37話 道化師の仮面の下
祭日がヒマなので一日で書いてしまいました。
いよいよルルアーバの正体が明かされる回。設定は五章前に考えていたのに、ずいぶん引っ張りました。
―――ガゴォォォォンッ
巨大な無情の扉は、閉まりきるとただ無言でそびえ立つばかりだ。
結局ラムスを見捨てることは出来ず、私たちは扉の内側にとどまった。
閉ざされた扉の前で地団駄をふむしか出来ない。
「くそおおおっ、サクヤ、扉をブチ破れ!」
「あかん! 城は今、世界線越えて次元の海ただん中や。いま外に出よったら、次元の海に放り出されてシマイや!」
「つまり、私たちだけ魔界へ遠征の足が延びることが決定したわけだね。こりゃ帰れるのはいつになることやら」
――「フフフ。サクヤ殿にとっては、今この時が帰る時とあいなりましたがな」
「シュルリ」すべるように私たちのもとへ来るは、仮面の道化師ルルアーバ。
それにしてもコイツ、城が魔界へ行くと知りながら何故とどまっているのだろう?
「ルルアーバ。アンタはいったい何がしたかったんだ」
「いやそれより、さっきの意味は何だ? なぜサクヤにとっては『帰る時』となるのだ?」
「先ほどの操作で聖者の石から抜いた位置情報。じつはそれはサクヤ殿が持つ魔導具が、常に送受信している先を記憶させたものなのです。であるからして、行き先は魔界ではなくその場所」
私の持つ魔導具って、まさかスマホ?
それが送受信してる場所ってことは、つまりこの城の行き先は……
―――やられた!!!
「ソージュシン? なんなのだ、それは。行き先が魔界でないとすれば、オレ様たちはどこへ行くというのだ?」
「石の中の位置情報の出所はサクヤはん? ってことは、まさかサクヤはんは……!」
ああ、くそっ。とうとう仲間にそれを知られちゃったな。
「ああ、そうだよ。私は別の世界から来た異世界人なんだ。どうやら行き先は私の故郷の世界らしい。でも――」
何やら質問攻めをしようとっした二人をあえて手で制し、そして見事私をハメた道化師にメガデスを向ける。
「私の持つスマホのことも、それが送受信している先の世界のことも、それを知るのはこの世界でただ一人……今もララチア山で死に続けているあの男しかいないはずなんだ」
初めて会った時から、コイツには嫌な予感と不安を感じていた。
”あの男”を思わせるおそるべき宿敵の気配も。
「彼から聞いた? いや、君はスマホの存在の確認すらしなかった。私がそれを絶対手放さず持っていることを確信した上で策を実行した」
どんなにあり得なくとも、私にはもう道化師があの男としか思えない。
「そろそろ答え合わせを願いたいな。”君は誰だ”?」
「フッ……約束でしたね。『聖者の石を渡していただければ拙者の正体を明かす』渡してはいただけませんでしたが、目的であるあなたの故郷の世界線の位置は知れたので、賞品授与といきましょう」
奴は仮面をつかみ、今度こそゆっくり外してゆく。
そのさらした素顔は――
「なんだ、ただの若い兄チャンではないか。そんなつまらん面をもったいぶって隠しおって。まぁザルバドネグザルなど、あり得るはずもないがな」
「せやな。けど、あんまり人間っぽくて、ウチは逆に驚いたわ。魔人はんやから、もっと魔物っぽい顔してんのかと思っとったわ」
そう。ルルアーバの素顔は、あまりに人間らしい若い男の顔。
されど私はその顔を凝視して、やはりあの男を感じた。
「――似ている」
「あん? なにがだ?」
「ザルバドネグザルの面影みたいなものがある。たぶん奴が若いころは、あんな顔だったんじゃないか?」
「そうなんか? ウチは帝国の大元帥だった頃のジイさんの顔とか、知らんのやけど」
「フッフッフさすがサクヤ殿。良い目をお持ちです。いかにもこの顔、姿形はかつてのザルバドネグザル様の人であった頃若かりし日のもの。見た目だけでなく、中身も能力も寸分たがわず彼そのものに創られております」
「気配が同じなのはそのせいか。『創られた』ってことは、見かけはそれでも魔法生物なんだね」
されど奴がザルバドネグザルそのものと思われたのは、それだけが理由じゃない。
「でも記憶は? スマホのことは”教えられた”って感じじゃなく、前に戦ったときの経験を元に知っていたようにしか思えないんだけど?」
