リンと牢屋と過去のこと
サブタイトル変更しました。
「助けに来た?」
「借金帳消しにするために、ここぞとばかりに殺しに来たとかじゃなくて?」
俺とアルが疑問の声が出る。
咄嗟のことで頭がまわらなかった。
俺に話を聞きに来たならわかる。わかるのだが、そこを一足超えて助けるときたのだ。
「今の状況でも絶えずボケるのは正直凄いと思うわ」
ガチャガチャと牢屋の鍵を開けながらリンは言う。
表情には精神的、物理的な疲れが見える。
「アポロさん、これって褒められてますよね?」
「ここで褒められてると思う精神が凄いな」
「えっへん!」
「リン、俺はいい!アルを殺してくれ」
「格好いい台詞のようで内容は最悪なのですが!」
「殺す気はないって言ってるでしょ。
じっとしてて、縄を切るわ」
そう言ってリンは懐からナイフを出した。
そして、俺の背後に回ろうとした時。
「待て、リン!」
強い調子でリンに呼びかける。
リンの動きが一瞬止まる。
「時間にそこまで余裕がないの、後にして」
リンは俺の声を聞き流し、再度動き出そうとする。
「大事なことなんだ。待ってくれ」
リンの目を見て、強く、強く訴えかける。
「…………わかったわ。手短にお願いね」
リンは梃子でも動かないという俺の態度に観念して、俺の正面に座る。
リンの翠色の目が俺の目を見据えた。
「………で、何を……」
「すまなかった!」
体が動く限界まで頭を下げる。
「ア、アポロ!?」
「騙していてすまなかった!
俺はリンやベクトラを傷つけた。謝っても許されないことかもしれないけれど、謝らせてくれ」
リンは戸惑いの声をあげるが、それを気にせず再度謝る。
頭は下げたままなのでリンがどんな表情を浮かべているかわからない。内心俺のことをどう思っているのかも。
怒っているのか、裏切られたと思っているのか。
そもそも何を思って助けに来たのかわからない。
それでも、騙してきたのは変わらない。
そのことを謝らないといけないのだ。
永遠とも思える数秒間。
「…………もう」
リンが発した言葉は短い1単語だった。
短い言葉だった。
だが、それには呆れと優しさが詰まっていた。
「リンさん実は喜んでるでしょう?」
「え、いや!?な、何を言ってるのよ!?」
顔をずっと下げてるのでリンの表情はわからない。
だが、何故か焦っていた。
「わかります。わかります。
自分の身よりもリンさんへの謝罪を優先するアポロさんの愚直さというか馬鹿さ加減に呆れるけど、そこまで自分を大事に思ってくれてるのかぁとか考えちゃったんでしょ」
「そ、そ、そんなこと考えてないわよ!」
「うんうん………」
「したり顔で頷かないでよ!」
「事実、殺されても自業自得の部分が多いのでしょうがないが、リン達に迷惑かけたのが辛い」
「ア、アポロ!?」
「とりあえず、頭を上げたらどうでしょう。手を縛られた状態の土下座はちょっとカッコ悪いですし」
「そ、そうね!頭を上げて」
「………わかった」
顔をあげると、ニヤついてるアルと顔を赤くしてアルを睨むリンが目に入った。
「アポロがアルを折檻する気持ちがわかったわ」
「殺しても死なない存在だからな」
「そうね。潰れたはずなのにピンピンしてるのでビックリしたわ。死んでも死なないって本当だったのね。まぁ、アポロの使い魔だからなのかなぁと納得したけど」
その納得の仕方はおかしい。というより、それでいいのかと。
ツッコミたくなったがグッと堪える。
それより聞かねばならないことがある。
「リンは怒ってないのか?」
俺がそう聞くと、リンはんーと唸って。
「怒ると言われると困るわね。凄く驚いたけど、別に実害があったわけでもないし……。それに、ベクトラも難しい顔してたけど怒ってるとは違ったようだったわよ」
「ベクトラは今どこにいるんだ?」
「外で見張りを引き受けてくれてるわ」
「そうなのか……」
「それにこの旅が終わったら事情を話してくれるつもりだったんでしょ?」
「へ?言ったっけ?」
確かに言うつもりだった。
しかし、アルには言ったがリンには言ってないはずだ。
まさかと思い、アルを見ると。
