34話 宝物庫に眠る希望
目のまえの魔界貴族の存在とルルアーバの言葉で、戦慄に固まる私たち。
「はっはっは、拙者の不用意な発言で場を悪くしてしまいましたな。どうぞ、ドルトラル名産ラシモール茶です。香り高く心を落ち着かせるのに最適ですぞ」
ルルアーバは手際よく、魔界貴族の前にしつらえたテーブルに人数分のお茶を並べていく。さながら熟練の執事のようだ。
「よこせ。ゴクゴクゴク……ぷはぁ、もう一杯」
「ちょっ、ラムス! 魔物からの食べ物飲み物は食べちゃいけないんじゃなかったの!?」
「ああっ、しまった! 飲んでしまった!!」
「ウチの鑑定眼で見たところ、ただのお茶や。魔力測定その他の検査でもヤバイもんは入っとらん」
ふうっ、モミジの鑑定ではお茶に仕込みはないようだ。それはともかく―――
「そういう事か、ルルアーバ」
私たちの前に姿を現して以来、交戦するでもなく目的不明でつかみどころのないまま馴れ合ってきた道化の魔人ルルアーバ。
だけど、やはりとんでもない奴だった!
「つまり『コイツの封印を永続させるためにも魔人王を解放しろ』。そう言いたいわけだね」
ザワリ……
「そんな……またアレが復活したら人間世界は終わりです。せっかくここまで復興したのに」
「くうっ、人間が魔界貴族に滅ぼされる地獄か、魔人王に滅ぼされる地獄か。どちらがより良い地獄かを選ぶだけの選択だなんて!」
「さすが魔人王の隠し玉。なんちゅう絶望的な選択をせまるんや! まさに悪魔の選択や!」
ノエル、アーシェラ、モミジの顔は真っ青だ。彼女らはもう一つの世界の魔人王との絶望的な戦いの記憶を持っているせいだ。
しかしこんな絶望的な状況だけど、私には”お兄ちゃん”という元創造神のチート知恵袋がいる。
こんな『どちらの地獄を選ぶか』なんて悪魔の選択なんか選んでやらない。
コイツの手の内で遊ばれてなんてやるもんか。
絶対に、この城の魔界貴族も魔物も魔界へ送り返す、第3の選択を見つけてやるからな!
「ですがご安心ください。魔人王陛下を解放せずとも、この危機をはねのける方法はあります。あるのです!」
はい? いや、それを探そうと思っていたんだけど。
どうして君がそれを教えちゃうの、ルルアーバ?
「人類の未来を守る希望、それはここの地下、宝物庫にあります。それがあれば、魔人王陛下からの脅威にも魔界貴族からの脅威にも人類は救われるのです!」
「「「おおおおっ!!」」」
お前はその魔人王側の魔人だろう!
私たちに絶望をつきつけ追い詰めるのが役割のはずなのに、希望なんか示してどうすんだ!
「そうだ、宝物庫といえば!」
あ、ゼイアードが『宝物庫』というワードでアレを思い出した。
「なぁルルアーバ、その宝物庫にはまだ帝室財宝はあるのか? 帝国が征圧した国々から集めた莫大な財宝が!」
あのね。君、何か間違っていない?
どうしてこんな見えている絶望がある前で、金銀財宝なんか心配出来るの?
そんなもの、まったく無意味になっちゃうかもしれないのに。
「ああ、宝物庫にところ狭しと積み上げられていた金銀財宝ですか」
「そうだ、それ! そいつはまだ、そのままあるんだろ?」
「魔人王陛下は自分の研究をそこに置きたいとお考えでしたが、それらが邪魔でしてな。そこにユリアーナ殿が引き取ることを名乗り出たのですよ」
「な、なんだと?」
「ええっ?」
あ、ゼイアードとアーシェラが面白い顔になった。
どうやら二人とも自分の主人から、いっぱい喰わされたっぽいね。この様子じゃ。
「そこで魔人王陛下はユリアーナ殿に空間魔法による蔵を授けましてな。莫大な財宝はそっくりユリアーナ殿が持っていかれましたよ」
「そんなバカな! この城の帝室財宝の話は、ユリアーナ様から出たはずなのに!?」
「ちっきしょおおおお!! あの女ギツネ、やりやがったなあああああっ!!!」
どうやら帝室財宝の話はユリアーナの策だったみたいだね。
私たちはまんまと乗せられて、こんな所に来てしまったという訳だ。
「さて、話を戻しましょう。今現在、宝物庫はとある魔導具が置いてあります。それこそが人類の希望! それによって、この魔界貴族を魔界に送り返すことが可能なのです」
「「「おおおおっ!!」」」
みんなは一斉に感嘆の声をあげる。
でも、絶対それって君が言うセリフじゃないよね!
さっきは『コイツの目的がわかった!』なんて思ったけど、さらに意味不明なヤツになってしまったよ。
『そういう事か、ルルアーバ』なんて真面目な顔で言ってて恥ずかしい。
とにかくこの流れはマズイ。
「みんな、いったん集まってくれ。ここらでみんなの意見を聞いてみたい」
悶えるゼイアード以外の皆でルルアーバから距離をとってさっきの話を考える。
「うーむ。この話が奴以外の口から出たのなら、喜ばしい事なのだが」
「アイツの目的がわからない。ボクたちをここへ招いて、人類を救って、アイツに何の利益があるというんだ?」
「まぁ、とにかく宝物庫の人類の希望の魔導具とやらを見てみようや。ウチの錬金鑑定眼なら、未知の道具でもバッチリ機能をはかることが出来るで」
「あの、でも大丈夫でしょうか。地下の宝物庫だと、罠だった場合逃げ場がありません。私の転移魔法も使えないのに」
「そうだね。地上なら最悪壁を壊して逃げられるけど、地下だとそうはいかない。宝物庫だから、より頑丈に造られているだろうし」
とにかく、その魔導具の存在を確認しないと始まらない。宝物庫の中に罠があるかどうかの確認も。
ここはチートガン積みの私が虎の口に入る場面だろう。
「みんな、ここは私にまかせてくれ。まずは私だけで宝物庫へ行く。最悪罠でも、私なら噛み破って逃げてみせるよ」
「サクヤ、やってくれるか。よし、決まりだ」
「みんなはいったん皇城閣を出て外で待機しててくれ。万一の時はノエルの空間転移で逃げてほしい」
「ええっ! サクヤ様を待ちますよ」
「ダメだ。ここの情報を持って帰れないで全滅が一番マズい。私は何とかするから」
話を切り上げると、私だけルルアーバの所に向かう。
「それじゃルルアーバ、さっそく宝物庫を案内してくれ。だけど、まずは私だけでその魔導具を見せてほしい」
「かしこまりました。では、サクヤさまをご案内いたします」
その仮面の奥がニヤリと笑ったような気がした。
正直そこに罠のひとつでもしかけられてば、と思う。
この道化の目的も正体も何もかもが見えないのが、どうにも居こごち悪くてしょうがない。
果たして宝物庫に待つのは希望か嘘か。
私とルルアーバは地下への階段を下り宝物庫を目指すのだった。




