、この先には問題のすべてがそろっているようだ。
「中隊長、どうします? 行きますか」
部下からの質問に少しばかり考えて、こう決断した。
「いや、せっかくの忠告だ。私たちだけで逸るのはよそう。まずは彼らを送り届けるために帰還。しかるのち連隊長に報告し、方針を決めていただこう」
問題の震源地なだけに、おそらくは精鋭戦闘団の派遣がなされるだろう。
キャンプに連絡をとり、異世界人の方々を連れていく旨を報告。
そののち、もっとも重要人物の黒髪の少女に願い出る。
「お嬢さん、本部に君たちの保護を頼む。ついて来てくれるかな」
「私たちのことは放っておいてくれても良いんだけど」
「さすがに異世界からの来訪者を自由にさせておくわけにはいかない。その代わり身柄の安全は保障させていただく」
「荷物もだ。私たちの持ち物を取り上げることはやめてほしい」
「了解した。では行こう」
だがしかし、ベースキャンプの帰還は簡単ではなかった。
私と話しているときの彼女はひどく大人びていたが、歩く速度はその年相応……いや、年齢を考慮しても遅い。
理由は背負っている大剣。それを引きずって歩いているせいでひどく遅いのだ。
あまり時間を無駄に出来ないし仕方がない。私はもっとも力自慢の部下に命じた。
「村松2曹、彼女の剣を持ってやれ」
「いや、これは重いから無理。私じゃないと持てない」
村松はかまわず彼女の背から剣を持とうとする。
「なぁに、自衛隊の完全装備はもっと重い。自分らはそれでも何十キロもの行軍を行えるんだよ。だから安心してまかせてもらって……ぐあああっ!?」
ズウウウンッ
「村松2曹!?」
彼が大剣を持った瞬間、重そうな音がして、それに押し潰されるよう後ろへ倒れた。
「ぐはあああっ、なんだこの重さは! 中隊長、助けてくださいいいっ!!」
すぐさま私ともう一人が両脇から大剣を持ち上げようとこころみるも、二人がかりでも本当に重い。ほんのわずか動かせるだけで、とても移動させられるものではない。
「だから言ったのに。もはや”お約束”ってやつだね」
彼女は柄を握ると軽々「ヒョイ」と片手でそれを持ち上げた。
「なんだ、この子は?」
「別に私が人間ばなれした力持ちってわけじゃない。これは私以外の者がふれると、本来の重さに戻ってしまう剣でね」
どうやら彼らを中世時代の原始人とみるのはやめた方がよさそうだ。
彼らは思いもよらぬテクノロジーをもっているようだ。




