6話 冬山へ
どうやら私は一ヶ月ばかり現代日本へ足止めのようだ。
理由は私が向こうの世界へ行き来するにはそれなりのリソースを使わねばならないのだが、帰ってから真琴ちゃんを迎えに来て戻るとなると、かなりのリソースがかかる。
かといって私が先に向こうへ戻った後で、彼女を一人で来させるのはかなり不安だ。
結果、彼女の学期末が終わるのを待って、一緒に行くという予定になったのだ。
そしてその間を利用して、お兄ちゃんは共にとある冬の雪山【剣王ヶ岳】へ登ることを要請してきた。
その山は古くから地元で山岳信仰の対象である一方、遭難者が幾人も出ている難所だそうな。
登山の際は自分の体力やレベルにあわせた登山計画書を立てて市に提出しなければならないが、もちろん出してません。
素人二人が軽装でなんて速攻ハネられるし。
ヒュウオオオオウ……
「うーん。一面真っ白で、いかにも寒そうな景色だね。私には寒さなんて平気だけど」
前に大精霊獣ペギラヴァを相手にしたとき、寒冷耐性スキルを最大に獲得したことがある。
そのおかげで、寒さは感じようと体温が下がったり体の機能が低下したりはしない体質になったのだ。
「うむうむ。じつに良質のリソースがとれそうだ。サクヤ、この日本でも冒険者の仕事だ。嬉しかろう」
「嬉しいかね。向こうでも冷蔵庫背負って冬の雪山に上るなんてトンデモ依頼、受けたことないなぁ」
お兄ちゃんが言う『リソース』とは、この世の生命を形作るある種のエネルギーのようなものであり、創造神はそれを様々に変化させ世界を造るのだそうな。
人間のお兄ちゃんがそのリソースを得る方法は大きくわけて二つ。
人間から採るか、自然から採るか。
普段は金儲けやエロスで釣ったサイトなんかで人間から採っているらしいのだが、今回は自然から採る方法を選択せねばならないらしい。
「文句は言わせんぞ。こんな面倒をせねばならんのも、お前があのメスガキの世話をしろと言ったせいだ。あのガキを助けたくば、しっかり働け」
いったいそのリソースが、どう真琴ちゃんに関係するのやら。
それを教えてくれないのは困りものだけど。
「はいはい。真琴ちゃんを助けるためなら、トンデモ依頼もしっかりこなさなきゃね。幸い冒険者に必要なスキルは一通り獲得しているし、楽にやれるよ」
背負った保冷気はそのリソースを入れるため。今は中に食料をつめこんでいる。
それに加えメガデスも持ってきた。通れない場所を破壊したり吹雪をしばらく抑えたりと、必要になるそうだ。
その他のテントやら寝袋やらはお兄ちゃん。冬の雪山に上るにはだいぶ軽装だが、スキル持ちにはこれで十分なのだ。
「オレの未来視によれば明日より吹雪となる。そして十日ほど吹き荒れ続ける。どうだ、絶好の雪山日和だろう」
「うんうん、吹雪とかワクワクするね。こりゃメガデスを思いっきり振り回せそうだ」
アタマおかしい会話だけど、零下20度でもハダカで過ごせる身には、吹雪はイベントだ。
ちょっとワクワク。
「しかし平気とはいえ、どうして吹雪が起こる直前に登るの? 天候が荒れていたら、それなりに帰るのが難しくなるのに」
「あまりリソースをとる所を人に見られたくないのが理由だな。それに天候がおだやかな日でも、この山ではお前はそれなりに人間離れしたことをやらねばならんだろうからな」
「なるほど。人がいないから思いっきりスキルで人間離れできるわけか」
そんなわけで雪山地獄行き開始。
山に入った直前は雪がパラつくものの、風はあまり吹いてはいなかった。
しかし中腹あたりに来ると強風となり大量の雪も相まって本格的に吹雪いてきた。歩行強化スキルを持っている私はまだ平気だけど、お兄ちゃんが進めなくなってきた。
「よしサクヤ、メガデスを使え。それは不可触のものであろうと斬れる特殊剣。風を薙ぐなど造作もない」
「うん。こういう使い方があると知ってれば、ユクハちゃんを捜索した時も楽だったのにな」
剣をかまえタメを作る。目前にせまる空気の塊にねらいを定める。
「スキル【空烈刃】、はぁッ!」
ビュオオオオオオウッ
空中に大きくバツの字に切り裂くと、進行方向一直線の風は霧散した。
そんな調子で風も雪もみんな切り伏せ、険しい山道もスキルで簡単に踏破しながら、山頂間近へと歩を進めた。
だがそこの比較的なだらかな場所にいくつかのテント群が設営してあるのを発見。その周囲を何人かが雪かきをしていた。
「チッ、登山マニアどもめ。まさかこんな時期に、この山を登るバカがこんなに居るとは思わなかったぞ」
「山岳愛好家ってすごいねぇ。厳しい自然に立ち向かい山にかける情熱はどこから来るのやら」
「せっかくだから山頂を見ていこうと思ったが、見つかっても面倒だ。やめた。こいつらから離れてリソースをとる作業に入るぞ」
しかし運悪く、除雪作業をしている兄ちゃんたちに見つかってしまった。
「おおーい、君たち。どうしてこんな場所に? まさかそんな軽装で登ってきたのか?」
「ええ、まぁ。それよりお兄さんたちは早く下山した方がいいですよ。明日以降はもっとブリザードがひどくなります。今出発しないと帰れなくなりますよ」
「もう試みたよ。吹雪になりそうなので、九時ごろに出発したがな。すでにあまりに風が強くて進むことができなかった。それでみんなで引き返してビバークだ。……君たちはどうやって、ここまできた? それにそのでっかい剣みたいなのは?」
「え? あーその……モゴモゴ」
「うるさい、オレたちに構うな。サクヤ、行くぞ」
お兄ちゃんは無理やり話をうちきって、その場を離れた。
遠ざかりながらもプロ登山家の人達の話声が聞こえた。
「さっきの二人は疲労もなく登ってきたようですね。下に行けば風の影響も少ないかもしれません。われわれはもう食料が残り少ない。今の機会に下山を試みます」
「そうですね。気象情報によると、シベリアから1072ミリバールの優勢な高気圧が張り出して、天気図は典型的な冬型気圧配置だそうです。この悪天候は長引くかもしれません」
お兄ちゃんの未来視では十日ぐらい続きます。
「では、みんなで行きますか。あと、さっきの二人はシロウトっぽい。われわれが出たら帰れなくなってしまうでしょう。おーい、君たち!」
ああ、親切が痛い。私たちの救助要請とかされたら困ってしまう。
「おかまいなくー! 私たちには気にせず行ってくださーい!」
そう言って逃げ出した。
しかしあの人たち、無事に下山できるかな。
下の方は風の影響がないどころか、さらに酷くなっているし。




