戦いは始まったばかりだ
「なんで侍教官が、って此処よく見たら新兵の墓場じゃねぇか」
「ホントだ、え、どうなってんの。もしかして私たちゲームの世界に入り込んでる?」
「そんなのアニメや漫画、小説の中だけの話だって、どこか政府の施設だよ」
教官の名前は公式にも発表されていないため、各々があだ名を付けあっていた。各場所で焦るように呼ばれる教官のあだ名は、彼の口調や容姿から”侍教官”、”髭だるま”、”髭侍”、”世界の三船”など様々だ。因みに義弘は”茶ひげ”と呼んでいる。
『ここは日本国の領域ではないし、そなた達のいた世界ですらない。詳しく言えばVR紫電~戦場~というゲームの世界でもない』
じゃ、一体此処は何処なんだと、大勢が叫びだす。自分たちが慣れ親しんだ場所から得体の知れない者に引き離された恐怖を前に皆、縮こまらないように必死だった。その光景見た義弘は内心、相当慌てていたが、横で静かに事の成り行きを見ている叔父、康秀のお陰か落ち着きを取り戻す。混乱の中で恐怖と冷静に向き合える者は周りの者に安心感を与え、同じく向き合えるような勇気を与えるらしい。
『諸君らがいるこの場所は、浦安国であり、海上基地である』
浦安国と言えば、心安らぐ国という古代日本国の美称であるが、ここでは別の意味として捉えられていた。浦安国、~戦場~亡者編に登場するゾンビや怪物相手に唯一抵抗を続けている島国の名前だ。オープン世界として展開されるこのゲームモードの中でプレイヤー達は浦安国の兵士となり失われた文明を取り戻すために各地域に蔓延るゾンビや怪物を一掃する任務に就く。そうして、土地や町、都市を奪還するたびに工業、商業が盛んとなり兵士たちが使う装備や兵器も強化されていくという仕様だった。
皆が一様に茶ひげこと教官が言った”浦安国”の”海上基地”という言葉に驚愕し、そんなの信じられないといった反応を示す。義弘も信じられなかった。いや、信じたくなかったのである。歯が軋むほどに納得ができない現状を噛み締めた。
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『世界は人だけが争っているのではない。微生物、細菌、動物、生きとし生けるもの全てが命を糧にこの世界の明日を生きたがっている。この世界は争いと共存で成り立っているのだ。古人が言う平和は戦う覚悟の上になるという言葉のとおりである。人の世がやっと争いを止め手を取り合い安寧を享受していこうとした矢先に人類は未曽有の危機に見舞われた。各地で同時的に発生した感染病がまるで独自の意思を持っているかのように死者を操り、人々を食らい始めたのだ。感染拡大を防ごうと各国は手を尽くした。尽くしたが菌は空気を通して容易く人の文明を蹂躙していく。その感染病が確認されてから1月の間に数多の国が滅びた。国を亡ぼす感染病であるこの病は”国死病”と呼ばれ、国死病は人類が培った知恵、技術を嘲笑うかのように踏み荒らした。我が浦安国は島国であったが故に感染病の波に呑まれずにすんでいたが、それも長くは続かなかった。国内で感染者が確認されたのである。それ以降は言わずもがな民の大半が死に絶え、菌に操られた。最後の望みを掛けて研究者・技術者を連れ、離島や海上基地に逃げ込んだ我らは国と呼ぶには小さすぎるこの地で安寧を取り戻すために菌の解明に心血を注いだ。長かった、実に長かった。やっと、やっと全人類が待ち望んだ抗”国死病”ワクチンを開発したのである。これから、各地に部隊を派遣し、文明を取り戻し、安寧を取り戻す。我らと国死病の戦いはこれより始まるのだ』
見たことない世界地図が映し出され、数々の国が亡ぶ様がまざまざと目の前に映し出された。
亡者編を初めて起動したときに世界観の説明として流れた映像とナレーションだ。それが今度は立体映像として映し出されている。それ流れ終わると、再び茶ひげが現れ、皆に告げた。
『あのゲームモードの世界は我らの世界を描いたもの。諸君にはゲームの世界と同様、この国の兵となって奴らと戦っていただく。違うとすれば、実際に死に、実弾を扱うことぐらいかの。勿論、ただ働きなどとは言わぬ。対価も支払うし、衣食住も提供する。目的が叶えば元の世界に返すことも約束しよう』
「じゃ、言わばここは異世界だってことか!?」
『言わばもなにも、その通りじゃ』
「あんたらは異世界人で俺たちをもとの世界から何らかの手段を使って拉致したってこと?」
『端的に言えばそうなる』
捲し立てるように言葉を放つ男女に茶髭は眉一つ動かさずに言葉を返していく。茶ひげは軽く発しているように見えるが、此処にいる男女の心境は違った。”どうかドッキリであってくれ”と一部を除き、ここにいる誰もが未だに願っていたのである。しかし、それが儚い希望になりつつある今、多くの者に拭い去れない恐怖が植え付けられていた。
「戦えないなどと言ってくれるなよ。お主たちに戦わないという選択肢はない。気づいて居る者もいるだろうが、全員、手首を見たまえ。諸君の手首についているアクセサリー型のその端末は君たちを補助する装置にも成り得るが、同時に君たちを監視する装置にも成り得る。文明を安寧を取り戻すという我々の目的に力を貸していただけないのであればその端末内部から君たちの体内に薬が注入され、ものの数秒で強制的にこの世を去ることになる」
義弘は自身の手首に付けられた輪の形状をした一見オシャレにも見える”端末”と呼ばれるものに、指摘されてから初めて気づき、そして触れた。すると、その瞬間、端末に埋め込まれている宝石のような物体から光が放出され始め、立体映像が映し出された。吾妻義弘という名前、性別、身長、体重、体脂肪、などの自身に関する様々な情報がそこには映っている。