アルは舌を出して自分の頭をポカリと殴って、
「てへぺろ。温泉の時に言っちゃいました」
そうほざいた。
少しイラッと来たが、グッと堪える。
結果だけ見たら助かったのだ。俺を思ってあえてバラしたのだ。謝罪の仕方がアレなだけで。
「じゃあ縄を切るわよ」
そう言ってリンは俺の縄を切った。
「さ、行くわよ」
そうして立ち上がろうとした時。
「待ってくれ。俺を逃したらリンの立場が悪くなるだろ?」
俺が勝手に逃げる分ならいい。
しかし、リンが逃亡の手助けをした場合、俺が逃げた責任が全てリンにいく。
「承知のうえよ」
リンは俺の目をしっかりと見つめ、そう答えた。
どうやら本気のようだ。
「承知のうえって、そこまでやってもらうわけには……」
ただでさえ、事情を隠し騙していたのだ。
これ以上迷惑をかけるのは心苦しい。
「あのね、アポロ。良い機会だから言っとくわ」
俺の目を見続けたままリンは言う。その碧色の瞳は俺を見透かすかのような意思を持っていた。
「最初、助けられた時。私がどれほど感謝したか。
それを貴方はわかってないわ」
「…………」
わかるとは言えなかった。
俺が助けなかった場合の未来を言葉にすることは出来るが、それだけだ。リンの気持ちを完全に理解出来ることはない。
「あの盗賊団のボスはね。どうやったかわからないけど禁制品の隷属の首輪を持っていたの。あれがあれば私を自由に扱うことが出来るわ。相手の言うがまま従わなくちゃいけないの」
「そうなのか……」
「盗賊団の下っ端が言ってたわ。『ボスが帰ってくれば思いのままだ』って。怖かったわ。殺して欲しいと思った。自分の意思を封じられるなんて死より恐ろしいわ。冷たい地面の感触は私の体温を奪い、目隠しはされ見えるものは黒一色だった。嘆いたわ。絶望したわ。世界を恨んだわ。なんで私がこんな目にって。心の中で助けを求めた。きっと誰かが助けに来てくれる。そう希望を持つことしか出来なかった。
だけど、助けを望む一方でつい考えちゃうの。頭の端っこで。誰も来るわけがないって。まるで悪魔の囁きのように私に語りかけてくるの」
「…………」
リンは当時を振り返るように言う。その言葉に陰鬱とした色はなかった。
しかし、俺は何も言えなかった。言うことが出来なかったのだ。
「それでも助けを求めたわ。
だけど、だけど……何度助けを求めても一向に変わらかったわ。当たり前よね。猿轡されてるんだから、声も出せないのだから。でも、それしか私には出来なかった。だから、心の中で願っていたらいつか叶うと信じるしかなかった。
どれほど願っても、どれほど祈っても無駄だった。そうしたら、悪魔の囁きが大きくなるの。諦めろって。最初は抗ったけど、声が大きくなるに従って私の抵抗も弱くなっていったわ。
そして絶望して全てを諦めかけていた時に現れたのが……アポロ、貴方だったの」
「私もいましたけどね」
アルがここぞとばかりに主張した。
リンはアルを見てクスっと笑った。そして、俺に目線を戻す。
「遠くからドタバタと物音が聞こえたわ。争いの音だった。
ありえないとまず思ったわね。信じられなかった。
争いが終わった後、音の主は私の方には向かわずに盗賊達のお宝に向かって混乱したわ。そして、緊張感のないアポロとアルのじゃれあいが聞こえてくるわで……」
「……それは済まなかった」
思えば、リンを助けるより盗賊達のお宝を真っ先に探した覚えがある。
あの頃はゲームなら捕縛者解放より先に宝箱を開けるのが先だろと考えていたからなぁ。ゲーム脳というやつかもしれない。
「そのじゃれあいを聞いてると呆れはしたけど、嬉しくなったわ。笑っていた日常が戻ってきた気がしてね」
リンはそこで真剣な表情を崩し、笑った。
「だから、私は助けるわ。
私を死より恐ろしい絶望を救ってくれたのだからね。そこだけは譲れないの。私の命を誇りを救って貰えたのだからね」
リンは笑顔だったが、譲ることが出来ない気迫を醸し出していた。
これは折れない……。
そう、理解してしまった……。
「……ッ」
駄目だ。
俺は脳に感じたことを打ち消すために小さく首を振った。
「だが、リンの立場が……」
