07話 地獄への舗装路
ビョオオオオオウッ ゴオオオオオオウッ
雪まじりの風は目の前が真っ白になるほどに吹き荒れ、一メートル先すらも見えない。
「うおおっ、これが本場のホワイトアウト。本当に真っ白で何も見えない。ペギラヴァが出たときも似たようなのは見たけど、場所がダンジョンだったからかな。こっちの方が圧倒的にすごい」
立ち往生している登山家のみなさんと別れた私たち。
あの後から加速的に天候は荒れ、吹雪いてきた。
この【剣王ヶ岳】は、冬には何日も風雪が続き大量のドカ雪が降り積もる危険な山。シベリアから押し出された低気圧が日本海一帯にとどまり、この山は氷点下の牢獄となった。
そして現在、岩場の洞窟内にてブリザードを見学中。
もちろんこんな洞窟が都合よくあったわけではなく、メガデスで岩場の岩を斬ったり破壊したりして造ったものなのだ。
「『十年に一度の大雪』とか言われそうだな。この山はドカ雪でも有名ではあるが、これだけの量は近年にはないだろうな」
「で、必要なリソースはどのくらいでたまるの? あと何日滞在?」
「この調子なら三日ほどだな。あさっての午後あたりには下山できるだろう」
「あさってかぁ。体温は下がらないとはいえ、寒さは感じるんだよね。ここで三日はつらいなぁ」
私たちの後ろ洞窟の奥には魔方陣が敷いてあり、それでリソースを獲得中。
お兄ちゃんはたまにそれの微調整をしているが、私はまったくの手ブラ。暇だ。
「……ねぇ。暇つぶしに聞くんだけど、人間からとるリソ-スと、こんな山奥からとるリソースの違いって何なの?」
「人の欲やら熱意やらから採るリソースは、人間の雑念まじり。能力の付与などに使うならこれで十分なのだがな。今回使用する自然の中にたまったリソースは、太古にさまざまな物質や生命に変化する前のほぼ純正に近いもの。物質生成はコレでなければいかんのだ」
「物質……生成? それが真琴ちゃんに何の関係が?」
チャチャーーン チャラリラチャチャーーン
おっと電話だ。ま、この疑問はあとで聞けばいいか。
どうせ時間はいくらでもあるんだし。
携帯を取り出して通話ボタンを押す。
この携帯はお兄ちゃんが貸してくれたもので、衛星を介して交信するので山奥であろうと圏外ナシに通話できる優れものなのだ。
「ああ、真琴ちゃんか。どうしたの? ……えっ、風がうるさいって? いま山の中だから吹雪の真っ最中なんだよ。 ……え? もちろん無事に帰るよ。十年に一度の大雪だからって、遭難なんかしないって。ホントホント。……うん、もちろん寒いよ。……ああ、低体温症? そっちの心配はないから」
—―—―—―—―—ーぅぁぁぁぁぁぁぁ……
「……? あ、ちょっと待って。……うん、人の悲鳴みたいのが聞こえた。ちょっと確認するから、いったん切るね。ブリザード眺めるだけで暇してるから、また電話欲しいな」
ピッ
携帯を切りつつ思い返してみたが、さっきの悲鳴に確信が持てない。
「どう思う、お兄ちゃん。吹雪の中で、微かに人の叫びのようなものが聞こえたと思ったんだけど。空耳かな?」
ここはコースから大きく外れた岩場。この先は断崖絶壁の崖しかなく、登山者の人達が立ち寄るわけはないのだ。
「いや、オレにも聞こえた。多分だが、向こうのヤツラが下山を試みて転落でもしたのだろう」
「ええっ!? まさかこんな吹雪の中を?」
「食料が尽きれば終わりだ。バクチでも賭けるしかなかったのかもな」
「でも、ここはコースから大きく外れた岩場だよ。岩だらけで道もないのに、どうしてここに……」
「道ならあるではないか。お前がメガデスでドカ雪やら岩やらを吹き飛ばして造った舗装路がな」
「ああっ!」
そうだ、私たちがここへ来る時に造った道がそのままだった!
それは雪で埋まっても、コースの道よりはるかに歩きやすくなっているはずだ。
もしホワイトアウトのせいで前が見えなくなって、コースと勘違いしたならば?
「遭難連中には、道が救世主にも見えただろうな。じつは地獄へ誘うニセ救世主だとも知らず愚かにも縋ったのだ」
「ヒイイイイッ! 私、【地獄への舗装路】なんか敷いちゃったの⁉ 悪魔超人入りドラフト一位で決定!」
『こうしちゃいられない』と、私はメガデスを背負う。
「待てサクヤ、どうするつもりだ?」
「ちょっと見てくる! 生きている人がいたら助けなきゃ!」
「『助ける』……か。ひとつ言っておこう。もし、助けることでお前のスキルの力が広まったならば、オレもお前も日本で生活することは不可能なくらい周囲から注目されるぞ」
ピタリ。
そうか。こんな人間離れした女の子、普通に人前には出れないよね。
「そうなればオレは戸籍を消して日本を離れるがな。お前も二度と故郷の街に来ることは出来ん。その覚悟はあるか?」
そんな……そんな昭和のウルトラマンみたいな運命だなんて!
あの最終回みたいに、人々を救うためにあえて正体を明かし、愛する故郷を悲しく去らねばならないだなんて!
『西の空に明けの明星が輝くころ、一人の異世界転移者が爆死する。それがぼくなんだよ』とか言わなければならないなんて!
……ちょっといいかも。
「悩んでいるな、サクヤよ。だが、ちょっと嬉しそうなのは何故だ? しかたない、オレがチエを貸してやろう。ほれ、コレをつけていけ」
お兄ちゃんはリュックをあさって中から取り出したるは、某スペースサーガのライバルキャラ。カイロ・レンのマスクだった。
「な、なんで雪山にそんなものを持ってきたのよ!」
「こんなこともあろうかと、だ。実際、役に立つときがきただろう」
「…………たしかに。謎のお助けマスクマンになるわけだね」
よかろう、レジスタンスの諸君。暗黒面に堕ちた者でも、たまには人助けをするのだ。
うーん視界が悪い。足場には気をつけないと。
「うーむ、しかし問題はボディだな。女物のスノージャケットではマスクに合わなすぎる。さすがにコスプレ衣装までは持ってきておらんし」
「いや、そんなことを気にしている場合? 顔が隠れればどうでもいいと思うけど」
「いかんいかん。お前のスキルを披露しておかしくないようにするには、思いっきり厨二どもが好きそうなキャラを演出せねばならん。よし、この敷いてあるシートをマントのようにくるんでいけ」
まぁ、マントはあちらの世界では標準装備。
野宿ではそれにくるまって眠ることもあるから、身に着け方はなれたものだ。
「ふむ、あともう一ひねり。やはりボディが問題だな。ここにあるもので、それらしく演出するには……」
いや、コスプレ会場に行くんじゃないんだけど。




