32話 アルザベール城に待つ道化
「見えてきたね。あれがアルザベール城か」
ドルトラル帝国帝都の外苑の村にたどり着いた私たち。しかし、そこからすら見えるアルザベール城の巨大さには、ただただ圧倒されるばかりだ。
「やっぱり大陸の覇者だった帝国の皇城。とんでもない大きさやな」
「うん……あのお城は雄大で壮麗で、いつも帝国の巨大さを見せていた。あの城だけ見てると、まだ帝国が滅んだなんて忘れそうだよ」
「だな。あの城に登れる身分になった時ゃ、自分があの城みたいにでっかくなったような気分だったぜ。それだけに物悲しい気分にもなるがな」
アーシェラとゼイアードの表情はひどく複雑だ。荒れた故郷を見る気分はいかな気持ちやら。
「干渉にひたっているでないわ。あそこは今は魔物の根城になっているはずだ。あれから今まで魔物の襲撃はなかったとはいえ油断するな」
ラムスの言う通り、あれから魔物の襲撃はまったくなかった。
それどころか魔物一匹見かけることはなかった。本当に最初の激戦以外は一回も戦闘をしないでここまで来てしまった。
「あのルルアーバという魔物、相当な実力者だと見ていいね。今のドルトラル帝国領で魔物の襲撃がないなんて考えられない。つまり魔物どもにそれだけの命令を下すことが出来るヤツなんだよ」
「サクヤ、今更だが魔物との接触の注意を言うぞ。魔物の言うことや指示は基本的に聞くな。どのような有利な条件だろうと、その先には地獄が口を開けているからな。とくにあのルルアーバという奴はな」
たしかにアイツは殺気もなく戦いの気配すらしないので、私としては戦いにくい。
それでも魔物。気を抜いたら喰われる覚悟をして対峙しなければならない。
「うん。わかっている、隙はみせないよ」
「本当か? お前、あのルルアーバの奴に妙にとらわれている気がするぞ。判断はあやまるなよ」
あの道化にとらわれている……か。
たしかにそうかもしれないけね。
でもあの可能性を考えると、心がそれにとらわれるのもしょうがないんだよ。
「それじゃ、みなさん。お城の手前まで転移術を使いますね。万一の準備は怠りなく」
最初の襲撃からここまで来た時間は一週間。広大なドルトラル領を徒歩で来たにしては驚異的な短さだ。(出発時に乗っていた馬は負傷者の運搬ためにみなデトローア様に預けた)
これはひとえにノエルの転移術のおかげだ。ゆえに万一の場合はノエルを最優先に守ることになっている。
徒歩でなら三、四日はかかるであろうアルザベール城の堀の前に一瞬で到着。ここから先は魔力濃度が濃すぎるので転移術は使えない。
「妙な感じやな。帝国の心臓を素通りなんてな。本来やったら、この道は敵が来たら両脇から集中砲火あびせるためのモンやったろうにな」
「が、堀の上に魔物の気配はない。この城は魔人王軍の生き残りにとっても心臓のはずだが、迎撃が来る気配はまるでないな。サクヤ、お前の気配探知でも感じないだろ?」
「ううん……じつはあのアルザベール城の中からは、感じたことがないほどの魔の気配を感じてはいるんだ」
「な、なに!? だったら何故言わん! このまま進んでは危険ではないのか?」
「だけど殺気はまるでないよ。おそらくだけど、コレはあの城の中にあるナニカが濃密な魔力をはらんでいるんだと思う。ま、危険だったらノエルが逃げ道を作ってくれるからね。せめて中を一目見てみよう」
やがて城内正門前にたどり着く。そこも巨大な扉が開け放しになっていて、そのまま中央参道へと足を踏み入れる。ただ参道は石畳があちこち破壊され瓦礫が転がっていたので、ゼイアードの提案で大庭園を抜けて進むことにした。
