訓練
この浦安国に連れてこられた人数は約5,000人。10ある海上基地と離島に位置する陸上基地にそれぞれが訓練生として収容され、50人ずつの小隊に分けられた。当然、兵舎は男女別々である。
訓練生が受ける訓練は3段階に分けられ、第1段階は基礎体力訓練と座学、第2段階は第1段階をこなしながら分解結合・実弾射撃訓練、第3段階は2つの段階の集大成となり、様々な戦闘技術の習得訓練となる。また、各段階には次の段階に進むための試験が設けられており、それをこなさなければ次の段階に進むことができない。まさに新兵の墓場と言われた訓練システムだ。
普通の軍隊などの場合、日程を組み、訓練をこなしていくが、この訓練システムは少し違った。小隊長が申請すればいつでも試験を受けることができる他、合格した場合、すぐに次の段階に進むことが可能なのだ。即ち、訓練初日にいきなり試験を受け、合格すれば2段階に進むことが可能というわけである。
また、この3段階の訓練を通過すれば、次は野営、夜戦、市街戦などの野戦訓練が離島の基地で行われることになっている。茶ひげは訓練開始時に言っていた。他に先駆けていち早く訓練を終えた小隊、上位10チームにはそれぞれそれに相応しい報酬を与えると。
しかし、いざ訓練が始まってみればまさに地獄、いくらゲーム内で分解結合、射撃技術などの戦闘技術を感覚的に身に着けていたとしても筋力や体力までは仮想空間と現実は共有されないため、ほとんどの者が訓練をこなすのも、やっとだった。しかし、逆らうわけにはいかない。逆らえば彼の二の舞になってしまうと、皆が必死に訓練にしがみついていった。こなせない者も出たが、日を追うにつれ体が訓練に適応していき、徐々に訓練を追い越していったのである。
因みに皆が二の舞になることを恐れている彼とは、ここにきての初めての死傷者のことである。
「そ、そんなことが、まかり通ってたまるかっ!!…おい、何する離せ、離せっ」
新兵の墓場に於いて、5,000人以上の中から唯一、茶ひげに反抗した男性がいた。しかし、彼は武装した男たちに別室に運び出されてしまったのである。彼の様子は映像として映し出され、皆が固唾をのんで見守る中、急に苦しみだし、吐血したかと思えば、そのまま息絶えてしまった。この時、一人の男性の死を通して全員が思い知った。手首に付けられた端末の恐ろしさが常に自分に牙を向けているのだと。それ以来、彼らはこの世界の人間たちの目的達成に寄与することで元の世界に帰ることを目指し始めたというわけである。
「あ~~~しんどっ」
汗が湯水のように滴り落ち、抜け出た水分の分だけ渇いた喉には鉄の味がこべりついている。義弘はそれを取っ払うかのように勢いよく水を顔に弾き飛ばした後、続けざまに水で喉を鳴らし、それを吐き捨てた。
「ほらよっ」
「ありがと叔父さん」
横からタオルと水の入ったペットボトルを差し出してくる康秀に義弘は笑顔で答える。そして、受け取った水を唇の端から零れてしまうほどに豪快に流し込んでいった。
新兵の墓場で目覚めてから早くも1か月が経過しており、鏡に映る義弘の体はすかっりと贅肉が落ち、軍人体型とは行かずとも引き締まった体になっている。過酷な基本戦闘訓練が彼の肉体と精神を確実に強くさせていた。
「義弘、すっかり男前になったな」
「男前?そう…かな」
義弘は目の前の鏡に映った自分の容姿を確認する。中でも一番変わったのは顔つきだ。ふっくらとしていた顔はもうそこには無かった。ぽっちゃりしていた時も、男前の片鱗はでていたが、今やその隠れていた男前な容姿は全面に押し出されている。その証拠に1か月前は見もしなかった女性たちが通りすぎる瞬間や、遠目からでも義弘に視線を送っている。中には絡みつかせるかのように送っている者もいた。
「まぁ、そうだな。多分あれだ……内から湧き出てるんだろうなぁ、男にしかわからないようなかっこよさが。このかっこよさは女子には分らんだろう」
それに気づいた康秀は女性恐怖症の義弘に意識させないためか、この状況を濁すような嘘を吐いた。
「なんだ、それっ」
義弘は叔父の気遣いと、女性たちの視線に気づかずぬまま、にこやかに汗を拭い続ける。
「それを言うなら叔父さんの方が男前だと思うけどな、難なく基礎訓練こなしてるし、」
義弘は後ろ頭を触りながら、叔父と喋り、距離を段々と縮めていった。そして、耳元でそっと囁いたのである。
「ほら、さっきから女子も叔父さんの方をめちゃくちゃ見てる」
康秀はそれを聴いた瞬間、”女子に対して無垢すぎる、さっきから女子はお前を見てるんだぞ”と眉毛と距離の近い純粋な目を見ながら心の中で突っ込んだ。しかし、それをそのまま本人に言うのは憚られるわけであり、彼は、別の話題に話を修正していった。
「俺は元自衛隊員だからできて当たり前なんだ、この馬鹿っ。お前は今までがダラケ過ぎてたんだよ。あれだけ鍛錬しろって言ってきただろ、俺のいない間、剣術と柔術とゲームばっかりしやがって。自重トレーニングとランニングを怠った結果が肥満だよ」
康秀が甥っ子の義弘に向けて馬鹿というとき必ずと言っていいほど頭を撫でる。頭をくしゃくしゃと撫でる康秀とそれを甘んじて受ける義弘。二人とも過酷な日々に身を置いているというのに何処か懐かしみを感じ、笑顔になっている。小中学生の頃に寝食を共にしながら体を鍛えていた日々が今の日々と重なり合っているのだろう。
「よし、十分休んだだろ?トレーニングの続きをするぞ。さっさとあいつらを起こしてこい」
小隊としての訓練時間はとっくに終わり、個人の自由時間となっているが、義弘たちはその時間をトレーニングに充てていた。筋肉づくりは勿論のこと、近接格闘(CQC)、近接戦闘(CQB)の技術を教わっているのである。自由時間は何をしてもいいため、施設に備え付けられている訓練設備は自由に利用することが可能なのだ。
「分かった」
義弘は、休みを貪るようにして地面に体重を預ける男女たちの方に向かっていった。その中に多少変わってはいるが見知った顔が見える。中島基樹、篠宮紗代、赤松葵達だ。
第1段階の試験を5日後に控えているため、いつもよりも体力的負荷の強いトレーニングをこなしており、それが、こんなにも彼らをへばらせていた。しかし、これに合格すれば一番最初に第2段階に進むことになる。しかし、彼らは報酬のために、なにも率先して訓練を受けているわけではない。この先に待ち受ける戦闘で何としてでも生き残るために今から精神、肉体的なストレス耐性を付けているのである。
そして、義弘が彼らを起こした後、再び、”吾妻康秀小隊長”直々の体力トレーニングが始まった。