「その質問は拙者が創られた経緯に関係します。かつて魔人王陛下が治めていた頃。大勢の死んだはずの人間がよみがえる事件が起こりました。ゾンビのようなものではなく、正真正銘生きた人間。しかも死体すら無くなった者までも」
ああ、お兄ちゃんが創造したコピー世界と魔人王が支配したオリジナル世界が融合した日のことだね。
「む? たしかにそんな寝言を言う奴が大量に出た日があったな。あれは何だったのだ?」
「ウチも仲間やら友達やらが死んだ日々の記憶があるわ。ちゃんと生きとるはずなのにな。それにウチ自身も死んだ気が……」
「フッ、かつての世界を知らぬ者、記憶のみが存在する者。この事件の反応は人様々ですが、サクヤ殿はどうお感じですかな?」
その真相を知っている者だよ。
どうにもヤツの目が私を探っている気がする。深く踏み込ませないで先をうながそう。
「わざわざ言うってことは、その事件は魔人王のザルバドネグザルをしてかなり悩ませたらしいね。それで?」
「左様。魔人王陛下も体験したはずのない記憶を持つようなられました。そして異常事態を解く鍵は、その記憶にあるとご考察なさったのです」
「ははぁ、わかってきた。だから人間だった頃のザルバドネグザルが必要だったんだ」
「ご賢察お見事です。陛下はそのあり得るはずのない記憶を切り離し、拙者の記憶としました。肉体はかつてのザルバドネグザル様そのものであるため、その記憶を自分のものとして思考と想像に使うことが出来るのですよ」
「だけど人間だった頃のものとはいえ、ザルバドネグザルがもう一人出現するのは都合が悪い。トップがもう一人生まれることになりかねない。だからこその道化の恰好か」
「さらには宝物庫の番人を命じ、他の者に目を触れさせないようなさいました。そしてこの完全密室の中で、拙者にこの記憶の諮問を行ってらしたのです」
それが魔人王専属道化師ルルアーバの正体。
しばし奴の説明を飲み込んで考えたが、まだ聞かなきゃならない事があるのを思い出した。
「それで? 君のことはわかったけど、これから何をしようっていうんだ。私の故郷の世界に行くようだけど、その目的は?」
「かつて魔人王陛下はサクヤ殿を軍門に迎えなさろうとなさいましたね。この世界の支配を譲ってまで」
これには黙っていたラムスとモミジもビックリ。
「ええっ! 嘘やろ?」
「本当か、サクヤ!」
「まぁね。もっとも私は奴を許す気はなかったし、何より目的が私の世界への侵攻だって気がついて――あ」
そうか。ルルアーバの目的なんて、アイツがザルバドネグザルと同一存在だと知れたら聞くまでもなかったな。
「目的は私の世界への侵攻か。で、その兵隊が上の魔族というわけか。だけどヤツラは魔界貴族に上級魔族。人間と同レベルの力しかないアンタに従えさせらるモンじゃないだろう」
「本当に察しがよろしくて喜ばしいことです。目的はあくまでサクヤ殿の故郷を知ること。魔族はそのためのかく乱なのですよ。これは魔人王陛下のご意思。陛下は自身の復活よりその世界を知ることを優先なさっておられるのです」
なるほど、ザルバドネグザルらしい考えだ。
自分の身より知識欲を優先なんてな。
「何より拙者自身がその世界を知ることを深く所望しております。かの世界の文化。わずかにしか見ることかないませんでしたが、高い技術と創造性を持つ世界と一目でわかりました。かの世界を味わいつくすことこそ、我が願い―――おっと」
「ビュンッ」と奴に抜剣で斬りかかるも、スルリとかわされてしまった。
くそっ、甘かったか。
「あんなものを私の故郷に解放されたんじゃ、たまったもんじゃない。ルルアーバ、向こうに着く前に死んでもらう」
「フフッ、さらに出来るようになられましたな。『そろそろ来るだろう』と予想してなければ、かわせませんでしたよ」
要するに奴は、知識欲の怪物【ザルバドネグザル】そのものという事だ。
その知識欲で日本をメチャクチャにされる前に、ここで決着をつけてやる!
。
C選択のルートを、さりげなく外した意外性の男ラムス。
チートを持っていないからこそのファインプレーというのもあるんですね。




