新兵の墓場
「さぁ、早く選べ」
周囲に視界を遮るものが何一つない無機質な空間の中で、髭だるまの教官が仁王立ちで選択を迫ってくる。目の前に映し出された選択画面を見た義弘は突っ込むように呟いた。
「選べも何も選択肢一つしかないんですけど……」
”射撃講習を受ける”という選択のみが義弘の前で浮かび上がっていた。受けるつもりだったから別に構わないと思う一方、拒否権はないのかと義弘は目線を教官の方に向ける。
「いいか、お主にミリタリー知識があるか、ないかなど儂にはどうでもいいことだ。銃の扱い方を知っているから受けなくてもいいなどとぬかしてくれるなよ。この空間を通りし者は等しく皆、新米兵なのだ。つまるところ、お主はまだクソの役にも立たない新米兵である。おとなしく受けると申せ。受けなければ先には進めぬぞ、押さぬなら強制的にログオフさせてしまうまで。さぁ、このままログオフするか講習を受けるか選べ」
ここで強制ログオフなんてされたら只、時間を無駄にしただけになってしまう。どこか時代劇のような口調で語る彼に理不尽さと違和感を覚えつつも義弘はボタンを押した。このとき、彼は自分が利用するVR紫電の案内役である彼女の優しい口調をつい、恋しく思ってしまうのと同時にこの教官の容貌、口調に懐かしさを感じていた。昔、祖父の大好きだった白黒映画に出てきたに登場人物に似ているのだ。
「よく見たら、茶ひげにそっくりだ」
そして、選択画面が目の前から消えると無機質な空間に物が投影されていき始め、気づけばそこには立派な射撃場が出来上がっている。義弘はその光景を前に自分は今、まさしく未来にいるんだと鳥肌が立つような気分で見惚れていた。教官の横に現れた机の上には拳銃と自動小銃、複数の弾倉が置かれており、彼は自動小銃を片手に取ると、義弘を呼び寄せる。
「まずは銃の部品の説明からしていくぞ。ほら、何してる?さっさと持たぬか」
「す、すみません!!教官っ」
差し出された銃を即座に受け取らなかった義弘に対して、教官は銃を突き出しながら声を荒げる。彼はNPCだから言う言葉は決まっているのだろうが、その迫力は現実で感じたことがない威圧感で、今までに叱られた教師すべてを凌駕するほどであった。思わず謝罪の言葉が義弘の口を衝いて出る。彼が教官であるならばまさしく自分は新兵だと思わずにはいられなかったのである。
どこか仰々しく自動小銃を受け取った彼は、そのリアルな重みに感動するのと同時に一抹の恐怖を抱いた。それは義弘が初めて刃の付いた日本刀を持ち、振るった時の感覚と同じだった。”人を殺傷し得る武器の重み”、”己と対峙する相手の命の重み”が自身の両手に生々しく伝わるのである。
「現代の武士にとっての日本刀は銃である。その扱い方に不安、恐れを抱かぬ者は真の武士ではない。常にその扱い方の是非を求め、己の身と仲間の身、周囲の者を守るために用いて戦うものこそ真の武士である。如何なるものにも言えるが、己らの利を押し付けるために凶人が用いるは凶刃であり、凶器である。真の武士が用いるは相手の矛を止める器たる武器であり、大切な者達、己と仲間の安寧を守るために、之を用いる。それを心得えられよ」
まるで自身の心を読んだかのように話されたこともそうだが、武術を習った時に師範に諭すように言われていた”武”の神髄をまさかの射撃講習で言われるとはと義弘は驚いていた。このゲームの製作に兵法家が関わっているのではないだろうかと思わせる言葉だ。これは”現代の武士の魂を映す器”。これを真に武器とできる者は真の武士のみと言わんばかりの彼の言葉に、仮想現実であっても義弘は背筋をただした。
「よし、ではまず分解結合からだの。まずはそこに武器を置くのだ」
義弘は教官の指示通りに自身の目の前に現れた机の上に銃を置いた。
「分解結合はゲーム内で自分の扱う小銃を整備したり、アタッチメントを取り付ける際に必ず必要になってくる。さっそく分解したいところだが、まずはここだ。この部分、銃口に触れてみよ」
銃の分解をこれからする前に教官が銃の先端部分を触りながら義弘にも同じ行動をとるようにとギラギラした目線を向けながら言い放つ。
「は、はい」
義弘はその迫力に押されながら銃口と呼称される部分を左手で掴みながら答えた。すると、左手の近くにに”虎徹20式小銃”という武器の名称と”消炎制退器”と書かれた画面が投影された。
「画面が出ておるな?このように何処かに銃を置いた状態で銃の部品に触れれば、触れた手の近くに武器の名称と触った部品の名称が表示される。武器の名称を押せば解説と取り付けることが可能なアタッチメントの名称が、部品の名称を触れば同様に解説と取り換えられる部品の名称がさらに表示されることになる。消炎制退器を押してみよ。」
義弘は講習を受けている気分を存分に味わいながらボタンを押した。すると解説の文章と、変更可能アタッチメントという項目が表れる。
「今は取り付けるアタッチメントは標準装備以外ないだろうが、任務をこなせばアンロックされていく。任務で得た資金を使って市場で購入することも可能だ。自分が向かう任務内容、その場所の環境に合わせて使い分けられよ。では分解結合に入る。部品を分解し、再び構成させることができれば、己の扱う銃に不具合が出た場合、直ぐに対処することができる。自身の扱う武器を最善の状態に整えられなければ己の命と仲間の命を危機に晒す。よって、この大事な分解結合を制限時間内にできるようになるまで次の段階には進ませはせぬ」
「へっ?……」
ほうほう、と頷きながら聞く義弘であったが、最後の言葉を聞いて鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せた。普通のゲームなら順序良く、説明画面が出てきてパパっと進めるがこの”戦場”は違った。試験を突破しないとこの空間から先に進めることもできないというのだ。義弘は当然一回で分解結合をできずセーブをしてログオフをするのを何度か繰り返した。そして、分解結合をクリアしたその先でも射撃試験、戦闘試験という関門が待ち受けていたのである。
この訓練部屋は通称”新兵の墓場”と言われ、ここを通過できないものはロクにゲームを始めることもできぬまま、ログインすることを止めてしまうことからそう言われた。故に此処を通過した新兵は”よくやった”と温かく出迎えられるのである。訓練を無事に終えた新兵に教官は最後の言葉を発する、それが、
「ようこそ”戦場”へ」
という決まり文句だった。義弘はそれを思い出しながら、あることに気づく。そう、自分がいる場所、大勢の男女が集められているこの場所は、”新兵の墓場”そのものだということを。




