28話 道化師ルルアーバ
「ハァッハァッ。まさかアンタが生きていたなんて。おかげで大分やられたよ」
「グッ……とらえられるとは。さすが剣王」
バーラウムという魔物は、私の突き立てたメガデスで次第次第に消滅していく。
どうやらコイツは魔法生物。魔力の一片までも消え去るまで手は抜いちゃならないもののようだ。
それは数時間前のこと。
アルザベール城に向かう私たち一行だったが、突如、大規模な魔物暴走に遭遇した。
しかも数百頭もの魔物が全方位から私たち目がけて突進してくる。本来なら捕食関係にある魔物どもまで、獲物やら天敵やらには目もくれず私たち目がけてくる!
全員が腕ききの冒険者ではあるが、さすがにこれは捌ききれない。
「くそったれ! たしかに帝国領は魔物の巣になってるとは聞いたがよ。ここまでとは聞いてねぇぞ!」
「うーむ、これは誰かがワシらを標的にしておるのう。ここを一望できる場所となると……おそらくあの尾根あたりか」
「魔物使いか! しかし、こんな数の魔物を操る奴なんて?」
疑問は後回しだ。
私が抜けるのはキツイかもだが、それでもやらなきゃ全滅だ。
「剣聖殿の勘を信じてみます。ノエル、あの尾根まで私を飛ばして」
「はい。あそこへゲートを開きます」
ノエルの開けたゲートをくぐり抜け周りを探ると、この場所で魔物どもを操っていたコイツを発見。
すぐさまメガデスを突き立てて倒した所だ。
「うぐっ、もはや存在が保てん。これで終わりか……」
バーラウムは蒸発するように消えていった。
あとには、最期まで手にしていた大きな石だけが残った。
「【聖者の石】、か。魔物を操る力を秘めた石。まだこんなものがあったんだな。フンッ」
ガキィンッ
この怪しい石を破壊しようと試みたが、やはりこれはメガデスでも砕けない。いったい何で出来ているのだろう。
仕方ない。また、これを使われるわけにはいかないし、重いけど持っていくか。
みんなの所に帰還してみると、そこではすでに戦闘は終了していた。
おびただしい魔物の死骸の中、みながそれぞれの仲間を治療していた。
魔物の死骸に混じり人間の死体もあるのが痛々しい。
「倒したよ。みんなは無事?」
「ああ。途中で魔物どもが逃げ出してくれたおかげで、どうにか生き延びた。アンタが元凶を倒したおかげかな」
「糞、だが俺のパーティーは全滅だ! みんな気の良い奴らだったってのによォ」
「わっちのパーティーも死人がかなり出たわい。しかし【栄光の剣王】は死人は出ておらんようじゃな。さすがじゃ」
なんでもアーシェラがスキルの盾を展開してくれたおかげで守りきれたらしい。
とはいえ、みんなも満身創痍。さらに他のパーティーはほぼ全滅。ざっと見ただけでもクエストは諦めて撤退を考えねばならない事態だ。
「で、これからどうする? クエストは中止する?」
「おいおい、これは国王陛下から命じられたクエストだぞ。それに俺たちの計画もあるだろう」
ゼイアードは反対か。たしかにここで撤退しては、彼の夢は終わることになる。
「ボクも撤退はしたくない。ドルトラル内に残された人は一刻の時間もないし」
「オレ様も行くぞ! この程度で諦めるものか!」
「ウチもアルザベール城は見てみたい」
「私はサクヤ様が続けるならやります。奴隷ですから」
うーん、元【栄光の剣王】のみんなは全員続行希望か。気持ちはわかるんだけどね……
「これで襲撃が終わりなら、私も続けてもいいんだけど。でも、そうじゃない可能性があるんだよね」
「まだ襲ってくる奴があると言いたいのか? そう言えばモンスターを操っていた奴を仕留めたらしいが、誰だったんだ?」
「前にのぞき見してた『バーラウム』ってヤツだったよ。アイツ、生きていたんだよ。今度こそ本当に倒したけど」
「なにッ」
みるみるゼイアードの顔色が悪くなった。
「マズイな。アイツ生きていたのか。とすると背後にはあの女か? まさか俺のことはすでにバレて?」
ゼイアードの背信をバーラウムの奴が探りあて、ユリアーナがこの遠征でまとめて始末しようと画策した。この辺が納得できる筋書きだ。
「ううむ、そうなるとユリアーナから渡された情報やら鍵やらはアテに出来んぞ。一度戻るか……」
――「いえいえ、ご心配なく。バーラウム殿にあなた方の襲撃を依頼したのは拙者なのですから」
突然に黒い影が這いより、人の形になって現れた。
それは道化。ハデな衣装に笑顔の仮面を顔につけた道化師が奇妙な踊りで舞いながら現れた。
当然そいつを囲むように、腕利きたちは得物を構えて対峙する。
「ヘンな恰好してるけど魔物だね。 それでアンタは?」
「拙者、元魔人王陛下専属の道化師【ルルアーバ】と申します。お見知りおきを」
突きつけられている得物をまるで意にも介さず、道化師は丁寧なおじぎをする。
こういう行動に出られると、私は斬りにくい。
ま、たった一体の魔物に腕は足りていることだし。私は「見」にまわらせてもらうとしようか。
「あん? 専属の道化師だと? 魔人王も妙なモンの専属を持っていたのだな。いや、そんなことよりオレ様たちの襲撃を依頼したと言ったな。すると今回の一件、貴様が黒幕と見ていいんだな?」
「いかにも。拙者、アルザベール城の管理を任されている身なのですが、あまりに多くのお客様が訪問されると、お出しするお茶のカップが足りません。ゆえにバーラウム殿に頼んで人数を絞っていただいたのですよ。ハッハッハ」
この言葉にパーティー仲間を殺されたリーダーたちは激昂した。
「ふざけたことを……まさかそんな理由で、俺らの仲間は死んだって言うのか? ええ!」
「左様。人数も程よく減って絞りは十分。皆様にはつつしんでアルザベール城へご招待いたしましょう。この先の魔物は排除しておきますので、道中ゆるりとごお進みになさってください。では、お待ちしております」
もちろん、それを笑って見送っていたのではただのバカだ。
三人のリーダーはそいつの前にまわりこむ。
「バカが! 逃がすかよ。俺らを襲っておきながらタダですむと思ってもらっちゃ困るぜ」
「殺すなよ。急所には当てるな。捕まえてアルザベール城の情報を聞き出すのだ」
「ふふん、さてどうする? ルルアーバとやら」
されど道化師は慌てた様子もなく会釈。
「拙者は拙者のすべきこと、道化の役割を果たすだけです。『笑い』に飢えているならいつでもどうぞ。とびきりの芸にて笑顔にしてさしあげましょう」
「よく言った。見せてもらおうか、貴様の芸!」
バリオス、カゲルイ、フレイヤムは一斉にルルアーバへ斬りかかる。
ギュルン
「「「なっ!?」」」
だが一瞬にして三人の腕がねじ切られ、宙に飛ぶ。
「ぐあああっ、俺の腕があああっ!」
「くうっ、不覚!」
「こんな……わっちの剣が……腕が……!」
なんてこった。コイツ、とんでもない強キャラだぞ。




