39話 ヨチヨチ歩きのサクヤ
お兄ちゃんとの会話を終え、ため息をついてスマホを懐に入れた。
小さくなった自分の手やら足やらを見ると、たよりない事この上ない。
さっきまで硬く閉ざされていた宝物庫の扉は全開になって開いている。
ルルアーバは本当に私たちをこのまま見逃すつもりらしい。
「では、ご無事で生き残ってください。魔族の解放は日没後といたしましょう。それまでに出来るだけの手をうってください」
「くっ」
「フフッ悔しいでしょうが、今のサクヤ殿には拙者を止めることは出来ません。その体ではね」
私はヤツが使った魔道具の力で十歳くらいの子供の姿にされてしまったのだ。力が子供並みになっただけでなく、剣術スキルその他も使えなくなってしまった。
ただ一つ幸いなのは、メガデスが軽く感じるところだけは以前のまま。どうやら契約だけはこの呪いに影響を受けないらしい。
「【追憶のヴェルヴェローズ】。これは過去の自分の姿へと変える魔導具です。これは魔法とは別系統の呪いの類なので、ここでも使えるわけなのですよ。お年を召したご夫婦が若い頃にもどりお楽しみになる、というのが本来の使い方でありますがな」
奴は自慢げにそのアーティファクトの薔薇の蕾の枝を見せつける。
私に使ったときは綺麗に咲いた虹色の薔薇だったが、いつの間にか蕾になっていた。
「さて、これが再び使えるようになるのはまた咲いた時。サクヤ殿が戻る頃には間に合いませんので、また別の手を考えねばいけませんなぁ」
くそっ、もう二度とハメられないからな!
「ひとつ教えておきましょう。先ほどはサクヤ殿が拙者の不意を突いて、抜剣をしかけた……のではありません。拙者がサクヤ殿に抜剣をしかけさせたのですよ」
な、なんだって!?
「生かしておけない危険な悪を演じれば、故郷思いのサクヤ殿は拙者を討ちに動く。あとは拙者の用意した罠へご招待。というのが、先ほどの一連の流れの真相なのですよ。フフフ」
アタイ悔しい。危険な悪に騙されて、こんな体にされて。ビクンビクン。
そんな私の手をモミジは引っ張る。
「サクヤちゃん、泣いとらんで行こう。とにかく日没までになんか手ェ打たな」
なんで呼び方が”ちゃん”に変わってるんだよ。よけい泣いちゃうぞ。
「だな。この世界の住人のお前が頼りだ。今は引くしかあるまい」
そうだ、ラムスとモミジのことも考えなきゃならない。
今は一刻も早くここを出ることがやれるすべて。
それでも、一縷の望みを持たずにはいられない。
「ルルアーバ……本当にやるつもり? この世界のことを知りたいなら、案内くらいしてあげるけど。乱暴なやり方でないなら、私も協力していい」
「フフフ、拙者の知的好奇心がその程度で満足出来ないことはよくご存知でしょう。だから説得より先に討ちにきた。ちがいますかな?」
……そうだったね。
ザルバドネグザルは、ただ魔界を知りたいがために、自国を滅ぼし何百万という人間を殺めた。
その彼と同一の存在がルルアーバなら、平和的な解決なんて出来るもんじゃない。
「つまらないことを言った。じゃあ行くよ」
「ああ、サクヤ殿にかけられた呪いですが、さほど長い効果があるわけではありません。時間にして、おそらく――」
しかし、奴は思い直したように言葉を止めた。
「いや、教えない方が面白そうですな。では、次に会う時までご壮健で」
この野郎……教えろよ! 私はちっとも面白くない。
最後までムカつかせるルルアーバを後に残し、私たちは宝物庫を出た。
「ええいサクヤ。いくら小さくなったからと言って、遅すぎだぞ。もっと早く歩けんのか!」
「ううっ歩行スキルもなくなっちゃった上、メガデスが邪魔で歩きにくいんだよ」
メガデスは元々私の背丈ほどもある大剣。なので背の縮んだ今の私が背負うと引きずってしまうのだ。
もう完全にヨチヨチ歩きの赤ちゃんだよ。
「それだけはウチらが持つわけにもイカンしなぁ。ま、ゆっくり行くしかあらへん」
「まったく。こんなじれったい歩き方は性に合わん。城の入り口まで先に行っているぞ」
と、ズンズンとラムスは先に行ってしまった。
が、すぐに戻ってきた。
「おい、城の入り口に、妙な緑のまだら模様の兵隊らしき一団が陣取っていたぞ。あれはお前の国の兵士か?」
自衛隊だ! マズイな。もうこの城の探索に取りかかっているのか。
入口に陣取っているんじゃ出られない。
それに歩いているうちに思い出したけど、ラムスとモミジははお兄ちゃんが創造神だった時に造った世界の一部。つまり被創造物。
創造神ルールで、お兄ちゃんは触れちゃダメじゃなかったっけ?
しかたない。さっき話したばかりだけど、こうも状況がキビしくなったんじゃやむを得ない。
ラムス、モミジと距離をとって、もう一度お兄ちゃんに電話をかけた。
「――と、いうワケ。なんか自衛隊の部隊みたいのが城の入り口に居て、外に出られないんだよ」
『うーむ、自衛隊の探索がもうはじまったのか。スキルの使えない咲夜では、くぐり抜けることは出来んな』
「それとさっき言い忘れていたけど、ラムスとモミジも来ているんだ。この二人はお兄ちゃんの創造神時代の被創造物だから、お兄ちゃんは触れないルールじゃなかったっけ?」
『その通りだ。オレが二人に接触した途端、消える可能性もある。うーむ、そっちも厄介だ。……よし、咲夜。お前ら自衛隊につかまれ』
「ええっ?」
『こっちもそれなりに準備が必要だ。いったん自衛隊の保護下にはいって時間を稼げ。こっちの準備が出来次第、三人とも呼びよせてやる』
「わかった。でも急いで。日没になったら魔族どもを解放するって、ルルアーバは言ってたから」
『それは未来視で知っている。オレは朝から全力だ。それと、つかまった後はお前は名前は言うなよ。お前の名からオレのことを知られたくはないからな』
ちょっと面倒だけど、それはまぁいい。でも夜になったら魔族どもが襲ってくることは言わないと。
「ラムスとモミジは? 私のことをを聞かれるかも」
『あの二人には、こっちの世界の翻訳言語スキルをあたえていない。会話は出来ないから心配はない』
ふうっ、前途は多難だな。
お兄ちゃんはどうやって魔の夜に立ち向かうつもりなんだろう。