「いやー無残やなぁ。かつては美しい花やら樹木やら彫刻やらが並んでいた場所やったろうに。こんな荒れ果てる前に来たかったわ」
かつては美しかった庭園であったろうそこは、一面無残に荒らされており、草木は踏み荒らされ雑草は伸び放題。彫刻の残骸があちこちに転がっている。
「うん……かつてのここは本当に壮大で美麗な庭園だったんだ。ボクはいつもここを通るたびに帝国の力を感じたものだったよ」
「だな。さて、城には離宮やら塔やら騎士駐屯地やらはあるが、全部無視していいな。目指すは皇城閣のみ。帝室財宝ちゃん、俺を待っていてくれよ。めぐり合ったなら、思いっきり抱きしめてやるからな」
そのカワイ子ちゃん、たぶん性悪だぞ。フラれる可能性大。
ふたたび中央参道にもどり道なりに突ききっていくと、やがて城内中央に巨大にそびえ立つ皇城閣正門前へと来た。
ピタリ
「ここに居たんだね」
私たちは皇城閣正面入り口前に立つそいつを見て足をとめた。
デトローア様たち帰還組と別れてから、異常なことに一人の人間一匹の魔物さえも遭遇せずにここまで来た。が、ようやく魔物が一匹私たちの前に現れた。
ルルアーバ。
道化の仮面と衣装。ふざけた格好なのにとんでもない実力者な魔物。
奴は老練な執事のごとく慇懃に礼をとって私たちを出迎えた。
「お待ちしてましたサクヤ様。そして【栄光の剣王】ご一行様。心より歓迎いたします」
「来たよルルーアバ。本当に道中は魔物一匹もいなかったよ」
「フフフ、誠心誠意お掃除をさせていただきましたからな。ともかく中へどうぞ。お茶でもお出しいたしましょう」
「飲むわけなかろう。たしかに貴様は紳士的だが、そこまで魔物に気を許すほど愚かではないわ」
とラムスは吐きすてる。
「まぁ、お飲みにならなくても入れさせていただきます。これはお客人をもてなす性のようなものでしてな」
と、背を向け進もうとするルルアーバ。それをアーシェラは引き留める。
「ちょっと待って。質問をさせてほしい。道中には生き残った人間たちの集落があったはずなんだ。けれど今回そこを通りかかった時には何もなかった。まさか……」
「誠心誠意お掃除をしたと申しました。足を止める余計なものがあっては、皆さまのご到着が遅れてしまいますからな」
「キサマ……!」
やはりコイツは魔物だな。こうして会話はしていても、わかり合う事など永遠にない。
それでも私はアーシェラの抜剣をとめる。
「アーシェラ、今は耐えろ。いずれコイツとやり合う時は来る。けれど今はその時じゃない。まずは情報が優先だ」
「サクヤ……くっ、わかったよ」
「さてと。では皆さま、中へのご案内よろしいですかな?」
「まだだよ。私からもう一つ質問がある」
私にも、どうしてもコイツに聞かなければならない事がある。
そのためにここへ来た。
「ルルアーバ。君は……”ザルバドネグザル”なのか?」
ザワリ……
私の言葉に、皆からいっせいにざわめきが起こった。
「はぁ? サクヤ、何を言っている。ヤツならお前が倒したろうが。今もララチア山で自分を殺し続けているはずだ」
「そんな事はわかり切った上で聞いている。でもアイツの気配、魔力の質、何もかもがザルバドネグザルだと示しているんだ。さぁ教えてくれ」
ルルアーバの声は若い男のもの。
だけどあの一瞬、私を『サクヤ殿』と呼んだあの声は老人の奴のものだった。
ザルバドネグザルの復活。
その驚愕の恐るべき可能性に、みなは静まりかえって、じっと道化の返答を待つ。
「フ……フフフフ」
やがてヤツは嗤いながら、自分の仮面をそっと掴んだ。




