20話 裸の銃を持つ侍女
リーレット伯爵一行の馬車は王都に到着。
門番衛兵の偉い人に手続きをすませて、セリア王妹殿下への拝謁を許可してもらった。
広大な敷地の王城内の馬車停にて数人の侍女とともに私、ロミアちゃん、ラムスは降り立つ。
じつはモミジも来ているのだが、彼女は密かに隠れながらちょっとし騒ぎを起こす役なのだ。
「久しぶりの王城だね。セリアさまはどこに居るのかな」
「本城の中じゃなくて、北の庭園にある離れで療養しているんだって。いちおう感染の疑いもあるからね」
「聞くところによると、シャラーンの時より状態は良いそうだ。ま、アイツは王宮治癒師がひっきりなしに体力回復をしているからな」
やがて家臣入りの馬車から侍女の恰好をした真琴ちゃんも出てきた。
可愛く可憐な新米侍女な女の子。
しかして、その貞淑なスカートの下には凶悪な生身の銃を隠し持ち、王妹殿下の子宮をねらう危険な女。
「真琴ちゃん、侍女の恰好似合うね。王族の方の作法とか大丈夫だよね?」
「は、はい。侍女長さんにキビしく鍛えられました。本当に、その……王妹殿下とヤっちゃうんですか? 『粗相ひとつで死罪もある』とか言われたんですが、そのお方とアレするだなんて信じられないんですが」
ニヤリ、とニヒルに嗤う。
「女はヤバイ相手ほど燃えるものだよ。粗相ひとつで死な相手とのえっちなんて、最高に興奮するじゃない? フフフ……」
みんなが作ってくれるわずかな時間で、セリアさまをオトして、真琴ちゃんにトドメの一撃をさせる。
ううっ、考えただけで興奮する。
私のこの手が光ってうなる。『セリアさまをオトせ』と輝き叫んじゃうぜ。
「ああっ。親愛なるセリアさまの貞操を、サクヤさまとマコトに捧げるだなんて悲しい。でも素敵! あはっ」
「ヤバイ女どもだ。女に狂った女というのは、こんなにヤバくなるものなのだな」
むむっ、ラムスめ。失礼なことを。
さてはきさま、反ポリコレの差別主義者だな。
「サクヤさんって、じつはヤバイ人だったんですね。お仕事もまともなものじゃないとは思ってましたけど、まさか命までかけるものだったなんて」
「いや、もっと安全に女性経験するだけのお仕事だったんだよ。本当に」
こんな王国の運命をかけた、死と隣り合わせのえっちになるなんて予定外だ。
さて、みんなで案内の女官に導かれセリアさまの居る離れへと向かう途中のことだ。
そこに彼女らがいた。
「ようこそ、リーレット伯爵領領主ロミアさま。このドルトラル帝室候ユリアーナが歓迎いたしますわ」
アーシェラ、ゼイアード他複数人の護衛騎士を付き従えた長い紫色の髪の酷薄そうな華やかな美女が、庭園先にて私たちを迎えた。
あれが【ユリアーナ】か。
「なんだ、あの女どういうつもりだ。オレ様たちに何の用だ」
「あはっ、いい度胸じゃない。お父様とケビンを殺した帝国首脳のヤツラの一人なのに」
そういや、ロミアちゃんの家族はドルトラル帝国との長い戦争で亡くなっていたんだっけ。
貴婦人同士のにこやかな、だけど思惑が渦を巻いているような雰囲気の中。
やはり私が気になるのは、ユリアーナの護衛についているアーシェラだ。
微妙な雰囲気の中、私とアーシェラは見つめ合う。
ゼイアードはそれを面白そうに見ている。
「……久しぶり。ユリアーナさまの護衛はどう?」
「うん……いろいろ大変だけど、どうにかやっているよ」
やっぱり、ぎこちない。
敵対する関係の陣営には、見えない壁があるんだよな。
「うん?」
ふいに、アーシェラのうしろの空間が妙なことに気がついた。
かすかだが歪んでいるのだ。
「どうしたの? …………何もないけど?」
そう、何もない。何の気配もない。
そう見えるんだけどね。
「…………いや、ちょっとね。ところでユリアーナ……さまはロミア・リーレット伯爵になんの用かな?」
「なんでも共にセリア王妹殿下を見舞いたいそうだよ。それと、この機会に魔人王を倒した英雄のサクヤにも顔をつなぎたいとも考えているらしいね」
「ふうん……そうなの、ゼイアード? なにか裏があるんじゃない?」
「さあな。ま、うちの主のことだからあるかもだが、俺は何も聞かされちゃいねぇな。そっちこそ、ユリアーナさまが同席しちゃマズイことでもあるのか?」
『ない』と言おうとしたが、ここでこのSakuyaは考える。
ここはエサをまいて、アヤしい奴の一本釣りといこうか。
「じつは有る。私たちはセリア王妹殿下をご快癒させる方法を知っている」
「ええっ! 宮廷の治癒師でも手に負えない病って聞いたけど?」
「…………ほう、大変な秘密を打ち明けたな。そいつは教えてくれるのか?」
「もちろんヒミツ。とっても重要な機密だから教えるわけにはいかないな」
私はふたりに背を向ける。ロミアちゃんの所にもどろうと、数歩あゆむ。
視線を感じる。うまく釣れたようだ。
そして振り向かず…………
ズバシャアアアッ
メガデスを抜き、何もない空間を切った。
されど、その空間から赤黒い大量の血液が噴き出した。
「ええっ! なにコレ‼」
ズルリ
何もないはずの空間から血まみれの人物が現れ、「バカな……気づかれるとは……」と言い残し崩れ伏した。
突然のくせ者の出現に、ロミアちゃんもユリアーナもお付きの家臣も大騒ぎ。
アーシェラとゼイアードも呆気にとられている。
前に人間だったころのザルバドネグザルと戦ったとき、特殊な隠形術を見たことがある。
それは遮蔽物のない場所なのに姿が見えないだけでなく、スキル【気配察知】でさえ何の気配も探れないというスゴイものだ。
あとでお兄ちゃんにその術の正体を聞いたところによると、それは位相をずらし亜空間へ入っているそうなのだ。
亜空間とは世界を形作っている空間の隣にある隙間のようなもの。
そこは空気も水もない生き物がうっかり入ったら死んでしまうような場所だが、術者はあえてそこに入り、姿も気配も見いだせない完璧な隠形とするそうだ。
もっともわずかだが、それを見破る隙はある。
こちらを覗くにために亜空間とこちらを一部つなげているのだが、その部分が歪んで見えてしまうのだ。
この術の正体を知らなければ、ただの目の錯覚と思ってしまうわずかな隙。
だけど、あいにく私はこの隠形の正体を知っていた。運がなかったね。
「バカな……バーラウムがこうも簡単に?」
茫然と見ているゼイアードが、うめくように言った。
あれ?
「ゼイアード、このアヤしいのと知り合いなの?」
ゼイアードは「ビックーン」と耳が逆立って、あぶら汗をダラダラ流しはじめた。
うん、じつに分かりやすい反応だ。
さて、コイツのことを洗い浚い吐いてもらおうか。




