24話 政局の妃
《ゼイアード視点》
サクヤ、ラムスと同盟を結んだことで、俺の夢は一気に加速した。
あの後セリア王妹殿下とも話をつけ、ユリアーナを失脚させたあとにアーシェラを据えることにも同意をとりつけた。
そんな裏工作のあとは忠義面でユリアーナに報告だ。
謁見したユリアーナは、相変わらずの酷薄そうな美人面。
年齢はもう五十近いはずなのに、二十代前半ぐらいに見えるから異常だ。
おそらくはザルバドネグザルの魔人王の力で、もっとも美しい時期の容姿にしてもらったんだろうが。
「ほほう、ゼイアードよ。よくあの状態から剣王を引き入れることに成功したな。褒めてやろう」
「ははあっ。これで番人を攻略する戦力はととのいました。ぜひとも【皇城アルザベール】探索の許可をいただきたく」
宝物庫のある皇城アルザベールはザルバドネグザルが拠点としていた場所。
当然、危険な罠や仕掛けがあるはずだから、探索するには側近だったユリアーナのもつ情報がいる。
そいつをいただくまでは、俺はこの女に忠誠見せなきゃならんというワケだ。
「よかろうゼイアード・マクスエル。おぬしに皇城アルザベール探索のための情報を渡す。結果をだして妾に貢献せよ」
「ははあっ。必ずやユリアーナさまの元へドルトラル帝室の財宝をお届けいたしましょう」
バカめ。だーれがテメーなんかに貢献するか。俺が貢献するのは俺だけだぜ。
俺が莫大な財宝をガッツリいただいている間に、テメーはセリアに追い落とされるのよ。
すでにテメーの情報は叩き売ったからなぁ!
「知っての通りアルザベール城は魔人王ザルバドネグザルが居城としていた場所。それ故そこらに魔法罠がしかけられ、通行するに特別な手筈が必要な場所が多々ある。罠の場所と妾が持つ通行鍵をそなたに授けよう」
「ははっ、ありがたき幸せ。必ずやユリアーナ様の信頼に応えてごらんにいれます」
応えるのは仇でだがな。『信じる者は裏切られる』ってやつだ。
「では、さっそく探索隊の編成にかかりましょう。すでに大半の準備は終えておりますので、即時出発いたします」
「うむ。行け」
これでもうこの女に用はない。二度と会うこともないだろう。
あばよ!
◇ ◇ ◇ ◇
《ユリアーナ視点》
「では、さっそく探索隊の編成にかかりましょう。すでに大半の準備は終えておりますので、即時出発いたします」
ゼイアードは意気揚々、尻尾をブルンブルン振って退出した。
「フフン、元気なことよ。せいぜい財宝の甘い夢に溺れるがいいわ。あの時逃げ出したことには失望したが、最低限の働きだけはしてくれたようじゃの」
―――「ユリアーナ。帰ったぞ」
闇をまとった異形。バーラウムが音もなく現れた。
ただ、その存在感はかなり希薄になっている。
「バーラウムか。ずいぶん弱体化しておるな」
「剣王をあまく見過ぎた。魔力の大半をもっていかれたせいで、今の我は元の半分ほどの力しかない」
「フフン、ずいぶん甘い見積もりじゃの。妾が見たところ、十分の一じゃ」
バーラウムは魔法生物ゆえ、普通の生物のような急所というものが存在しない。
魔力そのものが命であるため、魔力がある限り死ぬことはない。
ただし一定の魔力のがなくなれば自我がなくなり存在が保てなくなるが。
「もはやあの小娘に近づくのはやめておいた方が良さそうだな。それよりユリアーナ。あの狼、裏切ったぞ。王妹に接触したのを見た」
そんな事は報告されるまでもない。
あの男の浮かれた様子を見れば一目瞭然。じつに予想通りな男だ。
「おぬしが死んだと見て鞍替えしたんじゃの。フフフ、じつに信用ならぬ獣じゃな」
「それで? どのように報復する」
「報復など無用じゃ。奴は【反り駒】。その役目をはたしているに過ぎん。早まって消してしまわぬようにの」
「反り駒? いったいそれは何だ?」
「妾は政局において、あえて裏切るであろう者を側近に入れる。その者を【反り駒】と呼んでおるのじゃ」
あのゼイアードという狼獣人はじつに良い駒であった。
表情は読みやすく、己の欲に忠実で働き者。
「裏切り者を出すことを前提にするだと? いったい何故そんなことを?」
「いろいろ役にたってくれるのじゃ。その者を見ていれば、他に裏切る者もわかる。『側近が寝返った』と敵方の油断も誘える。それに何より敵陣営を罠にはめることが容易じゃ。反り駒にわたす情報に毒をしこんでな」
「ほう。すると、あ奴の役割は?」
「無論、剣王をつれて帝都に行ってくれる事じゃ。さすがにザルバドネグザル様を倒した者がいる中では、妾も動くことは出来んしの」
「だが……いいのか? 王妹の暗殺を企んだ証拠が王妹にわたってしまったようだが?」
「問題ない。そもそもゼイアードに見せた工作は、ゼナスの出来る者をあぶり出すためのもの。および敵方の注意を向けるためのものじゃ。真の工作はすでに別に用意してある」
「待て。まさか我の秘術までも陽動につかったのか? 王妹の暗殺までも偽りだと?」
「暗殺は本気じゃった。ただザルバドネグザル様を倒したほどの者なら、破るやもしれんと思っただけじゃ。さて、狼と剣王殿がアルザベールのありもしない財宝を探している間に、ゼナスをいただくとするかの」
「フフフ、あれは滑稽であったな。皇城の宝物庫に眠る宝。それは帝室の財宝などではなく、我ら超越者の宝よ。魔人王陛下が金銀財宝などに興味をしめすものか」
「そうじゃ。あの狼は、妾が流した曲に合わせ楽しく踊っておるわ。帝室財宝なら、ここにあるのにのう」
妾が手をかざすと、無数の金貨と皇帝冠、宝剣などがこぼれ落ちた。
空間魔法【無限宝庫】。
亜空間内に大部屋一つ分の物を収納できる魔法であり、そこに帝室財宝を収納している。
「ではユリアーナよ。我は剣王に続きアルザベールへ向かう。魔人王陛下の秘めし宝が何なのか見届けねばならんからな」
「では、ここでお別れじゃな。ザルバドネグザル様の無き世、互いに楽しもうではないか」
「フッ、せいぜい人の世の権力争いを楽しむのだな。魔人となっても、人の世の権力争いなどをしているお主の心は永遠に理解できんわ」
そう言ってバーラウムは音もなく消えた。
「たしかにな。やはり妾は人の世が好きじゃ」
ザルバドネグザルの配下になり魔人となりながら、ザルバドネグザルが人の世を消してしまわずに済んだことには有難く思ってしまう。
やはりわらわは、どこまでも人間の業を好む性質らしい。
これからはじまる王妹セリアとの争いに昂る感情を抑えられない。
「さて、はじめようかの。妾の政局を」




