103話 防衛線の舞姫
「「「うおおおおおおおおおっ! すげぇ恰好の姉ちゃんがきたああああッ」」」
シャラーンが要塞後方で休息中の魔法師の前にあらわれた途端、異様な歓声があがった。
男って半裸の女が好きだね。私も好きだけど。
そんな男たちの前で、シャラーンは手慣れた様子で魅力的にほほ笑み会釈をする。
「戦いに疲れ伏した勇者のみなさまへ、王女殿下からの差し入れです。アタシの舞にて鋭気を養い、ふたたび前線に出られることを切に願います」
そうしてシャラーンのダンスははじまった。
主張豊かなバストをぷるんと揺らし艶めかしい腰が妖しくくねると、男たちの視線はもはや他の何者も見えない。
シャラーンの舞う姿に歓声は次第次第に大きくなり、疲労で動くこともできなかった彼らはやがて立ち上がり、元気いっぱいに飛び跳ねている。
「ええい貴様ら。そんなに元気ならさっさと防衛線に戻れ! こっちは魔力光を受け止める人数が減って、崩壊寸前なのだぞ!!」
指揮官に怒鳴られ、あわてて駆け足で防衛線に戻る魔法師たち。
彼らはすっかり魔力が戻って、しっかりと魔法障壁を張りめぐらす。
やがてまた魔力切れをおこした魔法師がシャラーンの前に運ばれると、程なくして復活する。
永久機関が完成しちゃったよ。
「わははセリアよ。お前の差し入れは、ずいぶん兵どもに気に入られたようだな。あの舞のおかげで、兵どものやる気は満々ではないか」
「……ええ、まぁ。わたくしの名前であれを下賜したとされるのは不本意ですが、防衛線が長く持ちそうなのは喜ばしいことです。……殿方というのは、あれほど単純に出来ているものなのでしょうか?」
「いえ、彼女の舞の回復スキルのおかげです。それより次は、せまってくるレッサーデーモンと飛竜ですね。そろそろ迎撃しないと侵入されてしまいます。ラムス、ユクハちゃんとモミジに命じて」
「よしッユクハ、モミジ、飛んでくる羽虫どもを迎撃しろ。やり方はまかせる」
「「了解!」」
モミジは、彼女のおじいちゃんの工房の人に命じて大砲を構えさせる。
「角度調整。……もう二度右や。そこや、発射!」
彼女の計算によって導き出された角度に調節し発射した弾はほとんど外すことなく飛竜に命中し、次々と落としていく。
「おおっ、すごいなアレは。オレ様も撃ってみたくなったぞ。しかしレッサーデーモンの方には効いてないようだな」
「そうだね。魔法障壁で弾を防いでいるみたいだ。あの威力の弾を防ぐなんてたいしたものだ」」
「あの魔力が攻撃に転じて使われたら脅威です。魔法師の方々も怪光線を防ぐので手いっぱい。近づかれる前に何とかしませんと」
「ご心配なくセリア姫殿下。いよいよ切り札のユクハちゃんが動きます。ほら」
彼女専属の護衛騎士に守られた彼女は、聖者の石をかかげ詠唱を開始。
「燃ゆる大炎、立ち上る御柱。千年の氷原もたちまちにして焼土と化す、深淵にして原初の炎たる汝。天を焼け大地を焦がせ海を蒸発させよ。汝大いなる煉獄の番人、我に世界のはじまりを再現し見せよ。来たれ【イフリート】!」
瞬間、空が燃えたような熱風が吹き荒れ、全身が炎につつまれ燃えているような巨人が現れた。
赤々と燃える肉体は神の如き威容を感じ、空中に雄々しく立つその姿。
それは炎の魔人イフリート。
レッサーデーモンは、突如進路をふさぐように現れたそれを見た途端まるで怯んだように止まる。
そこに容赦なく溶岩の塊のようなファイアボールを打ち込み、次々と蒸発させていった。
「あれは……魔神? まさか魔神をも召喚できる召喚士なんて! 元七賢者の彼女の父君すら到達していないレベルですよ!」
「わははは、さすが【栄光の剣王】のメンバー。七賢者のレベルさえも越えてくるとはな」
「すごい! すごすぎるよ、ユクハちゃん! ……って、どうしたの⁉」
ユクハちゃんは「ううっ……」とうめきながら膝をついている。ものすごく苦しそうだ。
私は思わず駆けよった。
「どうしたの? 苦しいの?」
「もう……限界。制御が間に合いません。はやく……送りかえさないと」
「ええっ? もう?」
「魔族に対抗できるのは……あれしかありませんでした。でも……制御にはとんでもない魔力が……いるんです。そして制御をはずれた魔神は……私たちをも攻撃してきます」
ヒイイイッ! あれがこっちに攻撃してきたら、私たちみんな、まる焼けだ!
