29話　アルザベール城への道

　三人の達人の腕が一瞬にねじ切られ、みんなは戦慄する。

　

　「今のは技か？　魔法か？」

　「魔法です。相手のモーションに合わせて局所に空間歪曲を発生させたんです。彼らは自分の力で腕をねじられたんです。でも……達人三人の剣の動きに合わせピンポイントにそれを起こすなんて神業です！」

　おそるべき精度の魔法師というわけか。剣術使いには相性が悪そうな相手だね。　

　残る私とラムス、アーシェラやゼイアードが、代わりヤツに剣を突きつける。

　今の技なら魔法をも斬るメガデスなら破れる。しかしヤツの実力は底が知れないし、メガデスの対策もしているかもしれない。

　踏み込みは死線。見切れぬほどの剣速の全力をたたきこむ……

　「よせ！　みな構えを解け。ヤツと戦ってはならん！」

　しかし踏み出そうとした時、剣聖デトローア様の一喝がとんだ。

　「これ以上負傷者が出ては、生き残りを帰還させることも難しくなる。ヤツに戦う気がないのなら、おとなしく行かせるのじゃ」

　「クッ……無念だ。しかし、その通りか」

　冒険者は生きて帰ることこそ最優先。今、勝負を急いだら帰還は難しい。

　私たちは剣をおろし、ヤツに道を開けた。

　「糞、なにが道化だ。これほどの奴なら、軍団の一つも任せられてもおかしくないではないか」

　「たしかに。こんな奴がモンスターを率いていたら、もっと苦戦してたッスね」

　

　魔人王の軍団はいろいろ人事がおかしいね。

　それにしてもこの道化師、どうにも気配に覚えがある気がする。

　妙なしゃべり方のせいで誰かは思い出せないけど、ヤツの気配、前に感じてるような気がするんだよね？

　「フッフッフ。ご老公には感謝です。これ以上あなた方を痛めつけては、アルザベール城までたどり着けるか疑問ですからね」

　ムカッ。コイツを倒すことはあきらめても、思惑通りに動くのは腹が立つ。

　「行くわけないでしょ。どうにも罠くさいし、『アルザベール城の帝室財宝』ってのも釣り餌っぽいし」

　「そう、おっしゃらずに。拙者、サクヤ殿には友情の念を抱いているのですよ。たとえ片思いでもね。ぜひともあなたを招待したい――サクヤ殿」

　―――！！！？

　最後の『サクヤ殿』のセリフだけ声が変わった。それはアイツの声だった！

　……そうか。この気配、アイツのものだったんだ！

　だが、どうしてアイツが道化師なんかになっているんだ？　

　それも魔人王のって？　だってアイツは……

　「では、アルザベール城でお待ちしております。再開するまでご壮健で」

　ルルアーバは来たときと同じように自分の影の中に体をひそませ、主のない影はそのまま素早く森の奥へと消えていった。

　ともかく場はおさまったので、治療の続きだ。

　さっき腕をねじ切られた三人にはノエルが治癒魔法でくっつけている。

　その他は私たち無事な者たちでモミジの作った治療薬を配る。

　とにもかくにも緊急の治療は終わったので、これからどうするかだ。

　「さてと。思わぬ大被害になったのう。儂はこれより負傷者を連れて帰還するが、他の者はどうする。監察主幹のご意見は？」

　アーシェラが何か言う前に、あえて私は口をはさんだ。

　「その前に私が意見を言わせてもらうよ。私はアルザベール城へ行く。他のみんなが帰ることになっても、私は行かせてもらう」

　ざわり、と少なからずざわめきが起こった。

　「フフフやる気だな、サクヤ。もちろんオレ様も行かせてもらう。この大クエストを途中で逃げ出すなど【栄光の剣王】の名折れだからな」

　「サクヤ様が行くなら私も。魔力をほとんど使っちゃったんで、しばらくは役たたずですけど」

　「ウチも行くわ。アルザベール城を見る機会をフイにしたくないわ」

　「さすが元【栄光の剣王】の連中はタフだな。なら俺も行くぜ。まだ帝室財宝がないと決まったわけじゃねぇからな」

　「よし、それじゃ希望者はクエスト続行でいこう。デトローア様、帰還者の指揮はお願いします」

　結局、元【栄光の剣王】のメンバーとゼイアードがアルザベール城へ向かうことになった。

　出発の準備をしていた私だったが、またまたさっきのようにデトローア様がふいにいきなり間合いに入ってきた。

　「うわあっ！　本当に達人の技は迷惑ですね。それで？　まさか、また遊んでもらいたいわけではないですよね。何の用です？」

　「サクヤ殿。あのルルアーバという魔物から何を聞いた？」

　「……何、とは？　何のことですデトローア様」

　「とぼけるでない。あ奴から何か話しかけられた時、ひどく驚いておったであろう。クエストにあまり乗り気でなかったお主が、あそこまで続行のやる気を見せたのはそれが原因じゃろうが」

　勘のいいじいさんだね。ま、剣聖なんて言われるまでには何千と勝負をしてきて、相手の挙動を見るのが自然になったんだろうね。私のわかりやすい動揺なんてお見通しか。

　「あのルルアーバという魔物、私が知っている奴かもしれません」

　「魔物の知り合いじゃと？」

　変なことを言っているようだが、アイツはたしかに私を知っていた。

　そして、おそらく私もアイツを知っている。

　アイツにもう一度会ったとき、私はどうするのだろう？

　戦うのか、何かの話を聞かされるのか。その結果、私はどうなるのか。

　「まぁ、とにかく奴に会って話してきますよ。奴がそこに居る以上、アルザベール城には何か秘密があります。財宝みたいな分かりやすいお宝じゃないかもしれませんがね」

　「ふうむ？　その知っている魔物というのは何者じゃ。教えてくれんかの」

　「それは……」

　そいつの名。信じられないものでも、私はヤツを感じた。

　「何じゃと？　そんなバカなことが！」

　「そのバカなことが本当かどうか確かめに行くんです。このことはしばらく誰にも秘密にしておいてください」　

　「ふふん、帰ったら面白い話が聞けそうじゃの。楽しみに待っているぞ」

　さて、アルザベール城ではどんな面白いことが起こるのか。

　笑える話だったらいいけど、おそらくそうはならないだろうな。

　されど、たとえ笑えない結末が待っていようとも、行くだけだ。

　待っていろよルルアーバ。