33話 魔界貴族
ゴクリ……
あの仮面の下。それは本当にサルバドネグザルなのか……
が、奴の手は仮面を外すことなく「スッ」と上にかかげられた。
あれ?
「――と、聞いたからといって質問に答えるとは限りません。その質問には覚悟が必要です。わが魔人王軍でも最重要の機密に類するものですからな」
「何を寝ぼけた事を言っている。魔人王軍はとっくに壊滅しておるだろうが!」
「ええ。ですからその質問には、特別に代償をいただけたならば答えることにいたしましょう。それでいかが?」
「ふーん。それって私の命?」
「いえいえ、そのような紳士にあるまじき要求などいたしません。私が要求するのは、サクヤ様の所有しているもの」
あ、ここで対決の流れになるかと思ったけど、違うのか。
「バーラウムより奪った【聖者の石】。それで拙者の正体と、魔人王軍での役割をお話いたしましょう」
「聖者の石……あれか」
バーラウムを倒した時に手に入れた魔物操作の石。
あれはメガデスでも破壊できないほど硬く、かといって置いておけば、また使われて魔物の群れをけしかけられる可能性があったので持ってきたものだ。
「また、あれで魔物の集団とかけしかけられたら、かなりピンチだよね。渡せないな」
正直このルルアーバの正体とか目的とかは、かなり知りたいんだけど。
「ご返答はまだけっこうです。ご返答はこの城の案内の後、その聖者の石の使い方を知ってからいただきましょう」
そう言ってルルアーバはさっさと城の奥に歩きはじめた。
あわてて私たちもついていく。
どうにも嫌な感じだ。奴の予定通りに事を進められているような気分だ。
とはいえ、このアルザベール城の調査は遠征旅団の任務。しばらくは奴について行って調査を進めるしかない。
「あ、あれ?」
「ノエル、どうしたの?」
「警戒用の防御魔法が消えちゃいました。それに魔法も発動できません」
「ああ、言い忘れておりましたが、この皇城閣の中では魔法はいっさい使用できません。とある理由で強力な魔法封印結界が城全体に施されているのです」
なんだって! だったら、いざという時にノエルの転移魔法で逃げ出す事は出来ないのか。
こりゃ、ハメられて囲まれたらヤバイな。
警戒レベルを引き上げながら進むことにしよう。
「なんだ、やけにバケモノの石像があるな。魔人王の趣味か?」
ラムスの言う通り、城の中にはやけに像が置いてある。それも悪魔とか魔物とかの類のものばかりだ。
……いや、この像一体一体から魔力を感じる。外からもわかる魔力の源はこの像からだ。
まさかこれは……
「みんな、気ィつけいや。ウチの鑑定眼で見たところ、この像はみんな生きとる。そしてこいつら、みんな魔界の住人やで。かなりレベルの高いヤツのな」
「ご慧眼ですな。この像はみな、魔界より呼び寄せた魔物なのですよ。さすがの魔人王陛下も従えさせらっれたのはレッサーデーモンクラスまで。このグレーターデーモン級は手に余る存在のため、こうして像にして封印なされているのです」
「なるほど。外はあんな有様やのに、この城の中がまったく綺麗なのはおかしいと思ったが、そういう事か。こいつらを目覚めさせるのを恐れているわけやな」
「左様。彼らが封印を破り這い出てしまえば、ここいらで暴れている魔物なぞ、みな駆逐されてしまうでしょうからな」
つまり人間もだね。
「コイツはすごいお宝や! 魔界の中級悪魔なんてモンの姿や計測なんて出来るモンやないで!」
モミジは自家製の端末らしきもので片っ端から像を写したり計測したりしている。
「フフ……あのお方は若い頃のザルバドネグザル様によく似ている。昔、彼は魔界にその知識欲を向けられましてな。魔界への転移方法を見つけると危険もかえりみず向かい、さまざまな力を手にしたのですよ」
