エンディングC 優柔不断の果て
「う、うーーん、どうしよう? こっちの世界のみんなとも離れたくないし、でも現代には帰りたいし……」
「なんだ、決められないのか。そんなに迷うことか?」
「うん、現代には帰りたいけど、みんなと別れるのも嫌だし。週末だけこっちに来るようにするとかダメ?」
「簡単に言うな。こっちの世界と現代日本の世界をつなぐ魔方陣にはかなりのリソースが必要なのだ。が、どうにか出来ないわけでもない。お前しだいだが」
「どうするの?」
「オレの仕事を手伝え。より多くのリソースを稼ぐことが出来れば、お前の望む通りいつでもこの世界に来れるようになる」
「お兄ちゃんの仕事? エロゲメーカーのスポンサーに何の手伝いがいるのよ」
「アホウ。それはあくまでオレの事業の一分野だ。まぁ、やってみればわかる。それもある意味、異世界だがな。ククク……」
なんかモーレツに嫌な予感がしてきたなぁ。
悪そうな顔で笑うお兄ちゃんなんて、不安そのものでしかない。
しかし、そんなわけで私はお兄ちゃんの仕事とやらを手伝うことになったのだけれど。
それは思いもよらない運命のはじまりだったのだ。
◇ ◇ ◇
それから一年後。
とあるアメリカの田舎町の裏通りにて、私は立ち往生しながらお兄ちゃんと衛星携帯で話をしている。
『こちらロック。ナンシー、生きてるか?』
なにがロックだ。まったく、あの時お兄ちゃんの仕事を手伝う選択なんてしたけど、こんなことになるとは思ってもみなかった。
ちなみにロックはお兄ちゃん、ナンシーは私のコードネームだ。
お兄ちゃんはラムクエをより神ゲーにするため、世界中のゲーム会社からプログラムを集めている。そして現地に行かねばならない時は私を派遣するのだ。
その中にはヤバイ手段で手に入れるものもあり、それに対してやがて追っ手が来るようになった。
「生きているよ。ブツも無事だ。それで、これから私はどうしたらいいのよ。日本に帰れるの?」
『ああ。運び屋は手配はした。港に行ったらレイシー号という名の小型船のヤツラに話しかけろ。安全な国まで送ってくれる。ただし絶対につけられるなよ。ヤバイと思われたら乗船させてくれなくなる。それが運び屋の流儀ってやつだ』
「ねぇ。これって本当にゲームのプログラムなの? 追っ手があきらかにカタギじゃないよ。プロの顔つき体つきのヤツラが追ってきてるんだけど?」
『ゲームのではないな。政府関係で使えそうなのがあったから拝借した。まさか元BUD/S訓練生のボディーガードなんかが出てくるとは思わなかったがな。死ぬなよ』
「バッズ……ってなに? なんかモーレツに不穏な響きがするんだけど」
『アメリカ最強の特殊部隊SEALSの基礎錬成訓練課程だ。SEALSになれなかったからって甘く見るなよ。このBUD/Sに入るだけでも候補生で百人に一人の難関。つまりその訓練を受けただけでも、ヤバイ戦闘力持ちってことだ」
――—!!!!!?
「ななな、なんてのと鬼ごっこさせてんのよ! 今すぐプログラムを返してあやまろう! 妹を犯罪者にするなんて、それでも人間⁉」
「なりゆきだ。だが、この件は表立った事件にはなってないな。つまりお前は犯罪者ではない」
「そ、そうなの? ちょっと安心した。だったらプログラムを返せばまるく収まるね」
「いや、どうやら連中はお前自身に興味があるようだ。そっちの掲示板にお前のことらしき手配が出回っているから読み上げるぞ。『元BUD/S訓練生ひきいるボディーガード十二人を一人で征圧した少女。彼女は銃すら使わず、警棒一本でこの立ち回りを成し遂げた。現在、この圧倒的な戦闘力を持った少女に対し、国際能力研究所は身柄に四十万ドルの懸賞金をかけたもよう。軍関係者などは大いに興味を持ち……』これ以上はいいな」
「ええええっ!? あの大きなおじさんがバッズとかの訓練生だった人だったの⁉ どうりで少し手ごわかったはずだよ!」
『”少し”だと? つまりそいつ相手に楽勝だったのか?』
「そりゃいくら強くても、向こうのモンスターとは比べものにはならないよ。警棒一本あれば剣術スキルは使えるから大したことはなかったね」
『だから能力開発研究のヤツラに目をつけられたのだ。自重せねばこういう事になる。こうなったらしばらく向こうの世界で暮らすしかないな。帰ったらすぐに送る。急いで帰ってこい。くれぐれも捕まるなよ』
「……了解。自重は大事だね。身にしみたよ」
お兄ちゃんの会話を終えて逃走ルートを考えようとした。
しかし早くも見つかってしまったらしい。辺りに剣呑な気配が漂っている。