「あ~~、それなんだけどね」
今までの態度が崩れ、リンは言葉に詰まる。
目は俺から外し、気まずいのか頬を掻く。
「アポロの処遇が割れちゃってるの」
「は?どういうことだ?」
リンは語る。
「アポロは何故ダンピールが危険視されてるか知ってる?」
「いや、調べても具体的な記述がなくてわからなかった。身バレが怖くてあまり人に聞けなかったのもあるが」
調べてもお伽話というか教訓話が多くて参考にならなかった。
わかったことといえば、吸血鬼は悪者で人の生き血を啜るおぞましい生き物。そして、世界を支配して吸血鬼第一主義の世界にしようとしたとか。
なんというか、ありふれた話だなぁというのが正直な感想だ。何を思って世界を支配しようとしたのかわからない。
吸血することで多種族を吸血鬼にするのか。しかし、吸血のスキルの説明を見るに『相手から血を吸うスキル。吸血の際、相手に痛みの代わりに痒み成分をおくる』という蚊を思わせるような記述だった。相手を吸血鬼にするという重要なことを書いてはいないので、恐らく本当に血を吸い取るだけなんだろう。
生き血を好んで啜るというのは普通の人間ならば忌避感がある。それだけでも、迫害されてもおかしくはない。
そう思って、ダンピールのことを調べるのをやめた。藪をつついて蛇を出す行為に思えたのだ。まぁ、言ってしまえば俺がチキンなだけであるが。
「ダンピールは大昔に絶滅した種族だからね。寿命が短い人族はその危険を忘れ去っていったけど、エルフや長寿命を持つ種族は違う。忌避して、その話題には触れないけど、あの悲劇を忘れてないわ」
「悲劇……」
「吸血鬼にはやっかいな種族的なスキルが存在するの。そのスキルが問題なの」
その種族が持ちうるスキルが種族的スキル。エルフで言えば精霊魔法。
吸血鬼のスキルと言えば…………。
「吸血スキル?」
俺はリンに聞く。
だが、リンは首を横に振った。
「それもある。けれど、それは無視出来るくらい可愛いものだわ」
頭が真っ白になる。
どういうことだ。
俺のスキル構成を思い出しても、吸血鬼のスキルはそれしかない。
「魅了のスキル。これほど凶悪なスキルはないわ」
「魅了!?」
初めて聞いたスキルだ。
「その名の通り、相手を魅了して自分の意のままに扱うスキルよ。隷属の首輪と同じような効果だけど、違う所は自分の意思をちゃんと持っていることね。進んで吸血鬼の意に沿うように動くの。問題はその人が魅了されてるかわからないの。自分の意思を持って、普段の生活を過ごしているからね。吸血鬼の命令が下れば豹変する。そして、豹変して初めてわかるの」
「凄いな……」
それしか感想が出てこない。
もし、自分が持ってたらどうなっただろうか。
「ええ。まぁ、スキルのレベルが高くないとそうそう怖いことは起こらないけどね。けどね、過去にそれが起こってしまったの。最悪の吸血鬼と謳われるリベロの惨劇が」
「…………」
「その吸血鬼は人を魅了し続け、国を牛耳ろうとした。人々は種族の垣根を超えて協力し、ついにその吸血鬼を殺したわ。そして、二度と起こらないように残っていた吸血鬼を狩り尽くした……」
「うわぁ……」
アルが呻く。
「仕方がないの。それほどまで吸血鬼の傷跡は酷く、怖かった。ほとんど絶滅したからこそ、今の平和があるわ。吸血鬼に怯えずに、他の種族と笑いあう生活がね。
勿論、ひどいことをしたと言う自覚はあるわ。ほとんどの吸血鬼は魅了のスキルが低く害性は少なかった。けれど当時はそれでも安心出来なかったの。だから狩り尽くした……。その負い目もあるから、吸血鬼の話題はあまり出ないの」
そこでリンが話を区切り。
俺を見た。
若干言いづらそうに、口を開く。
「問題は……問題って言っちゃっていいのかな。アポロがその魅了のスキルを持ってないことなの」
「確かに持ってないな」
「ミルファは看破というレアスキルを持ってるわ。相手の種族、名前、スキル構成がわかるの」
「それって、王都のギルド職員が持ってるって言ってたやつか」
