31話 サクヤの兄、岩長のとある日常[【岩長視点】
タワーマンション野花岩長の部屋
「野花さん、どうかこの映画製作に出資していただけませんか。エンタテインメントに大変な理解のあるあなたにぜひともこのプロジェクトに参加していただきたいのです。ご希望のキャスティングやスタッフがあるなら、最大限努力させていただきます」
と、朝から謎の映画プロデューサーから電話がかかってきて、爆死確実な企画の紹介を受けている。答えは決まりきっているのに必死に食い下がってうっとおしい。
「悪いがオレはエロゲ専門だ。金をかけるのはエロゲだけだと決めている。エンタテインメントに理解のある金持ちは別をさがすんだな」
オレはエロゲ開発会社【アリサソフト】の大甘スポンサーで知られている。
赤になるのもかまわず質の高い作品製作を徹底させているので、オレは『エンタテインメントに理解ある金持ち』と思われているのだ。
それだけに、こういったチンピラプロデューサーが木っ端プロジェクトをもって集ってくるのでたまらん。
「あ、ちょっと野花さん……プツッ」
「まったく。どこのボケナスだ、ハイエナにオレの番号を教えたヤツは……アイツしかおらんな」
オレは犯人にスマホでコールする。
「オレだ。うぐ﨑、オマエだろう。映画プロなんぞにオレの先を教えたヤツは」
『野花さんを紹介すれば脚本やらせてくれるって言うんすよ。それにウチをエロゲでないメジャーなゲーム会社にする手助けもしてくれるそうです。どうです、この機会に大きな飛躍考えてみては』
冗談ではない。18禁でないゲームなんぞ作るようになったらリソースの回収効率が落ちるだろうが。
この【うぐ崎】。アリサソフトの社長兼シナリオライターで、泣かせる本や愛されキャラを作る腕は一級だが、それだけにいらん夢を見てしまうのが困る。
「なにが飛躍だ。本業のエロゲすら赤ばっかでオレをもうけさせた事など皆無だろう。くだらん夢見てないでハイパーなエロゲを作れ。質さえ良かったら赤だろうと文句は言わん」
そしてユーザーをディープな愛に沈めろ。
『いつも赤なのは、その質にこだわりすぎるせいですよ。まぁ、こっちはやりたい事やらしてくれるんで文句はありませんがね。で、映画の件も考えてみちゃくれませんかね。アンタがかんでくれりゃ、映画も良いモン作ってみせますよ』
「その話は終わりだ。くだらん話に乗ってないで、さっさと今の仕事をマスターアップさせろ。延期は許さんぞ」
『はぁ、やっぱ俺はエロゲ屋か。メジャーになれるチャンスだったのに』
「人の金で勝手な人生計画をたてるな。どっかのエンタメ雑誌に取り上げられたからって調子こいてんじゃないわ」
うぐ崎も最近メジャーへの色気を出して面倒くさい奴になってきたな。
ムカツキながら奴への電話を切る。
「まったく……質の高い作品はエロゲでなければ意味がないというのに。何を勘違いしてるんだか」
このスポンサー業は神力の元となるリソースこと”愛”をいただくためにやっている事なのだ。
エロゲユーザーがキャラに愛を感じるたびに、オレはリソースをいただける仕組みだ。
普通のゲームキャラだと肝心の愛のレベルが数段落ちる。ましてや映画などの大がかりなプロジェクトではリソースを回収する仕掛けすらしこめないので、まったく旨味がない。
「リソース回収職人どもを働かせるためにも稼がんとな。朝から余計な電話がきて仕事が遅れた」
オレは仕事用のPC前に座りたちあげる。
オレの本業はデイトレーダー。この仕事は週に数百万稼げるが、PCの前から動けなくなるのが問題だ。が、オレにはスキル【未来視】がある。一日の株の動きを数分で見ることが出来るのでそんな事をする必要はないし、確実に稼ぐことが出来るのだ。
「さーて、今日の株の動きは…………うっ、なんだこのブレは?」
三時間後から先が、遠い未来を見ているようにブレて見えない。
確定していない未来を見た場合、その光景はいくつもの可能性の未来を瞬間的に映してしまって、こうしてプレてしまうのだ。
しかし今日一日の出来事など、あらゆる可能性の因子は確定になっている。株式がこんなブレになるほど定まっていないはずがない。
たとえ突発的な震災だろうと、地震となる要因は確定になっているので、未来不定などという事は起こりえないのだ。
「これから三時間後に何が起こる? ……ともかく資金はこのまま株に置いておけんな」
全ての株式から資金を引きあげる。そしてこれからの対策を考える。
「……やはり何の可能性があるか知らんと始まらん。見るしかないな」
オレはネットニュース記事を開く。そして未来視スキルを発動をして画面を見る。
やはり画面は大きくブレている。
「スキル【高速脳】!」
脳の処理速度を速めて画面のプレから何が映っているのかを見る。脳を酷使する二つのスキルを同時に使うとひどく眠くなるが、やむを得ん。
そしてブレた画面の一つに、大きくネットニュースに映っていた画像は……
「バカな……城だと? いや、この城は知っている。これはアルザベール城!!?」
前世のラムスだった時代、魔人王ザルバドネグザルを討たんとこの城に突撃したことがある。
その際にアーシェラとユクハを喪ったのは苦い記憶だ。
「どうしてこれがこっちの世界にある? そういえば咲夜のパーティーが、そのアルザベール城に到着する頃合いだが。まさか咲夜がこの事態を引き起こすのか?」
人の気まぐれで大きく変わる未来は、数時間後の未来視でもブレる事がある。
つまり咲夜の選択肢によってコレが起こる可能性があるのだ。
糞っ、こんなものがこっちの世界に来たら冗談ではないぞ。あの城には魔界から召喚したとんでもない魔物が眠っていたはずだ。
オレは咲夜に注意を喚起すべく向こうの通信用スマホでコールする。
「…………つながらない? そんなバカな……そうか、もうすでにアルザベール城に入っちまったのか」
あの城には幾体もの魔物を封印すべく強力な結界が張られている。
あの城の中だけは、世界線をも越える電波を発するコレでもコールできない。
「まいった。……たのむ咲夜、こんなアホな事態を引き起こす選択なんかはするなよ」
ティキーーン
「世界線が大きく揺らいでいる!? ……ッ、可能性が確定に変わりやがった! 咲夜のヤツ、やらかしやがった!!」
ネットニュース記事の未来視は、もう高速脳を使わなくてもアルザベール城がデカデカと載っている。
本当にお約束を外さないヤツだ。
「チッ、とにかく対策するしかないな。使えるリソースと資金の確認。そして使える人間を集めるか。咲夜を呼び寄せられるかどうかで大きく対応は変わるな。糞っ、眠い」
高速脳なんかを使ったせいで眠気がひどい。
それでもオレは我慢して来たるべき事態の対応にあたるのだった。




