21話 狼は王妹殿下と出会う
私の切ったくせ者は、全身が溶けて消えてなくなった。
これは魔法生物?
全身が魔法で構成されているので、死ぬと霧散して消えてしまうのだ。
これはただの密偵とは違うね。背後関係は高位の魔法師の疑いがある。
「くっそぉ。こうなりゃ逃げるんだよォ!」
「あっ、ゼイアード先輩!?」
「ああっ! くそっ、さすが逃げるときは素早い」
あやしさ大爆発なゼイアードはマントを翻し逃走。
狼獣人の敏捷性を見せつけるが如くあっという間に遠のいた。
「しょうがないな、今は奴にかまってる暇なんてないし」
なにしろ今回の目的は、護衛騎士や側仕え侍女の目をかいくぐってセリアさまとヤって病を治癒することだ。
その大義のためには、チンピラ狼の糾弾なんて小事は無用だ。
突然のくせ者の存在が明らかになったことで、ロミアちゃんやユリアーナの周辺は慌ただしい。
「こんな近くにくせ者がいたのにちっとも気がつかなかったよ。さすがサクヤだね。ボクは自身なくすなぁ」
「あれはちょっと特殊な隠形術だからね。あとで見破り方を教えるよ」
「とにかくこんな奴が出たんじゃ、今日はユリアーナさまは帰らせないといけない。ボクはユリアーナさまの直掩につくよ。でも……ゼイアード先輩が逃げたってことは、本当にくせ者の仲間なのかな」
そう呟いてアーシェラはユリアーナの元へ護衛に行った。
ま、ゼイアードだけじゃなくユリアーナも真っ黒だろうけどね。あのくせ者の主人もユリアーナだろうし。
アーシェラと入れ替わりにラムスが来て、貴人二組の状況を説明をしてくれた。
「どうやらユリアーナは王城へ入って身の安全をはかるらしい。ロミアはごねているが、やはり王城へ行くことになるだろうな」
「うーん、弱ったな。そうなると、セリアさまを訪問する口実がなくなっちゃうよ」
「それどころではない。さっきのくせ者のせいで、セリアの周辺も護衛騎士で固めようという話になったぞ」
「ええっ! それじゃセリアさまと今日ヤルのは無理じゃない」
「その前にカタをつけるのだ。護衛騎士が到着するまで、オレ様らがセリアの身を護ることにしてやった。チャンスはそのわずかな時間だけだ」
「さすがはラムス! よしっ、もう時間を無駄にはできない」
と、年配の侍女さんが来た。
この庭園で私たちを出迎えた人で、セリアさまお付きの方らしい。
「サクヤさま。先ほどのくせ者の看破、じつにお見事でした。わたしは急いで護衛騎士の方々を呼んでまいります。それまでどうか、くせ者から王妹殿下をお守りください」
「お任せください。セリアさまには決してくせ者など近づけさせません。ごゆるりとお行きくださって結構です」
「さすが剣王と呼ばれるお方。頼もしいことです」
侍女さんは幾度も礼を重ねて去っていく。
そして私とラムス、真琴ちゃんは反対方向へ猛ダッシュだ。
「おばさんが安心している今がチャンスだ! 急いでセリアさまの所へ行って、護衛えっちでお護りするぞ。ラムス、終わるまでぜったい騎士を近づけないでね」
「それってお護りなんですか? 真逆に害しているような?」
「お前が一番のくせ者だな」
◇ ◇ ◇ ◇
《ゼイアード視点》
ああ糞っ、予定外だ。
たしかに、いつかバーラウムをサクヤに始末してもらおうとは思っていた。
しかし、こんな序盤の序盤。
まだ帝室財宝に手を伸ばす前にバーラウムが消えるなんざ、泣けてくるぜ。
バーラウムが消えた以上、ユリアーナも大したことは出来ないだろうしなぁ。
ケツに火がついたことだし、とっとと逃げ出すか。
考えながら適当に北の庭園内をグルグル歩き回った。
やがて大きな泉のある寂れた場所に出た
そこは王城内にしてはあまり手入れが行き届いておらず、多少の雑草が目立っていた。
「おっ」
そんな場所に、そのお方はいた。
病でやせ細りながらも、人目を惹くその美貌。
「…………そなたは?」
国王の妹にしてユリアーナ第一の政敵【セリア】殿下だ。
彼女はぼんやり泉を見ていたのだが、俺が近くに居るのを見つけて多少驚いている。
いや、たしかにこの場所は彼女の療養のための場所だから、居ても不思議はないのだが。
しかしまさか、適当に歩いていただけだってのに、偶然このお方に出会うだなんてあり得るか?
「わたくし付の騎士ではありませんね。誰そ、わたくしに用のある事でもありましたか?」
そうか、俺は王国騎士だったな。伝令に来たと思われているのか。
…………よし、あいつらの事でも使うか。
「はっ、リーレット伯爵御一行がただいま到着。王妹殿下に拝謁をのぞみたいとのことです」
「…………? その件なら、すでに耳に及んでおりますよ。先ほど侍女頭のメーランに、この場にて謁見にのぞむよう言づけたはずですが?」
ヤベェ! やつら、もうすぐここに来やがるのか。
ここは適当言ってさっさと逃からねぇと、マズイ事になる。
「はっ。その件に合わせまして、内密なご用件を承っております。リーレット伯爵麾下剣王殿においては、王妹殿下にかかられている病を快癒させる秘術があるとの事。どうか、これからの事に安堵いたしますようにとの事です」
「まぁ、この病を? さすが魔人王を倒した者ですね。どのような秘術でしょう」
と、下っぱらしい小娘侍女が伝令にきた。
「殿下、ただいまラムスさま、剣王サクヤさまがお目通りに参りました。なんでも、くせ者が現れたため緊急に護衛をうけおったそうです」
「まぁ、そんなことが? わかりました。至急通しなさい」
ヤベェ! やつら、もう来やがったのか。
こりゃ、急いで逃げねぇと。
「そ、それでは自分めは失礼いたします。どうぞごゆるりと、ご歓談をお楽しみください」
「ええ、ご苦労でした。あちらの小路を通れば庭園の裏手に出られます。よしなに」
ありがとよ、親切な王妹殿下。
そんなわけで、ヤツラが来る前に俺はこの場から逃げることが出来た。
―――が、
いちおうの身の安全が出来ると、やはりサクヤの言っていた事が気になる。
本当にあの王妹の病は治せるのか?
治せるんだろうな。
シャラーンも治癒したってバーラウムが言っていたし。
セリアが政界に復帰したら、ユリアーナの負けは確定だな。
俺もケツに火がついてることだし、とっととトンズラが正解だろうが。
「ああ糞、でも諦めたくねぇなぁ帝室財宝」
世界最大の覇権国家だったドルトラル帝国、その周辺国家を侵略し征服した折にかき集めた莫大な財宝。
その一部でもありゃ、人生勝ち組確定だってのに。
ピタリ。
俺は庭園を抜ける直前で足を止めた。
「そうだな。今この時こそが、帝室財宝をのぞむ最後の機会かもな。もし王妹の病を治癒する方法を知ることが出来りゃ、どこかと取引出来る可能性が微レベルにあるかもだ」
俺は「ぐるり」引き返した。
「待ってろサクヤ。お前がいかに王妹を治癒するか、俺が余すことなく見届けてやるぜ!」