「ええ。だから、ミルファは王都のギルドに来ないかと熱烈なラブコールを送られてるわ。持っている人は少ないからね。その話は置いといて、アポロがダンピールってわかったからあの子は皆の前でバラしたの」
「恩を仇で返した理由はそこでしたか」
「恨まないでね。あの子も怖かったの。魅了される前に倒さなきゃって考えたの。私が魅了されてないけど、いつされるかわからないしって」
「そうか……」
実のところ、ミルファに恨みはない。
相手の立場に立てば当然だし、俺は危険人物と言える。
「でも、アポロさん、魅了スキルがないですよね?」
「うん。そこが難しい所なんだけど、アポロって隠蔽スキル持ってたわよね。そのせいで魅了が見えないだけじゃないかって思ったらしいの。そこだけ隠蔽スキルで上手く隠したって」
「看破のスキルでそこらへんはわからないのですか?」
「見るだけでは完全に分からない部分があるの。それにミルファは看破のスキルを使った実務経験がないわ。もしかしたらと思ったら、疑心暗鬼に陥って抜け出せないわ」
「魔物に襲われそうになって、助けだされたと思ったらダンピール出現ですからねぇ。混乱するのもわかります」
「そして、アポロを気絶させて、アポロのギルドカードに看破のスキルをかけて閲覧したら……魅了のスキルがなかったの。流石にこの場合は隠蔽スキルでも隠すのは不可能って結論が出たわ」
「あ、そう言えばギルドカードというものがありましたね。出てこないので忘れてました」
それは言うな。
「そしたら、コイツどうしようという雰囲気になったわ。ダンピールが恐れられているのは魅了のスキルがあるからだから、持ってないダンピールは邪悪な存在と言えないのではないかって議論になったの」
「アポロさんに潰されていなければその討論に参加出来たのに!」
アルは口惜しいのか地団駄を踏む。
そんなアルを見てリンはくすりと笑う。
「私を助けたって言うのも大きかったわ。私の恩人だもんね。そして、この旅の目的は人助け。客観的に見たらいい人としか言えないことしかやってないもん。
私のおじいちゃん、つまり村主がいたら話はまとまったかもしれないけれど有力者はユエルの塔に行っていないの。だからなのか、討論はすさまじいことになったわ。もう見なかったことにして殺しちゃえばいい派と魅了のスキルを持ってないダンピールにも生きる権利がある派、殴ったのはいいけど起きないんですけどこれって起きなかったら殺したことになるのかな派と阿鼻叫喚だったわ」
最後の派閥はなんなのか。
というか心配なら口に布含ませた状態で猿轡するなと言いたい。一歩間違えば窒息死するぞ、これ。
「人権を高らかに謳う人達は敵にすれば面倒ですからね。討論が混乱するのはわかります」
ウンウンとわかった風にアルは頷く。
「まぁ、それで討論は平行線で終ったの。だから、今なら抜け出せるわ」
「しかし……」
俺の言葉を遮って、リンは言う。
「大丈夫。私のことを味方してくれるエルフも少なからずいるわ。それに、アポロを脱出させたことを怒られはするけど謹慎程度で済むはず。一緒の旅は終わるけど……アポロが生きていくことが恩返しということね。借金もそれで帳消し!」
リンはわざと明るく言った。
俺はその言葉に心臓が鳴った。
そうだ。
そうなのだ。
どのような未来を行こうも、俺とリン、ベクトラの旅は終わる。わかっていたことだが、リンの口から直接言われると心にくるものがある。
「ほら、立って。行くわよ」
虚脱感に体を支配されながらも、リンに促されて立ち上がる。
その時だった。
「主殿、リン殿。急ぐのじゃ!早く!早く!」
洞窟の外から大声でベクトラの声が聞こえてきた。
その声は余裕がないのか逼迫していてた。
俺とリンは顔を一瞬見合わせ、洞窟の外へ走りだした。
「早くするのじゃ!」
洞窟の途中からも、ベクトラの急かす声が届く。
そして、やっと洞窟の出口へ到達した。
夜が明け、日が昇ろうとしている早朝の時間帯。普通ならば、小鳥のさえずりが聞こえる以外の音は聞こえないはずだ。なのに、村の中から何かを崩す破壊音が響いていた。
「モンスターじゃ!村が襲われておる!」
ベクトラは俺とリンを見て開口一番そう言った。




