15話 領主館のロミアちゃん
広大な敷地をぐるり高い塀で囲まれた領主館へと私たちはおもむいた。
門を潜り抜け、美しく木々が飾られている庭園をぬけると、三階建てのいかめしい館へと案内人に案内される。
館内でまた別の案内人につきそわれて領主の部屋へ。
ラムスが『案内なぞいらん。勝手知ったる家だし、さっさと行かせろ』とワガママを言うのを、どうにか宥めながら行く。
ああ。懐かしいな、この感覚。
できれば、そろそろ遠慮したい気苦労なんだけど。
さて、ひときわ豪華な調度品が並ぶ領主の部屋で迎えてくれたのは、銀髪の美しい貴婦人領主。【ロミア・リーレット女伯爵】ことロミアちゃんだった。
「みんなようこそ。サクヤさま、本当に帰っていたんだね。でもちゃんと領門を通って帰還の報告をしないとダメだよ。サクヤさまはウチの獣害討伐師なんだから」
私は現在『準男爵』という一代限りの爵位と、リーレット領の『獣害討伐師』という役目についている。要するに冒険者に手に負えないモンスターなんかが出たら、退治に出かけるというものだ。
「ゴメン。つい早く家に帰りたくなっちゃってさ。で、話ってなにかな。王都の方でけっこうな問題が持ち上がったって聞いたけど」
ロミアちゃんは居ずまいを正して領主の顔になった。
「先日、魔物の巣窟となったドルトラル領へ向かった調査団が元ドルトラル皇帝皇后殿下であられるユリアーナ・メイガスさまを救出して帰還しました。ユリアーナさまはホルガー陛下に自身と婚姻を結びドルトラル帝国を継承することを提案しました。ですが、これは大変な事です」
やっぱりその話か。
復興事業でたいへんな時にとんだ案件を持ち込んでくれたよ。
「ドルトラル帝国を継承するとなれば【帝都ベルク・ガルディ】までは解放しなきゃだけど、それだけの軍事行動をする予算と負担は大変なものになると、貴族諸侯はババ怒り。帝都周辺はとくに強い魔物がいるって報告もあるしね」
「予算以前にそこの魔物を掃討なんて出来ますのん? 魔人王戦では要塞にこもって戦ったから被害は少なくすみましたけど、平地であの魔界の蜘蛛とか戦ったら全滅は必至でしたやん」
「フン、勝てる算段はお前のレズ友だ。ユクハがなぜ急に七賢者に任命されたか考えれば、あのアホ国王の考えなぞお見通しだ」
「……いや、ウチとユクハはそんなん違いますけど。誤解はともかく、ユクハの召喚術をアテにしとるわけか」
ザルバドネグザルの召喚術に対抗するために、ユクハちゃんのレベル上げ過ぎたかなぁ。
「はい、ラムスさまの言う通り。歴代でも並ぶものがいないほどの召喚士ユクハ・マーメル卿をもってすれば、帝都解放は可能だと陛下はお考えです。でも解放したとしても防衛の負担とかあるし、いまは時期尚早だという意見も多数です」
「ロミアちゃん……あっと、リーレット領領主さまの意見は? わかるけど、いちおう聞いてみるね」
「もちろん私も反対だよ。先の魔人王戦で戦場になったのはウチの領内だもの。セリア王妹殿下に荒れた領土の復興の相談とかしてたのに、今から遠征なんて冗談じゃないよ。ドルトラル帝国領のお隣のウチが一番、遠征の準備をしなきゃなんないだろうし」
当然、私も出なきゃなんないだろうね。
しかし上の勝手な自己顕示欲のために使われるのって、すごく嫌だなぁ。
「話はわかったが、それをどうしてオレ様たちに相談する。そういった政治の話は、そのセリアに持って行くのが一番だろう。短い期間で諸侯の足並みをそろえ軍事編成を成し遂げたアイツの人望は宮廷内随一。アイツが遠征反対派をまとめれば、寝てただけの成りたて国王の寝言なぞ問題でもなかろう」
「国父のお言葉に寝言はやめて、ラムスさま。その……これはすごく秘密なお話なんだけどね。セリア王妹殿下はいま病に伏せっておられるの」
「ええっ⁉」
「そんなわけでセリアさまの代わりに総督として活躍したラムスさま、ザルバドネグザルを討ったサクヤさまは、セリアさまが回復するまでの間反対派の旗頭になってほしいの。ノエルちゃんはセリアさまの治療を。モミジさんはユクハちゃんを反対派に引き込んでほしいんだ」
なるほどねぇ。この辺の策はセリアさまが考えたことだろうね。
しかし気になることがある。セリアさまが罹ったという病だ。
それはもしや……
「……ロミアはん、王妹はんの罹ったという病の症状はどないなもんです?」
「なんでも、体がどんどん衰弱していっている病なんだって。もちろん宮廷治癒師が総出で治療に当たっているけど原因は不明。衰弱の進行を遅らせることもできないで困った状態なんだって」
やっぱり! シャラーンとまったく同一の症状だ!
