13話 王都の事情
『ラムスとシャラーンが酒場になんか行ったら、さぞ乱れて飲んでいるだろう』と思って酒場に来たんだけど。
バカ騒ぎしてるような男女ふたりなどいなかった。
まだ早いせいでまばらにしかいない客の中に、妙におとなしく飲んでいる冒険者の男。
それがラムスだった。
「なんだ、もどったのかサクヤ。たいして待たされずに助かったぞ」
「…………ラムス? どうして、もとの冒険者スタイルになっているの? いま君って、国軍総督っていうお偉いさんだよね?」
ラムスの恰好はよく知っている冒険者のもの。
いや、お忍びって線もあるけど、ただの一般人の恰好でもいいはずだ。
「総督はクビになった。実家のクソどものところに戻る気はないし、他にできることもないからな。また冒険者だ」
「は、はああぁ? いや、総督ってクビを言い渡す方でしょ? なんでそんなことになっちゃったの?」
「なにもしとらん。国王が代替わりして、セリアの兄が戴冠したことは知っているな?」
「う、うん。ええっと……ああ、【ホルガー陛下】だったね。それがどうかしたの? セリア王女様の兄君で陛下だってのに何も知らないんだけど」
いちおうリーレット領でも新国王戴冠のお祭りみたいのはやった。
もっともただ騒いだだけで、その国王がどんな人なのかは知らないままだった。
「その存在感のないのが問題だな。先の魔人王戦では、オレ様やセリア、サクヤのような英雄級の活躍はもちろん、他の有象無象もそれなりに名をあげた。だが、王子だったそいつだけは何もしていない。病をおこして寝てただけだ」
「ああ……」
彼の指揮に不安をおぼえた家臣が、一服もって寝込ませちゃったんだよね。
そのお陰でセリア王女様が陣頭指揮をとって、混乱する王城や国を臨戦対戦にまとめあげ、あの戦いに勝つことが出来た。
「でだ。国王になったそいつは、あの戦いで英雄となった連中を恨んでいる。くだらん嫉妬だが、国王がこの感情を振り回せばそれなりにワリを食う奴らはいる。英雄のオレ様やセリアなどその筆頭だな」
あのやり方はやっぱり問題が残ったわけか。
彼が国王になったら、報復人事のひとつもするよね。
「でも、何の問題もないのに功績のあった人間をクビになんて出来ないでしょ? いったいどういう理由でクビになんてなったの?」
「なにを言っている? あの女の持ちこんだ問題だ! 残ったモミジから聞いているだろう」
「え? 『あの女』って誰? 持ち込んだ問題って何のこと? モミジとはその……とある事情で錬金術士の知識欲が爆発しちゃったんで、えっちして寝かせた。何も聞いていない」
「なんだと? モミジとはやっただけで、何も聞いていないだと? どうしようもない奴め。女好きのスケベもいい加減にせんか。こんな時くらいわきまえろ」
くそう、すごく不本意だよ。
真琴ちゃんの象さんに興奮して何も話そうとしないどうしようもない奴は、モミジだってのに。
「いいだろう。オレさまが王都でおこった事をひととおり話してやる。まずアーシェラたち元ドルトラル帝国領の調査にむかった調査団が帰ってきた。帝都近郊はやはり魔物の巣で、とんでもない奴らが居座っていたらしいのだが、なんとか何人かの生存者を救助してきたのだ」
ザルバドネグザルが召喚した魔界の魔物だね。
ドルトラル帝国領はいま魔界の魔物に征圧されていて、帝都には特に強い魔物がいるってウワサだったけど、案の定か。
「その中に【ユリアーナ】という元皇后がいた。そいつがトラブルの元でな」
ラムスの説明はこうだ。
そのユリアーナという元皇后さま、さんざん蹂躙されたドルトラル帝国の中での唯一の皇族の生存者なのだそうだ。
そのお方がアーシェラたちに保護され、王都に連れられてきたのだという。
そしてそのユリアーナさま。現国王のホルガー陛下に自らとの婚約をせまり、ドルトラル帝国との合併と領地の継承を申し入れたのだという。
「それはまた……壮大な話だね。……あ、いやでもドルトラル帝国の領地って、いまザルバドネグザルが召喚した魔物であふれかえってる危険地帯になっているよね? そんなところを継承なんかしたら大変だよ。そんな話、当然断ったよね?」
「だったら問題になどなっていない。あのバカ王、覇王になる夢に踊らされて、その話を受けてドルトラル帝国内に軍を派遣しようと画策しているのだ」
「ええっ⁉ あ、いや『バカ王』はやめて。でも、セリア王女さま……いや今は王妹殿下か。彼女なら、この話のヤバさを理解できるはずだよね。当然、反対したんでしょ?」
「もちろんしたのだがな。反対意見する奴らはみんな追い出された。セリアは城の奥に閉じ込められ、オレ様も総督を解雇された」
「ええっ! ホルガー陛下って、そんな暴君だったの?」
「セリアの話じゃ、ユリアにたぶらかされて暴君になってしまったんだと。魔人王戦でなんの功績もあげてない鬱憤につけこまれてな。シャラーンがその女のことを知っていたが、かなりの腹黒。こと宮廷内の策謀知略にかけては右に出る者はいなかったそうだ」
うーん、たいへんな女だな。これは対策が必要になるかもしれない。
「そのユリアーナって女が問題だね。どうするのかはともかく、その人のことは聞いておきたいな。シャラーンに詳しく聞けないかな?」
「アイツはドルトラル帝国で宰相派の元諜報員で、皇后とはやり合う関係だったらしい。その関係でそいつのことは詳しいのだがな。だが、アイツは……」
ラムスは妙に口ごもる。
そういえばシャラーンもいっしょに来ていたと聞いたけど、姿が見当たらない。
てっきりいっしょに飲んでいるかと思ったのに。
「シャラーンに何かあった? 姿が見えないし、ラムスも妙に暗く飲んでいたし」
「アイツは原因不明の病気になった。このままでは長くない」
「ええっ⁉」
くそっ、思った以上に深刻な事態だったな。
それにしても、これだけのことを『お偉いさんが何とかするやろ』で片づけたモミジっていったい……。