なるほど。それが奴が傑出した魔法師だった秘密か。
しかしザルバドネグザルの過去を知るコイツはやはり……
「あ、あれは……」
城の中階あたりの広間に、見覚えのある魔物の像を見た。
「カオスアイ。こんなにたくさん……」
ララチア山の決戦で見た魔界の高位の魔物。
コイツらの遠距離光線はかなり手ごわく、要塞が追い詰められたのは苦い思い出だ。
「おおっ! コレがカオスアイ! こんな姿見るのさえ出来んかった高位魔物も、こうして監察し放題やなんて。ザルバドネグザルに感謝しそうやわ」
またまたモミジはかぶりつきでカオスアイの観測を始める。
「無邪気なもんだ。コイツらの封印が解けたら、ゼナス王国はマジヤバイってのに」
ゼイアードの言う通りだね。けど、この機会にコイツらを調べるモミジもまた正しい。
万一人間の軍がコイツらと戦うことになったら、この資料は大いに役立つはずだからね。
「カオスアイもまた魔界の上位に位置する魔物。完全な支配は難しいものの、人間軍を一掃するのには便利なため、ときどき何体かは封印を解いて直接支配しつつ引き連れておいででした」
とまぁ、封印された魔界の魔物見物という信じられない体験をしながら、やがてひと際立派な扉付の大広間前へと到着。
「樹冠榮譽の間……ここにも魔物が封印されているのか?」
「アーシェラ、この広間は何なの? 何か特別な広間みたいだけど」
「皇帝陛下謁見の間だよ。陛下からの栄誉をさずかる時にはここで受けるんだ」
ああ、そういやゼナス王城でもそういうのはあったな。
「フフ……ここにはただ一体だけ封印されております。あのお方を皆さまに披露いたしましょう。この間に御座するにふさわしい、どこまでも尊く深淵なる高貴に満ち溢れたあのお方を」
やけに持ち上げるね。
つまり、それだけヤバイ魔物ってことだね。
ギギィ……
「こ、これは!?」
「な、なんちゅうデカさや!」
皆が絶句するほど、その異形は巨大だった。
広大な皇帝謁見の間のほぼ全域を占める巨体。しかも、そのかんじる魔力は圧倒的にヤバイものだとわかる。
姿は、蜘蛛の体に人、牛、蛙の頭がついており、尾部に蠍の尻尾がついたキメラだ。
「な、なぜこれほどのヤツの魔力を感じなかったんだ? まったくコイツの存在を感じなかったのに」
「この皇帝謁見の間全体が強力な封印結界になっているからですよ。それくらいでなければ魔界貴族を封印など出来やしません」
「き、貴族!? 嘘やろ、いくら魔人王の力が絶大やからって、魔界貴族なんてモンつかまえて封印なんて!」
魔界貴族とは、魔界を支配すると言われる暗黒世界の神。
その一柱でも世界に這い出てきたなら、世界は魔界に変わるとも言われる禁忌の存在だ。
「長年の魔界研究の賜物ですな。かの存在を人間だった頃から調べ上げ、魔人となった力でかの者をこうしてこの世界に呼び寄せ無力な形にまで留める事に成功したのですよ」
みんな絶句してこの規格外な存在を見上げる。
やがてアーシェラはポツリと言った。
「サクヤは……よくそんな奴を倒せたね。魔界貴族を捕まえるなんて、人間とは次元の違う存在だよ」
いや、魔人王を倒したのは私じゃなくてお兄ちゃんなんだけどね。
「ルルアーバはん。ここの封印、大丈夫なんやろな。万一にもコイツが目覚めたら世界は終わりやで」
我にかえったモミジはさっそく魔界貴族の観測を開始。質問はしても手はとめない。
「大丈夫ではありませんな。この封印は魔人王陛下の存在と同調しております。そしていかに魔人王陛下が絶大な魔力を有しているとはいえ、いずれは不死身の力も尽き終焉を迎えられるでしょう。その時こそ……」
世界の終焉!? この世界は終わりが約束されていた!!