「シャラーン、急いできて! ユクハちゃんを速攻で復活お願い!!」
シャラーンはしゃなりとこちらに歩んできて、ユクハちゃんにニッコリ微笑む。
「最近、女も好きになってたからね。お嬢ちゃん、しっかり見せてあげるわよ」
シャラーンはユクハちゃんに見せつけるように際どいところを晒しながら舞いはじめる。
「わああああっエッチなお姉さん⁉ 恥ずかしくて見てられないよおおッ」
「ダメだよ、しっかり見ないと! ぷるるんパイオツカイデーとかケツデカクネクネとかに集中して!」
「ううっ。どうしてこんな非常時にえっちなお姉さんを見ないと……あれ? 本当に魔力が復活してきた」
こんな風に危うくなった場所にシャラーンを派遣していき、要塞防衛は安定してきた。
そして守りが安定してきたのなら、攻めのことを考えられる。
「モミジ、山に送ったドローンはどうなった。怪光線を出しているものの正体は分かった?」
モミジは大砲射撃を技術者たちにまかせ、再び水晶モニターに集中している。
どうやらドローンの先で何かが見えたようだ。
「ああ、バッチリ見えたで。あれを出しているのは目玉のオバケや。体全体が目玉で出きとるようなモンスターが、あれを発射しとる。数は4体。」
全身目玉のモンスターね。
たしかにあのデザインって強力な魔法攻撃をするモンスターの定番だけど、実際に居たのか。
「全身目玉のモンスター……まさか、それは⁉」
「知っているのか雷電!……じゃなくてセリア姫殿下!」
「魔界へ行った者からの記録という文献にあります。【カオスアイ】と名付けられたそれは、魔界でも上位の存在であり、上位悪魔にすら匹敵する存在だとか。いわば魔物中の魔物」
なるほど。あの長距離から間断ない魔法攻撃を浴びせてくるほどの魔力。その実力。
たしかに魔界の上位モンスターというのも納得だ。
さらにモミジは驚くべきことを告げた。
「なんか人型の偉そうな魔物がおるで。まさか、あれは……魔人王⁉」
ザワリ……
思わず山の方に目を向ける。
「アイツは……あそこにいるのか。怪光線の先のあの山に」
「何や? 何やら目玉どもの足元に魔方陣が敷かれとるで。何か術をしようとしている……いや、まさか⁉ ヤバイで!!」
「どうしたの⁉」
「あれは転移魔法や! あのモンスターをどっかに送ろうとしとる! 多分その先は……」
『ヒイイイイッ』と誰かが叫んだ。私も戦慄で背中が寒くなった。
誰もがわかった、その恐るべき狙い。
あれを送ろうとする場所はここ。あの威力の怪光線を近距離でぶちかまし、一気に要塞を破壊しようというのだ!
「て、転移場所の特定を! 出てきた瞬間に集中攻撃をしかけるしかありません!!」
……いや。向こうは、出てきた瞬間に特大の怪光線をぶっ放すかもしれない。
それをされたら魔法師全体と私たちが全力攻撃をしても、押し負ける可能性が高い。
「ノエル、ゲートを開いて! 私が向こうへ行く! 質量の大きいアレをこっちに送るより、確実に先手だ!」
ノエルはあえてこの防衛戦に参加させていない。それは万一のとき、王女殿下やロミアちゃん、その他重要人物をゲートで脱出させる保険でもあるからだ。
だがしかし、保険はもう一つある。
それは敵の懐が判明したとき、私をそこへ送るのだ。
ドローンの一つにノエルの羊毛で作った人形が括り付けられており、そこにゲートを開くのが可能なのだ。
「い、いかんでサクヤさん! いま敵に、こっちの目の存在は気づかれておらん。けどさすがにゲートを開いたら、魔力感知で知られる。出ていった途端に集中されるで!」
「私なら大丈夫なんだよ。それを切り抜けるだけのスキルはある。さ、ノエル」
ノエルはためらいながらもゲートを作る。作りながらも何度も私を見る。
「本当に……本当に大丈夫なんですね、サクヤ様。きっと帰ってきますよね?」
ロミアちゃんも進み出て言う。
「サクヤ様だもんね。こういうの、二度目だもんね。きっと魔人王を倒して戻ってくるよね」
ラムスまでも指揮官席から出てきた。
「オレ様はちっとも心配してないぞ。オレ様から【栄光の剣王】を受け継いだきさまなら、この程度はちょいちょいだ」
その他にもユクハちゃん、アーシェラ、モミジ、シャラーン、セリア王女様……みんなが何か言いたそうに私を見ている。まったく照れるね。
「すぐ戻るよ。約束する。私は最強のモンスター殺し【剣王サクヤ】だ!」
この虚名、はじめて自分から名乗ったな。
いやそんなことより、敵の懐に奇襲をかけるなら時間が勝負だ。
心配そうな多くの視線から背を向け。
ゲートが開いた途端、私は飛びこんだ。
いよいよ最終対決! 最終回も近いです。