「これは……まさかと思うとったけど決まりやな」
「やってくれたな、あのメスモンスターめ!」
「なになに、思ったことってなに? メスモンスターってだれ? 想像はつくけど、いちおう聞いてみるね」
「無論、ドルトラル帝国に行ったヤツラが拾ってきたユリアーナという元皇后だ。ザルバドネグザルにしてみれば皇族なぞ反対派を結束させるだけのやっかい者。それがどうして、あの女だけ助かったと思う」
「それは……どうしてなんだろうね。女の武器で取りいったとか?」
「女の武器なんぞヤツには通用しないだろうがな。取り入ったというのは間違いではなかろう。別の方法でな。ヤツはザルバドネグザルの手下となって、ヤツのやることに手を貸したのだ」
「ええっ? ザルバドネグザルのやったことって、人間を魔導生体実験にすることでしょ。そんなことに協力したの?」
「やる。シャラーンが言うにはそういう人間だそうだ」
事前にシャラーンから、そのユリアーナの情報を聞いていたラムスは確信をもって言う。
「あの女、命が助かるためなら国民の命なぞどうでもいいという女らしい。そしてザルバドネグザルの手下となったことで、ヤツの魔導術をある程度手にしたのだろう。おそらく病はその術のひとつ」
ロミアちゃんは可愛く首をかしげる。
「うーん? あの元皇后さまがアヤしいのはわかるけど、それだけで病と結びつけるのはどうかな?」
「無論、セリアだけが罹ったのなら、ここまで言い切りはしない。他にもシャラーンが同じ病に罹っているのだ」
「ええっ? でも、それがどうして元皇后さまに関係してると思うの?」
「シャラーンはドルトラル帝国内でヤツと対立する側の元諜報員だった。その関係でヤツのことをいろいろ調べて知っているそうだ。つまりユリアーナにとって都合が悪い人間。真っ先に抹殺したいと考えるはずだ」
「なるほど。あの人にとって都合の悪い人間が立て続けに謎の病にかかったなら、疑わないわけにはいかないね。シャラーンさんはどうなったの? 当然ノエルちゃんとモミジさんは治療をしたんでしょ?」
モミジとノエルはバツの悪そうな顔をする。
この二人が不可能だなんて、たしかに考えにくいんだけどね。
「お手上げや。ノエルの治癒魔法もきかんし、ウチも病の正体すらつかめん。アレをユリアーナがおこしとるとすると、さっき言った活動は危険や。みんなアレにやられてまう」
つまり不用意にユリアーナと対立できないわけか。
やってくれるね、ユリアーナ。
「うーん? するとどうしよう。何もしなかったらドルトラル帝国の継承が本決まりになっちゃうよ。そしたらいろいろ困ったことが起きちゃうんだよね。軍の負担以外にも、ドルトラル帝国の過去の侵略とかの責任がゼナス王j国にくるかもしれないし」
「やっぱ、病の正体をつきとめることからやな。まだ何もつかめんけど、シャラーンはんを徹底的に調べて治療法まで見つけたる。そっから反撃開始や!」
「うむ。オレ様もシャラーンをあんな目にあわせたユリアーナは許せん。総督をおろされた件も含めて目にものみせてくれる!」
「うーん、それしかないかぁ。でもあんまり時間はないんだよね。治療法をそんなに早く見つけられるの?」
「時間がないのはシャラーンはんも同じや。やらなセリア姫殿下はんも助からん。出来る出来ないやなく、やるしかないんや! ウチの錬金スキル尽くして見つけだしたる」
「わ、私もがんばってシャラーンさんを治します!」
おおっ、二人ともカッコいいぞ!
「ロミアちゃん、王国でも最高の錬金術師と治癒魔法師がいるんだし、きっとなんとかなるよ。そしたら私も、反対派の旗頭やるから!」
「……うん、わかった。それじゃ、お願いね」
悲壮な決意を胸に、我が家へ戻った。
天才魔法師と天才錬金術師のふたりは未知の病の解明にいどむ!
――つもりだった。
「みんな、おかえり~。ご飯いただいてるわよ。なんかスゴイお腹すいちゃって」
居間で見たものは、当のシャラーンがものすごいイキオイで我が家の食料を食べあさっている光景だった。
「シャラーン⁉ なんで治っちゃってるの!!!」