ふと、地面にレモンやらオレンジやらがコロコロ転がってきた。
「ああっ、もしお嬢さん。どうか拾ってくださいな」
買い物袋を持ったオバちゃんがオロオロしながら私に助けを求めている。
どうやらこの果物は、持っている買い物袋から落としたらしい……ように見せかけているつもりだね。
私はそれに見向きもせず、懐からスチール製伸縮警棒を取り出し伸ばす。
「ふうん。こんな普通そうなオバちゃんまで追っ手なんだ。大したものだね。気配は一般人そのものだよ」
するとオバちゃんは買い物袋をポイと投げ捨て、ニコリと人好きそうな笑顔を見せる。
「あら、わかっちゃった? こうも簡単にバレるなんて腕がニブったかしらね」
「いや、オバちゃん一人だったらわからなかったと思うよ。でも、こんな危うい連中に囲まれているのに、声をかけるオバちゃんが一般人なわけはないと思っただけだよ」
「……ふうん、特殊部隊あがりの気配をよんじゃうんだ。お嬢さんは何者かしら? どこで訓練を?」
「私はただの一般人だよ。それよりプログラムは返す。それで引いてくれないかな?」
「そんなプログラム、半年後には一般販売されるものだから、アタシ達が出張るほどのモノじゃないのよねぇ。そんなモノより、お嬢さんの身体能力の方が数百倍もの価値があるわ。どう? おとなしくついて来てくれれば、待遇は保証するわよ」
まわりの気配が一気に危険水域に跳ね上がった。
会話してる間に襲撃するハラか!
「スキル【かすみ打ち】!」
高速でタックルしてくる巨漢の横を、さらに速いスピードで駆け抜け。
すれ違いざまに脇腹に一打。
ドサッ
巨漢はモノも言わず倒れるが、それには見向きもしない。
さらに三人もの巨漢が私をかこみ、それぞれの戦闘スタイルで一斉にかかってきたのだ。
ビュンッ ビュンッ ビュビュンッ
「あなたはボクシングスタイルか。ふうん、これが本物か。意外とキレイな動きなんだね」
パンチが高速で規則正しく無数に繰り出されていく。
ま、その中で感心しながら見物できちゃうくらいに余裕なんだけど。
見切りスキルってチートだったんだな。
「バ、バカな⁉ おれのジャブの中で話せるだと!」
「ほい、アッパーだ。テンカウントまで起きるなよ」
警棒で顎に一発。またまたダウン。
「ちっ、しょうがねぇ。無傷とはいかないようだな!」
残った二人は私を前後にはさんでナイフを繰り出す。
前後から無数に繰り出されるナイフに、さしもの私もかわすのが精いっぱいになる。
「オジさんたち、本気で私を殺そうとしてない? どう見ても当たったら死ぬんですけど?」
「手加減できねぇんだよ、バケモノ小娘が! 二人がかりの実戦コマンドでも当たらねぇなんざ、どうなってやがるんだ!」
ナイフの檻の中で紙一重の回避も限界だ。
くそっ、しょうがない。
使いたくはなかったけど、こっちも実戦スキルを出すしかない。
「スキル【音速剣】!」
スキルのかけ声すら通りこし、警棒は刃と化し二人の身体を貫く。
ドサドサッ
さっきまでナイフの猛攻で攻め立てていた二人は、声もたてずに倒れた。
「良かった、生きている。この屈強な筋肉ダルマな体のおかげか」
実戦スキルは本気で相手を殺しちゃうから、使いたくないんだよね。
二人の身体を調べ、息があることに胸をなでおろしたのもつかの間。
パーーン
一発の銃声が鳴り、同時に「ドサリ」と人の倒れる音。
「ごめん、オバちゃん。腕はあきらめてくれ。タイミングが良すぎたせいで、こんなことになっちゃって」
倒れたオバちゃんの横には私が切り落とした腕。
彼女があまりに私の気がゆるんだ一瞬に撃ってきたので、スキルを加減する余裕がなかったのだ。
このオバちゃん、けっこうな大物スパイかもしれないな。
すごく血の出てるオバちゃんの腕を服で縛り、出血をおさえる。
「フッ、気にすることはないさね。けど、アンタは逃げられないよ。SEALSを簡単に征圧できるお嬢ちゃんなんて、政府が見逃すはずはないからね。もう一度聞くけど、おとなしく協力してはくれないかい?」
「ええっ⁉ このオジさんたち、本物のシールズだったの? またまた私、やっちゃった?」
たしかにこのオバちゃんの言うとおり、アメリカは本気になるだろう。
しかし、ここまできたらもう腹をくくるしかない。
「悪いけどね、私は自由でいたいんだ。じゃあね」
ま、修羅場はザルバドネグザルとの戦いで慣れっこだ。
どうにか逃げてみせるさ。
私は警棒をしまうと、裏通りを隠形スキルを発動しながら駆けていった。
これにて完結です。応援ありがとうございました。最終回がすごく遅れて申し訳ありません。




