38話 サクヤからの遺言【岩長視点】
日本 首都近郊
その日、日本は大きな衝撃につつまれた。
何の前触れもなく首都の一角に、西洋建築の巨城が出現したのだ。
そこにあったオフィスビル群は押し潰され破壊され、そこにいた数千人の安否は不明。
もっともほぼ絶望だろう。
オレはとある雑居ビルの屋上にて、巨城と右往左往する連中の様を見ながら、スポンサー主としてエロゲ会社社長のうぐ崎へ電話対応だ。
『いったいあれは何です。本当にあんなモノがいきなり現れたりしたんですか?』
「ああ、ニュースがこんな嘘をつくはずもなかろう。それでスタッフはどうだ。みんなそっちに居るのか?」
『ええ。そりゃ日当百万の仕事なんてふられたら、場所が四国だろうとみんな来てしまいますよ。いったいどういう仕事だったんです?』
「悪いがその仕事はなくなった。だが約束の金は臨時ボーナスとして支給するから心配するな。その金で観光でもして楽しめ」
『そっちが心配で楽しむどころじゃないですよ。で、帰れないんですけど? 列車はどこも運休で、首都圏への復旧は未定だとか。家族を心配してるスタッフはどうしたら良いんです?』
「悪いがオレは金持ちだが、列車の運休をどうこうする権力はないんでな。ま、おとなしく復旧を待っていろ。じゃあな」
『あ、待って野花さ……プツッ』
よしよし。計略通りアリサソフトのスタッフはみんな四国へ渡ったようだな。
海を挟んだ先なら簡単には戻ってこれないだろう。とりあえず連中の安全は確保したと見ていい。
連中は優秀なリソース回収職人だからな。
あのクソ城に巻き込まれて喪失するのは避けたかったのだ。
「さてと。この件を利用して空売り攻勢をしたが……フム、七十億のもうけか。これを最安値で買い戻せば五十億ほどの利益だな。当然税金はヤバイもんになるから、あちこちのダミー会社に分けて……」
――ハッ! いかん。あまりに株式の乱高下がオイシイんで、つい画面に引き込まれそうになってしまった。
資金集めはこのくらいにして、あの城の対策もちゃんとやらんといかん。
武器なんかは裏から手配したものがかなりあるが、そのままでは魔界の住人相手にはあまり効果はない。
リソースを使えばオレでも聖別はできるが、できれば本職の聖職者か錬金術師なんかがいればいいのだが。
「ったく、ザルバドネグザル以外にこんなブッ飛んだマネする奴がいるとはな。おそらくは魔人王配下だった残党のどいつかだろうが」
オレの未来視によれば、あの中に居る魔界の住人どもが解き放たれるのは日没後。
無論、あの城に群がっている自衛官やらマスコミやらは全員生きてはいられんが、それをどうこうすることは出来ない。
「くそっ。やはり咲夜は居てほしいが、連絡がとれん」
ま、とれてもリソース不足で、あっちの世界から召喚することは出来んがな。
魔界の住人に対抗できるただ一つの武器にリソースを食いすぎたせいだ。
「もう一度サクヤにかけるか。あっちの事情が知れれば、なにか、つかめるかもしれんし」
数度のコール音の後、「ガチャ」と通話が開かれた。
『もしもし、お兄ちゃん?』
咲夜が出た!!?
「咲夜! いったいそっちで何が起こっている? こっちは今大変なことが起こっているのだぞ。そっちにあるドルトラル帝国の皇城だったアルザベール城がこっちに来ているのだ!」
『うん、知っている。ゴメン。私がハメられたせいで、こんなものをこっちに来させちゃって』
「この事態はやはりお前が関わっているのか。それで? お前はどこでどうしているのだ」
『場所はアルザベール城の宝物庫。そこで、その……』
「待て。アルザベール城内だと? あそこは魔力完全遮断結界があって、魔力通話は出来ないはずだぞ。なのに通話ができるだと? ……そうか、同じ日本だったな。魔力通話でなく、通常の電話回線でお前につながったのか」
ともかくあのクソ城にサクヤが居ることは不幸中の幸いだ。
同じ世界なら、召喚するリソースも少なくてすむ。中の様子も知れる。
「とにかくアルザベール城から出ろ。召喚でこっちに呼んでやる。合流して事態にそなえるぞ」
『それもゴメン。たぶん私は今から死ぬ』
―――!?
「なんだと!? 声を聞いた限りでは、とても死にそうに思えんぞ。いったいどうした?」
『これを引き起こした奴に、またまたハメられちゃったんだよ。で、戦うことが出来ないカラダにされちゃってね。なぜかスマホに出ることは許してくれたから、遺言は残せそうだけど』
そうか。もうすでに元凶に勝負を挑んだが敗北したと。
チートガン積みでドラゴン並みになっている咲夜に勝つなんて、とんでもない奴だぞ。
「そいつの隙をついて逃げることは出来んのか? ずいぶん甘い奴のようだが」
『いや。一見隙だらけなようだけど、油断ならない奴なんだ。さすがに逃げるのを許すほどの甘さは――』
――『かまいませんよ、行きなさい。拙者は追ったりいたしません』
「……今、声が聞こえた奴がそうか? 逃亡を許すどころか、見逃すほどの甘い奴……のようだが?」
『……そうみたいだね。私もおどろいている。』
「とにかくだ。そういう事なら城から出ろ。お前の状況も含め、合流して事態を解決しよう」
『うん、城から出たらまた連絡するよ』
そうだ、咲夜の声を聞いてから感じた違和感について聞いてみるか。
「咲夜。最後に聞きたいんだが、お前、声が若くなってないか? それともオレがジジイの年齢になって、そう聞こえるだけか?」
『そう聞こえるのは間違いじゃないよ。ヤツが魔導具を使って、私をこんな姿にしちゃったんだ。おかげで剣術スキルも使えなくなっちゃったし』
「…………なるほど、状況は理解した。ともかく手をまわす。待っているぞ」
咲夜との通話を切ると、タバコを一服して気を落ち着かせる。
咲夜を呼ぶことができそうなのは良かったが。
だが、思ったほど楽にはならなそうだな。
高位魔族に加えこの事態を引き起こした元凶。
果たしてヤツラを倒すことは出来るのだろうか。




